第108話 乗り掛かった『舟』
「どうだ?気に入ったか?これの『法術師専用型』がオメーの機体になる」
誠は突然背後から声をかけられて驚いて振り返った。
そこには嵯峨とランが立っていた。
「別にいいんだぜ。うちを出て行っても。それもまた人生さ。お前さんの乗るはずだった機体には俺が乗れば済むことだ。実は俺も『法術師』なんだ。『素質』はお前さんほどでは無いがな」
嵯峨はそう言うとそのまま巨人の足元に歩いていった。
「それじゃあ困るんじゃないですか?あの、『廃帝ハド』とか言う悪い奴を倒すのに」
誠はそう言うが嵯峨は誠を一瞥しただけでその足元を撫で続けていた。
「うちの戦術のパターンは減るが。仕方ねーだろうな。他に適当なパイロットも来ねーだろうから……それに『廃帝ハド』が悪い奴かどうかは分かんねーだろ?」
ランは少しうつむきながらそう言った。
「でも『力あるものの支配する世界』っておかしくないですか?そのために『厄災』が起きるんでしょ?それを防ぐ手段が減るなんて……」
誠はランの言葉にそう言って抵抗して見せた。
「『厄災』が起きるかどうかは別としてだ。どんな世の中でも実力のある人間が上に立つのは当然の話だ。奴は『力が有るのに虐げられている遼州人』に希望を与えることになる……まあ、結果として力の無い地球人がどーなるかは奴が天下を取ってから決まる話だろうがな。それ自体が『厄災』と言えば『厄災』か」
頭を掻きながら答えるランに誠は黙ってうなづいた。
そんな二人の間に嵯峨が割って入った。
「俺は思うんだ……力はね、責任なの」
「責任?」
誠は嵯峨の言葉の意味も分からずオウム返しで言葉を繰り返す。
「そう、責任。力があってそれを生かそうと思ったらその力に責任を持って正しく使わなきゃいけないんだよ。あれだ、神前よ。お前さんは自動車免許持ってんだろ?」
「ええ、まあ」
突然話を振られた誠はあいまいにそう答えた。
「免許を持ったら道路交通法に従わなきゃならない。事故を起こしたら罪に問われる。それが力と責任の関係だね……俺達、遼州人の持つ力もそうだと思うんだ……力は権利じゃない、それを乱用する人間は罰せられなければならない……だから俺達、『特殊な部隊』は武装警察官なんだよ」
そうはっきりと言った嵯峨の瞳はいつものたるみ切ったそれとはまるで違う鋭さを帯びていた。
「じゃあ、僕が残れば……」
誠は自分専用の機体を目にして少し心を動かされていた。
「そりゃあ歓迎するさ。お前さんが最後のうちの希望だなあ。うちの『特殊な部隊』っていう汚名を返上する機会をくれる救世主になるかもしれないねえ」
それとない嵯峨の言葉に誠の心の中で何かがはじける音がした。
「僕は……残ります!この『特殊な部隊』に!」
誠の叫び声を聞くと嵯峨は少し困ったような顔をした。
「本当にいいの?色々面倒なことさせられるし……場合によっては『人殺し』をするかもしれないんだよ」
「人殺し?」
嵯峨の言葉に誠はひるんだ。先日拉致されたときの死体の姿を思い出し、自分のやることが暴力に対する暴力の応酬だということに気づいた。
「そうだ。こいつは兵器なんだよ。兵器は人を殺してなんぼ。だから、こいつを動かすってことは、最悪人が死ぬ……それでもいいのか?その覚悟はあるのか?」
嵯峨は珍しく真面目な調子でそう言った。いつもの『駄目人間』ではない、『大人の男』の顔がそこにあった。
「それで……平和が守れるなら。『廃帝』の『厄災』を防ぐことができるなら」
誠の心はいつの間にか決まっていた。自分には力が有る。それは嵯峨も認めている。なら力のある誠が戦うしかない。誠の決意は固かった。
「いいんだな?後悔しても知らないぞ。お前さんの乗り掛かった舟の行く手には嵐が待ち構えている。命の保証も無い。それでも良いのか?」
嵯峨はしっかりとした口調でそう言った。誠は静かにうなづいた。
「僕以外にできる人間が居ないなら、僕が戦います……隊長の目に狂いは無かったと後でうならせて見せますよ」
誠はそうしてこの特殊な部隊に残ることを決めた。