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第3話:影の守人、集結す

 重い闇がカルマシティを覆っていた。街は異様な静けさに包まれ、人影はまばら。かつて活気に満ちていた街並みは、影獣の恐怖に支配され、今や廃墟のように静まり返っていた。影獣の存在が街全体に浸透し、人々は外出を控え、家の中で息を潜めている。街を包む不気味な圧力が、死にかけた街の鼓動を伝えていた。

 凛は冷たい夜風に立ち止まり、眼前の闇を睨みつけていた。妹・香奈を影獣に奪われた日から、彼の心には怒りと復讐心が渦巻いている。その形を成したのが、彼の手に握られた黒い刀だった。この刀――無明の力が宿ったものは、彼の闇を増幅し、背中に漆黒の翼を生やしていた。その異形は、まるで彼自身が闇の存在であるかのようだった。

「……これが俺の力だというのなら、すべてを斬るために使う」

 凛の呟きは低く、冷たかった。彼は復讐のためだけにその力を解放し、夜の闇を切り裂いていく。香奈を奪った影獣を討つ――その執念が彼の心を支えていた。だが、それは同時に彼を蝕む刃でもあった。

 凛の隣には黒猫の姿をした結女がいた。彼女は密かに彼を見守り、無明の力に飲み込まれないよう支え続けている。しかし、凛の目には怒りと憎しみだけが映り、結女の声は彼の耳に届いていないようだった。

「凛……少しだけでも休んで。これ以上無明を使えば、本当にあなたが壊れてしまう」

 結女の言葉には切実さが滲んでいた。しかし、凛はその声を無視するように歩き続けた。

「壊れても構わない。香奈の仇を討つ、それだけだ」

 彼の瞳には狂気の光が宿っている。結女は悲しげにその背中を見つめ、彼を救いたいと願いながらも、どうすることもできない自分に苛立ちを感じていた。

 カルマシティは日に日に影獣に侵食され、影の守り人たちも総動員で対処していた。しかし、無明の影響は街全体に広がり、住民が影獣化する事例が増えていた。街を守るための守り人たちも、無明の力に蝕まれ、戦線を離脱する者が後を絶たなかった。

 影の守り人のリーダーである黒華は、その異常事態に焦燥を感じていた。無明の力が拡散している原因は不明で、街全体が影に飲まれかけている。

「このままでは、街そのものが影獣に支配される」

 黒華は冷静さを装いながらも、その瞳には焦りの色が浮かんでいた。彼女は影獣の出現が偶発的なものではないと感じていたが、その背後に潜む意図を掴めないでいた。

 その夜、凛は巨大な影獣と対峙していた。影獣は禍々しい唸り声を上げ、鋭い爪を構えて凛を睨みつける。凛は無言で黒い刀を構え、影獣が襲いかかると同時に鋭い一閃を放った。その一撃で影獣の巨体は崩れ落ち、凛の足元で消滅していく。

「……これで少しは香奈の仇が討てたか」

 だが、凛の声には虚しさが漂っていた。いくら影獣を討っても、香奈は戻らない。彼の心には虚無が広がりつつあったが、戦い続けることが彼に残された唯一の生き方だった。

「凛、それ以上はもうやめて……あなたの心が壊れてしまう」

 結女はそっと彼のそばに寄り添い、静かに諭した。しかし凛は結女を振り返らず、ただ前を見据えたまま呟いた。

「俺は止まれない。香奈の仇を討つ、それがすべてだ」

 結女は胸の奥に刺さるような痛みを感じながらも、凛のそばを離れることはできなかった。彼が無明に飲み込まれるその瞬間まで、彼の隣にいることを自分の使命だと思っていた。

 その夜、黒華が凛の前に現れた。月明かりの下、彼女の鋭い眼差しが凛を捉える。

「凛、影の守り人に加わり、共に戦わないか」

 凛は冷笑を浮かべた。影の守り人たちは香奈を守れなかった存在に過ぎないと彼は感じていた。

「影の守り人? 俺に何をさせたい?」

「君の力を借りたい。それに、影獣に関する真実に近づくためには、お前の力が必要だ」

 黒華の提案に、凛は驚きを隠せなかった。香奈が襲われた事件が、単なる偶然ではない可能性――それを示唆する言葉だった。

「真実……?」

 黒華は静かに続けた。

「影獣が香奈を襲った理由、その背後にあるものを明らかにする。それが私たち影の守り人の役目だ」

 凛の心がざわめいた。彼の目に浮かんだ迷いを黒華は見逃さなかった。

「だが、お前が無明に飲まれたなら、私が必ず止める。その覚悟で来い」

 黒華の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。その言葉に、凛は短く頷いた。

「……分かった。だが俺が追い求めるのは、香奈の仇を討つことだけだ」

 こうして、凛は影の守り人として、復讐の道を進むことを選んだ。その決意が、彼の心に新たな火を灯すものとなるかは、まだわからなかった。

 数日後、凛は影の守り人としての初任務に向かうことになった。カルマシティの外れにある廃工場に影獣の巣が確認され、影の守り人たちが調査と討伐を進める中で、彼にも参加要請が来たのだ。黒華に同行を命じられた凛は、無言で了承し、黒い刀を握りしめていた。

「凛、私たちの力を見極めるつもりなら、ここで試せばいい」

 黒華は冷ややかに言い放つ。その言葉に凛は眉をひそめたが、何も言わずに黒華の後を追った。

 廃工場は無数の影獣が潜む巣窟と化していた。闇の中から次々と現れる影獣に対し、凛は無言で刀を振るい続ける。その動きは冷徹で正確だったが、凛の背中には漆黒の翼が広がり、闇に溶け込むかのように戦い続けていた。

