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第4話 ようやくの勝利。そして日常

 氷の氷柱は妖怪の放った攻撃を消滅させ、そのまま次々と妖怪の肉体に突き刺さる。

「ウヴェヴェヴェヴェヴェッ──。ヴィヴォァァァァァァァァァァァァッッッッ──」

 視線を向けたわたしの視界に、のたうち回りもだえ苦しむ妖怪の姿が映った。目の前の妖怪は耳をつんざくような奇声を発し続ける。
 激しくもだえ苦しむ妖怪の動きは、まるでミミズがコンクリート上で暴れまわっているみたいに気色悪い。そのままうめき声を上げ、大暴れするようにのたうち回りながら、まるで風船が暴れながら空気が抜けていくように消滅していく。

「よ、良かった……」

 その姿に私はホッと一息つく。ようやくの危機の脱出。一安心。

 本当に疲れた。
 どっと体に来た疲労に、敵を倒したことによる緊張感の途切れ。立っていられない。その場にがくっと膝をついてしまう。すぐに立とうとする。

 しかし、まるでチェーンが切れた自転車をこいでいるみたいに、いくら力を入れても、足が動かない。少し時間がたち、何とか立てるようになった。ふらふらとした足取りで琴美のところへ。

「琴美、琴美──」

 意識を失って、寝込んでいる琴美の体をゆする。
 息があるのは分かる。しかし、私の呼びかけもむなしく琴美は全く目が覚めない。

「ミ、ミトラ……さん? 大丈夫なの? 覚めてないけど。意識が──」

 その姿にパニックになる私。しどろもどろな言葉使いで、何とかミトラさんに話しかける。
 ミトラさんはどこか切ない、悲しそうな表情をしていた。

「大丈夫ですの。琴美さんは、恐らく生きています。しかし、魂を抜かれていますの。このままでは、決して目覚めることはありませんの」
「何それ──。魂って?」

 ミトラさんの悲しい表情。目覚めないという言葉に絶望する私。
 表情が引きつって、その言葉で私の心がいっぱいになってしまう。うそ……。

「教えてよ。琴美は帰らないの?」
「とりあえず、ざっくりと説明します」

 心配で琴美の肩からにそっと触れる。体の芯から、冷たいオーラの様な力を感じた。

「妖怪がこの世界に現れる理由は二つ。一つは、人間を捕食。もう一つ、ごくまれに特殊な力を持つ人間に反応するんです、妖怪は」
「──それで?」

 ごくりと唾をのむ。

「そしてその人の魂を奪い取るんですの。神隠しという言葉で。その後、自分たちの場所へと連れていってしまうのです」

 神隠し? さっきからオカルトじみた言葉の連続で私の頭が混乱している。取りあえず、あの妖怪が琴美の魂を奪ったというのは理解できた。

「申し訳ありませんが、琴美さんの身を預からせてください。私に 彼女の手続きはこちらで済ませておきます。もし戻った時に、支障が出ないように──」
「琴美は、元に戻るの?」
「まだ、なんとも言えませんわ。しばらくしたら、また会いに行き来ます。その時に、詳しい情報をお伝えいたします」

 ミトラさんの、悲し目つき。彼女にこれ以上言っても、どうすることも出来ないというのは理解できた。悔しいなんて言葉じゃ、収まりきらない。
 日が落ちかけ、暗闇と街の明かりが灯す神社。ミトラさんは、琴美をおぶったままこの場を去っていった。
 お願い琴美、絶対に生きてて──。私の大切な親友。
 失うなんて、絶対に嫌だ。そのためなら、私はどんな試練だって受け入れる。

 だから──お願い。


 梅雨の時期。雨こそ降ってはいないものの、ジメジメした体にまとわりつくような空気が私を包む。私が妖怪になってから二週間ほどが経った。私が体を真っ二つに切り裂かれ、妖怪に変身するという非現実的な出来事。
 あまりの出来事に夢だと考えてしまった。
 次の日に起きた時、何事もなく日常が続くと思ったくらいだ。
 両親の死亡の手続きと、琴美がいなくなったことを知り、現実だということを理解したのだが。ミトラによると、妖怪によって殺された人は特殊な業者に引き取ってもらっているようだ。
 私は花屋で買ってきた花を両親と静香の遺体のそばに置き、泣いて祈りをささげた。
 いろいろあったけど、今までありがとう……。なんで、こんな──。

