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第1話 突然の別れ・私、家族と暮らしていただけなのに……

 スパッ──。

 化け物の鋭いかぎ爪が、私の腰辺りに襲ってくる。腰の部分に焼けるような感触が襲ったと感じた瞬間、私の体は数十メートルほど吹き飛び、何度も地面を転がった。
 そして転がるのが止まった瞬間。感じる違和感。腰から下の感覚がない。そこから先が、何もないような──。

 すぐに視線を周囲に向け、ゾッとした。

 視線の先にはぶった切られた、私の腰から下の身体。腰の部分、ぶったぎられた下半身からドバドバとあふれる血。
 そして私の腰から下。全くない、剥き出しになった骨と真っ赤な肉、そして多分腸かな、長細くて赤黒いものとなにかの内臓。

 どう考えても助かりそうにない。私、死ぬんだ……。

 あっけな……。まだ死にたくなかったなあ……。もっといろんなことしたかったなぁ。
 そして、私と妖怪の前に青い髪の人が立ちふさがりこっちを向く。

「安心してください。凛音は死んでいませんわ」

 どうしてこんなことになったのか、それは数十分前にさかのぼる。

 ここは私の江の島にある実家の前。
 親友の水月琴美と私愛咲凛音が、そこら辺の自販機でジュースを買って家に帰ってきた時のことだった。

「凛音──、あれ……」

「琴美。どうしよう」

 目の前に突如現れた化け物に、ただ棒立ちになって体を震わせていた。
 所々にこけが生えていて、化け物のような醜い様相をしている。怖い……。

 灰色と濃い青色をぐるぐると組み合わせたような色。顔にあたる部分はいくつも顔があるような不気味そのもの。例えて言うなら、私が保育園にいた時、粘土を使って作った顔、それを五、六個位ごちゃ混ぜにして作ったような、気味が悪い外見をしている。

 その化け物。鋭い鎌の様な爪で父親のでっぱった腹の中から赤黒い物体。恐らく何かの臓器を口の中へ運び、それをグミかなにかを食べているかのようにくちゃくちゃと噛んでいる。

 その姿を見て私も琴美も、言葉を失い呆然としてしまう。逃げようとしてもあまりも恐怖に足がすくんでしまい動かない。心臓を掴まれるという表現がぴったりだ。

 それから、心臓を飲み込んだ化け物は母親の頭を掴み、指のようなもので穴をあける。そしてポテチを開けるときの様に頭を左右に引っ張る。黄色い脳みそがぼとりと地面に落ちたかと思うとそれをむさぼり食べていた。

 まるで犬がエサを食べているときの様に──。それを見て私は口元を抑え、呆然とする。まるでグロ系のゲームの場所に来てしまったかのようだ。
 最後に妹の静香。腹が掻っ捌かれている。すでにこと切れているのがわかる。身体の周りには血があふれ出ていて、内臓が周囲に飛び散っていた。

 そして、その化け物は視線を私たちに向けてきた。私たちは蛇に睨まれた蛙のように全く動けない。恐怖で頭がいっぱいになり、それ以外何も考えられないのだ。

「ヴァビィビィビィィ──」

 化け物が私達の方に視線を向ける。一瞬だけ、目が合ってしまった。

「うっ、うぷ……」

 その気味が悪い外見と、惨状に思わず吐き気がしてしまう。琴美も身体を震わせ、引き攣った表情で化け物をただ見ている。

 私も琴美も、足が震えている。竦み上がってしまい、うまく体が動かない。それでも、気力を振り絞ってドアノブを回そうとした瞬間──。
 化け物。グロテスクな顔にあたる部分が、にやりとにやけたような表情になった。気味が悪くて、見ているだけで怖気が走る。

「な、何……」

 化け物が私達の方へと向かってきた。突き飛ばすかの様に両手を前において、突っ込んでくる。

 パニックで頭が真っ白なうえ、足が竦んで動けない私。このまま親みたいに食べられるのかな──。
 化け物が数十センチほどまで迫ったその時。

「こ、琴美──」

 琴美が私をかばう形で、化け物との間に入る。そのまま化け物は私たちに激突。な、なんで──。
 私達は大きく吹き飛ばされ、後ろにあるドアに激突。

 ドアにたたきつけられた後、力なく倒れこむ。そしてむせ返る中、何とか起き上がり化け物に視線を置く。

「うびゃびゃっ……。ンバァァァァァ──ッ!!」

 化け物は意識を失っている琴美を見るなり、背筋が凍り付くぐらいの気持ち悪い笑みを浮かべる。ニタァと言わんばかりの──本当に、見ているだけで気持ち悪くなるような。
 そのまま琴美を軽々と持ち上げ、肩に乗せた。

