第3話 それでも──守りたい!
一瞬、全身がほんのりと暖かくなった。それが終わると今度は両足と両手の骨のあたりからひんやりとした強い炎がそこにあるような感覚に陥る。それがすぐに皮膚に広がる。メリメリとそこの皮膚が破れ、何かが飛び出した。
水色の冷たい物体。結晶の様に透明で透き通っている。真っ白い皮膚は紫色のオーラの様な物に包まれた氷の結晶に変わる。まるでその部分の組織が作り変えられるかのようだ。
両手にいたってはまるで体の中からなにかが飛び出すような強烈な痛み。その感覚が終わると、再び全身を確認。その姿に私は絶句した。
身体は、元の皮膚に戻っている。が──気づいたら見たことがない服になっていた。
振袖のような作りで、白と水色を基調とした色で雪の結晶や星のマークなどがあり、とても煌びやかに見える。そして、右手には顔がすっぽり覆えるくらいの大きめの扇子。これも、振袖みたいに水色を基調に雪の結晶が描かれていた。
そして、この振袖みたいな服。
体のラインを強調しているうえに胸の真ん中あたりから上が無い。肩から上が全部露出しているのだ。
しかも服の構造自体が「寄せるブラ」の様に胸を寄せ上げている構造になっている。
おかげでぽっかりと私の大きい胸の谷間が露出している形となりどこか恥ずかしい。下の方も、スカートのような形状になっているうえに、やたら丈が短く、太ももが半分くらい露出してしまっている。風が舞ったらパンツが見えそう──。
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何でこんなエロエロな服を……。
ってそんな事を考えている場合じゃない。一刻も早くミトラと琴美を助けなきゃ。
予想以上に速い速度でミトラの方へ行く。今までとは何倍も違うくらいの速さ。思わずよろけてしまう。すると妖怪と目が合った。妖怪は私の方向へ、目にも見えぬ速さ。
「凛音、よけて!!」
「えっ?」
ミトラさんの声が聞こえた時にはすでに遅かった。
妖怪の目にもとまらぬ動き、ろくに運動をしたこともない私ではどうすることも出来ず……。
スパッ──。
妖怪の鋭いかぎ爪が、私の腰辺りに襲ってくる。腰の部分に焼けるような感触が襲ったと感じだ瞬間、私の体は数十メートルほど吹き飛び、何度も転がった。
そして転がるのが止まった瞬間。感じる違和感。
腰から下の感覚がない。そこから先が、何もないような──。
すぐに視線を周囲に向ける。視線の先にはぶった切られた、私の腰から下の身体。
腰の部分と、ぶったぎられた下半身からドバドバとあふれる血。そして私の腰から下。全くない、剥き出しになった骨と真っ赤な肉、そして多分腸かな、長細くて赤黒いものとなにかの内臓。
どう考えても、助かりそうにない。私、死ぬんだ……。
あっけな……。
視界が真っ白になり、目の前に今までの光景が走る。走馬灯というやつだろうか。
学校でも人見知りが激しい私、ろくに友達も出来ず、クラスの雑用係をする事でいじめの対象からギリギリ回避していた。
先生からも目を付けられ、機嫌が悪くなると何かにつけて怒鳴られていた。
学校でもほとんど友達も出来ず、クラスの隅に、幽霊の様にいるだけの存在。
こんな人生を送って、終わり? 数少ない、友達。琴美だって、助けていないのに──。もうちょっと、誰かに愛情をもらったり、大切な人のために何かをしたりして見たかったな……。
そんな後悔をしながら妖怪に視線を向けた次の瞬間──。私と妖怪の前にミトラさんが立ちふさがり、こっちを向く。
「安心してください。凛音は死んでいませんわ」
「えっ……」
ありえないから。今から救急車を呼んだって間に合うわけ……。そう考えて視界を腰の部分に向ける。目の前の光景に、私は驚いた。
「傷が、癒えてる」