 それからまずは家。ミトラの話によると、妖怪に襲われた場合専門の業者が特殊な処理をするらしい。妖怪に関する隠ぺい作業や被害者の周囲への対応などをしている秘密機関のようなものだそうだ。

 一応家族を失った場合一時的に保証が出るらしい。それを受け取った。とはいってももともと4人家族で住んでいた2階建ての家。
 それだけで維持できるわけもないうえに、私1人で住むにはあまりにも広すぎる。

 使う家具だけ引っ越し先で使い、残り売却することを決めて、その資金は当面の生活の足しにすることにした。ちなみに、こういった手続きの手伝いも、その業者が担当してくれるらしい。

 もともとあった家から、歩いて5分くらいの場所。ちょっと古びている分、家賃が安いアパートを借りた。

 書類整理と説明を受けた後の夕方。自室の鍵を回して、中に入って鍵を閉める。
 チェーンをかけて靴を脱ぎ、畳のある部屋に寝っ転がる。

 両親も妹もいない孤独な空間。夕焼けが私の身体を照らす。正直、受け入れられない。これは夢か何かで、どこかでみんなが返ってくるんじゃないかという感じもした。
 そして、いつの間にかまた家に帰って家族でまた日常を送るんじゃないかって思ったりもあった。

 そんなこと全くなかったんだけど……。

 それから学校。まず、琴美と中学生の静香。2人とも、すでに専門の機関が対応しているとミトラから説明があり、急な事情で転校したということになっていた。

 両親は、事故で亡くなったということになっている。まあ、私は琴美がいないせいでぼっちなので特に影響はなかった。事件から1週間ほどで、学校に登校再会。体調を崩したといいうことになっているが、特に誰も話しかけてこない。

 授業を聞くときも、どこか上の空ついつい、外の景色に視線を向けてしまう。まあ、いつも私はぼっちで机に突っ伏していたり一人でいるのだが。
 また、両親も静香も、琴美も戻ってくるんじゃないかって感じがした。何度も、そう考えてしまう。

 そんなことは全くなくて、家に帰っても教室と同じでずっと一人だったわけだが──。そんな空虚に感じる日常をしばらく過ごした、梅雨の日。

 何時ものように、朝のチャイムが鳴る。クラスの陽キャたちは明るくしゃべった後に席に着く。
 それから、ドアが開いて先生がやってきた。白いスーツ姿。背が高くて、眼鏡をかけたおじさんの人。

 オホンと咳をして、教壇に両手を当てると話が始まる。
 今日も退屈な道徳話をするのだろうか──。肘をつき、手を頬に当ててそんなことを考えていると、話が始まる。

「今日は、転校生がやってくる」
 いきなりの先生の言葉に、この場がざわつき始める。

「マジかよ、どんな人かな。かわいい子だといいな──」

「初めて聞いたぜ。どんな奴なんだろ」

「静かに。じゃあ紹介するよ」

 先生はそう言って廊下の方に視線を送り、パンパンと手をたたく。
 教室の扉がガラガラと音を立てて開く。

 そこから出てきた人物に、クラスの生徒全員が目を奪われた。私は、言葉を失ってしまった。予想もしなかった人物が、そこにいたからだ。

「なにあれ、すごい美人──」
「いいじゃん。すげえスタイル」

 その姿に思わず凝視しながら言葉を失った私とは対照的に、クラスの雰囲気が一気に明るくなる。
 それくらい、彼女の姿は私にとってまばゆく、太陽のように感じられた。

 そう、ミトラの姿は──。

 ミトラは制服姿でお姫様のように落ち着いた様子で教壇まで歩く。

「彼女が、今日からこのクラスに転校してきた恋川ミトラだ」





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