 私に視線を送りながら玄関を通り過ぎ、そのままドアへ。ドアを強引に突き破って、そのままどこかへ行ってしまった。
 あ……え──琴美……。お父さん、お母さん、静香。あまりに突拍子な出来事に、頭が真っ白で何も考えられない。

 琴美──。
 最後に、私をかばってくれた琴美。

 すらりとしたスレンダーな体系。色白で滑らかな肌。私とは違い、背がすらりと高くて、なのにスタイルも良くて、人当たりも良かった。にこっと笑った時は女神みたいにきれいで、よくその笑顔を周囲に見せていた。陰キャな私と違って、美人で私たちのお姉さんのようだった。かわいかった。

 優しくて、みんなに好かれる存在。私とは正反対の存在。あこがれるくらいに──。
 それなのに、私のことを友達だと思ってくれて──。
 なのに私、親友が連れ去られるのをただ見ているしかできなかった。抵抗したところでどうすることも出来ないわけだが──。

 そして──家族。引っ込み思案だった私に、いっぱいの愛をはぐくんでくれた。妹の静香とは、一緒に遊んだりして楽しんだ。それが、一瞬でいなくなった。
 夢だよね。突然すぎて、何の感情もわかない。なんで……なんで……。苦しい。

 すると、背後から誰かの声が聞こえてきた。

「また、妖怪ですのね」

 窓から入ってきたのだろうか。私はすぐにその方向を振り向く。
 私より少し高い位の背丈。青い長髪のストレートヘアー。鼻筋の整った上品な顔立ち。
 一目でスタイルがいいとわかる。服装は白を基調としたフリフリのワンピースと水色のロングスカート。かわいらしくて、思わずドキッとしてしまう。かわいいなあ。見とれてしまう。
 適当なスーパーで安売りしていたチェック柄のシャツに、ズボンの私とは大違いだ。

「誰、あなた」

「妖怪は、どこへ行ったのですか──って祇園?」

 祇園? 私は知らない。人違いかな──。
 そんなことより、妖怪? だ。

「妖怪? ああ、あの化け物なら……」

 突然の事態に動揺が隠せず、どうしても言葉がつっかえてしまう。そしてオホンと一回咳をすると、私から玄関へ向きを変える。
 女の人は、両親のぐちゃぐちゃで無残な亡骸を見て、暗い表情になり、言葉を発した。

「両親。助けられなくて、申し訳ありませんの」

「だ、大丈夫だよ。あなたのせいじゃないし──。それより、一人、連れ去られちゃって」

 拙い言葉で琴美のことを必死で説明。変に敬語も交じってるし。
 絶対に、助けなきゃ。じゃなきゃ、死んでも死にきれない。女の人はどこか強気な表情になり、私をじっと見つめる。

「分かりました。約束しますの。琴美さんは、絶対取り返して見せると──」

「はい。あ──、そういえば、名前は? あ、あなたの。ほら、まだ聞いていなかったし」

 青い髪の女はフッと笑い、答える。ほほ笑んだ顔、脳に焼け付くくらい素敵だ。

「恋川ミトラですわ。あなたは?」

「凛音。愛咲凛音……です」

「そうですか。凛音──さん」

 ミトラさんは玄関の扉を指さし、一言。

「このドア、わたしが来るまで絶対に開けちゃだめですわ……」

 ミトラさんは玄関を開け、走り去っていった。
 行った場所、なんとなく察しが付く。あの化け物のところだろう。

 恐怖で頭がフリーズしそうになる中、琴美のことを思い出す。
 人見知りで、いつも暗かった私に明るく接してくれた。だから、学校で教師から嫌がらせを受けたり、女子から陰湿ないじめを受けていた時でも、心の支えになってくれていた。

 その笑顔で私を包んでくれていた。

 そんな琴美がいなくなる……、想像したこともない。心にポカンと空白が空いたような、喪失感が私を包む。

 いや──。

 恐怖で震えていた拳をグーパーして深呼吸をする。恐怖を感じていないといえばウソだ。
 両親も、妹の静香も、親友も訳が分からないまま失った。私を支えていたものが、一瞬でなくなってしまったのだ。

 それで、このままいけば一番私のことを想ってくれていた親友まで失うことになってしまう。想像して、ぶんぶんと顔を振って──拒絶。そんなのはイヤだ!

 私だって、親友たちが連れ去られているってのに、黙って見ているだけなんて、絶対嫌だ。私は、立ち上がった。突き飛ばされて、壁に当たった背中が痛い。
 脚は、恐怖で震えている。怖くて震えている。当然だ、あんなに醜くて、力がある化け物。あんな親とはいえ、人間を食い物の様に食べる化け物に出会ったのだから。
 多分、少しでも気を抜いたら、その場にへたり込んで二度と動けないと思う。
 それでも、立ち向かう。私をずっと支えてくれた親友。大切な友のために。ゆっくりと、恐怖に染まっている心を跳ね除けて前に進んでいく。

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