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第13話 私──もっと強くならないと

 少し進むと、大きな扉。道に戻ったのだろう。ミトラのカードキーを入口の時のように扉の横にあった画面に当て、鍵を開けた。

 扉を開けて左に曲がった突き当り。壁際の椅子に座り込んでいる優斗さんの姿があった。まるで魂が抜けたかのように、虚ろな目をしていてドアの先を見ている。

 ドアにの上の明かりには、手術室と表記してあった。とりあえず座ろう。私もミトラも、何も言わずに長椅子に座り込む。
 手術室の前の、蛍光灯が床を照らす薄暗い廊下。私は、下を向いてただ女の人が助かるように祈っていた。

 けれど、その時間がまるで無限であるように感じた。隣には、優斗さん。

 涙を浮かべながら椅子に座り込んでいる。当然だ、婚約者が、あんな風になっていて、生死の境をさまよっているのだから……。彼は、私のことは気にも留めず祈るように手を震わせながら重ねていた。

 何か、話しかけた方がいいかな……。

 そう考えて、優斗さんに手を伸ばした。そっと肩に触れると、私の存在に気付いてこっちを向く。
 ──が、なんていいか言葉にうまく表せない。いつもそうなんだけど……。もごってしまう中、何とか言葉をひねり出す。

「その……助かると──いいですね。優斗さん」

 少しでも優斗さんの痛みが癒えると思って言った私の言葉。
 優斗さんは、はっと表情を変え──。

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 突然激高して、私を突き飛ばす。椅子から転げ落ち、何が起こったのかわからずただ優斗さんを見つめる。
 優斗さんは、まるで鬼になったかのような形相で私に向かって叫ぶ。

「婚約者が、あんな風になってるんだぞ。助からないかもしれないんだぞ!」

 どうしてこうなったか理解できず、ただ優斗さんを見つめていると背後から誰かが服のすそを掴んで、小声で話しかけてくる。

「凛音。ちょっとこっちへ」

 ミトラだった。心配そうな表情で優斗さんに聞こえないよう小声で耳打ちしてくる。

「凛音。優斗さんは、とても精神が不安定になっています。凛音が何を言っても逆効果ですわ。赤の他人がそんなことを言っても、届くとは思えません。残念ながら──」

 ああ……。

 自分の、やってしまった行動にようやく気付いた。
 ぐうの音も出ない。考えてみればそうだ。優斗さんは私とは初対面。信頼関係があるわけでもない。
 そんな状態で、出会ったばかりで何も知らない私が何を言った所で逆効果だ。

 私は、なんて愚かなのだろうか。
 後悔で胸いっぱい。人間関係の構築能力に致命的な欠陥がある私。



 大きくため息をついて、再び椅子に座る。
 なんで、こんなダメなんだろう私。後悔しかない……。なにやってんだよもう。

 しばらく時間がたつ。手術室の扉が開き、医師の人が出て来た。まずは優斗さん、次に私とミトラが詰め寄る。
 そして、医師の人は言った。

「何とか一命はとりとめました」

 安堵の空気が流れる。自然と大きく息を吐く。

 心が落ち着いた。本当によかった。もしものことがあったら、どうしようかと思った。
 自然と肩の荷が下りる。

 それから、私はすぐそこにあった自販機へ。茶を買って、2割ほど飲む。
 考えてみれば、ミトラと江の島へ来てから何も口にしていない。戦いの間はもう、それ以外意識から遠ざかっていた。喉が渇くのも当然だ。

 誰かが私の前にやって来た。優斗さんだ。私をじっと見ている。うっすらと涙が浮かんでいる、けれどどこか安堵したような表情。

 スッと頭を下げてくる。

「さっきはすまなかった」

「あ──、いや……。その、大丈夫です。悪かったですし……わたしも」

 いきなりの言葉にしどろもどろに

「青い髪の人から聞いたよ。君も、同じだったんだな。大切な人を奪われたんだって。本当にごめん。命を賭けて、戦ってくれたのに」

「あっ、いいんです……。本当に良かったですね」

「凛音さん、本当にありがとう。痛かったろうに、それでも戦ってくれて」

 優斗さんは、ただ頭を下げて泣いていた。思わず恥ずかしくなって顔を赤くしてしまう。
 考えてみれば、私と優斗さんは似たような境遇に合っている。いきなり理不尽に、大切な人を奪われて……。

 琴美は、戻ってくるかわからないけれど──。

「いいんです。二人とも、幸せになるといいですね」

「凛音さん。本当にありがとう」

 優斗さんはそう言って手を握ってくると、涙を再びぽろぽろと流していた。
「じゃあ、帰りましょう」

「そうだね」

 帰り道。車で送ってもらった。雨は上がっていて、橋を渡ると川沿いから朝日が見え始める。

 大きくため息をつくと、全身に眠気が襲ってくる。
 考えてみればあんな化け物と戦って、傷ついた優斗さんの妻がどうなったかを病院まで見に行って──。

 ずっと緊張感にさらされ、気が付けば一睡もしなかった。その疲れが、どっと来たみたいだ。
 朝焼けの景色をうとうとしながら見ていると、隣にいたミトラが手を肩に置いて話してきた。

「お疲れのようですわね。後は、ゆっくりと寝て体を休めてください。学校もありますし──」

「そうさせてもらうことにするよ」

 そう言って、私はドアに体重を乗せて目をつぶった。
 初めての戦い。全部上手くはいかなかったけれど、あの人が助かって本当に良かった。

 けれど、これじゃあまだまだだな。自分の力も制御できないようじゃ──。
 ミトラがいないと、まともに戦えない。

 もっともっと、強くならなきゃ──。拳を強く握って、強く思って。
 私は瞼を閉じて夢の中へと入っていった。

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