あろうことか、無くなったはずの腰から下が、生えてきているのだ。グジャグジャとした音を立て、数秒で両足の部分が復活。
そして吹っ飛ばされた私の腰から下の部分。それがまるで蒸発していくかのように消滅していっているのだ。
「これが、妖怪になるということです」
予想もしなかった現象、頭がこんがらがってしまう。
「……どういうこと?」
「あなたが心臓に埋め込んだ透明な勾玉。あれは妖怪の力を増幅させる存在。人間が埋め込むと妖怪と人間の半妖体となりますわ」
「半妖体? そうなるとどうなるの?」
「人間と妖怪の中間ですわ。妖力がある限り、あらゆる攻撃を受けても傷がすぐに治りますの」
ミトラがそういった瞬間、妖怪がこっちに殴り掛かってくる。瞬時に体を起こし左によけようとした。
「なにこれ──」
慌てて左に飛び込んで、攻撃を回避。私のイメージとは裏腹に、体を宙返りさせ数メートルほどピュンと飛ぶ。
私は陰キャの文系で、運動神経は並以下だったはず。それ以前に今の動き、普通の人間では到底できるはずがないものだ。
「体が妖怪と化し、人間ではありえないほどの妖力を手にすることができるのです」
「倒してって、どうやって」
その間にも妖怪は私に敵意を向け、何度も襲い掛かってくる。
「その扇子には、強大な魂が備わっていますの。力を感じてください」
「こ、これに??」
確かにこの水色の扇子。ただの扇子じゃなくて、何かとてつもない力を感じる。攻撃を何とか回避しながら、私は自分の体内にある力。それを感じて、身体に力を入れる。
すると淡い青色の、氷柱のようなものが私の周りに出現。
それが、一つではなく何十個も。それだけじゃない、頭にとある言葉が浮かんできて、これが術式の発動の言葉だと本能が感じている。
「氷柱がいっぱい。どうすればいいの?」
「妖術です。あなたの力で操れますの。その扇子に念じてください」
ざっくりな説明だな……。本当に氷柱であんな化け物を倒せるのか?
私が考えている間にも、妖怪は何度も殴りかかってくる。私は、攻撃をかわしながらため息をついた。けれど、それ以外に方法なんてない。どのみち、これを当てなければ負け。
何で、こんな理不尽なことばかり起こるのかわからない。
学校ではまともに話せず、陰キャでなかなか友達も出来なかった気が付けばクラスの雑用係。いじめられる寸前の存在。今も、まともにコミュニケーションが取れない。友達なんてほとんどいない──。
友達たちとたわいもない会話をする普通の幸せ。
一般的な人が受けるであろう幸せが、私には途方もない彼方、虚数の差彼方にある夢幻のように思える。それでも、私を愛してくれる人も、こうして戦ってくれる人もいた。家族たちは、私を愛してくれた。こんな私でも、受けた恩だけはしっかり返したい。
「お前なんかに、琴美とミトラを傷つけさせはしない!!」
妖力、それもあの都市伝説で聞いた事がある。妖怪と、一部の生まれながらにして適性のある人間が持っている魔法のような力。妖怪に対してはそれを保った力でないと傷一つ与えられない。
多分、あの伝説通りだ。
そして今の体の動きで理解した。それによって身体能力も強化されているようだ。取りあえず、倒そう。ミトラさんは、琴美の前にただ立っている。軽く息が上がっている、かなり体力を消耗しているようだ。
「彼女は私が守ります。凛音は、妖怪を倒してください」
力の限りで、水色の扇子を下にたたきつけられるように振った。その瞬間、私の周囲にあった氷柱が妖怪に向かって全力で向かっていく。
妖怪もその氷柱へ敵意を向ける。口を大きく開け、真っ黒い、強い力がこもった光線を私に向かってはいた。
その光線と私の氷柱が激突。私も体に力を入れ、妖力を氷柱に込める。
氷華一閃
雪月花 ──氷柱刺し──