「……まだ足りない」

 影獣を斬り伏せながら、凛は低く呟いた。その眼差しには、香奈の仇を討つこと以外の感情が消えていた。だが、その様子を見ていた黒華の瞳には、かつて自分が抱えたものと似た苦悩が浮かんでいた。

「お前の戦い方は鋭い。しかし、その力に呑まれれば、ただの殺戮者に成り果てるだけだ」

 黒華の冷静な声が凛に届くが、彼は答えず、影獣に向かって刀を振り下ろし続けた。倒れた影獣が黒い霧となって消え、廃工場には静寂が戻った。

「これが終わりなら、それでいい」

 凛の呟きに、黒華はわずかに眉をひそめた。

「終わりではない。香奈の死の真相を探る道は、まだ始まったばかりだ」

 黒華の言葉が凛の胸に刺さる。彼はその場を去る黒華の後を無言で追い、廃工場を後にした。

 その夜、凛は結女と共に影獣討伐の余韻に浸っていた。彼女は彼の手に巻きつく黒い模様に目を留め、声を震わせながら問いかけた。

「凛、これ以上その力を使い続けるつもりなの?」

 結女の声には、不安と悲しみが入り混じっていた。凛は答えず、ただ黒い刀を見つめていた。

「俺には香奈の仇を討つ以外に理由がない。それだけだ」

 結女は静かに息を吐き、凛に向き直った。

「香奈を失った悲しみは私にもわかる。でも、その憎しみがあなたを蝕んでいくのを見ていると、どうしようもなく怖い」

 彼女の言葉に、凛は一瞬だけ瞳を揺らしたが、すぐに冷たい表情に戻った。

「俺がどうなろうと構わない。影獣を討つためなら、何も惜しくはない」

 その言葉に、結女は強く拳を握りしめた。彼の頑なな態度に胸を締めつけられながらも、彼を見守る決意を新たにする。

 翌日、凛は黒華から新たな指令を受けた。カルマシティの中心部で影獣化が進行している住民が目撃されているという情報をもとに、調査と対応が求められていた。影獣化の現場に到着した凛は、そこに影獣に変わり果てた人々の姿を目の当たりにする。

「これが……無明の力に囚われた者たちの末路か……」

 影獣となった住民たちはかつての人間らしい姿をかろうじて留めていたが、その目には絶望の色が浮かび、闇に飲まれつつあった。凛はその光景に目を伏せ、静かに刀を握りしめた。

「影獣にされた彼らを解放する。それが我々の役目だ」

 黒華の声が響き、凛は無言で刀を構えた。そして、影獣に変わった住民たちを次々と討ち伏せていく。その刹那、彼の胸には何かが揺れ動く感覚が走った。

「俺は……あの日、香奈を守れなかった……」

 その思いが彼の刃を鋭くし、影獣の群れを次々と消し去っていった。だが、そのたびに彼の心には新たな傷が刻まれるようだった。

 戦いの後、凛は静かに息を吐き、刀を鞘に収めた。その姿を見ていた黒華が近づき、静かに問いかける。

「君は何のために戦っている?」

 黒華の問いに、凛は答えず、ただ遠くを見つめた。その眼差しには、かつての復讐一色の光がわずかに揺れていた。

「……俺は、まだわからない。ただ、進むしかないだけだ」

 黒華はその言葉を聞き、静かに頷いた。そして、彼に向けて冷静に告げる。

「進むべき道を見つけろ。それが香奈のためになるのなら、お前も救われるはずだ」

 その言葉が、凛の心に静かに響いた。

 この後、香奈の死の真相を追い求める凛と、影獣に侵食されつつある街の秘密を巡る戦いが本格的に始まる――。

 影の守り人としての戦いが続く中、凛は次第に香奈の死に関わる新たな情報に近づき始めていた。影の守り人たちが追っていたのは、影獣の出現が偶然ではなく、何者かの意図によるものだという可能性だった。その鍵を握るのは「黒幕」と呼ばれる影の存在である。

「黒幕が影獣の発生源を操作している……だと?」

 黒華からその情報を聞かされた凛は、内心の怒りを抑えられなかった。香奈の死が単なる不運ではなく、誰かの意図によるものである可能性が示されたことで、彼の復讐心はさらに燃え上がった。

「香奈が……殺された理由を知る必要がある。それが何であれ、俺は奴を斬る」

 凛の言葉には強い決意が宿っていた。黒華はその表情を冷静に見つめ、静かに頷いた。

「黒幕を追うために、君の力が必要だ。だが、その力が君を裏切るようなことがあれば、私が止める」

 その言葉は、凛に対する期待と警告の両方が込められていた。凛は黙って頷き、刀の柄を強く握りしめた。

 その夜、凛は一人で街の外れにある廃工場に向かっていた。影の守り人たちの情報網によると、黒幕の手掛かりがその場所に隠されているという。結女がその後を追い、彼の足を止めた。

「凛、一人で行くつもりなの?」

 結女の問いに、凛は一瞬だけ振り返り、冷たく答えた。

「俺は一人で十分だ。誰も巻き込みたくない」

 その言葉に結女は悲しげな表情を浮かべたが、それでも引き下がらなかった。

「巻き込むとかじゃない。私は、あなたのそばにいたいだけ」

 凛は一瞬だけ目を伏せたが、すぐに視線を戻し、短く言い放った。

「ならついて来い。ただし、邪魔をするな」

 結女はその言葉に小さく頷き、凛の後を追った。

 廃工場に到着した二人は、無数の影獣がうごめく異様な光景を目の当たりにした。工場全体が闇に包まれ、まるで黒幕の意志が渦巻いているかのようだった。

「ここが……黒幕の手がかりの場所?」

 結女が呟くと同時に、影獣たちが一斉に襲いかかってきた。凛は無明の力を解放し、黒い刀を振り抜いた。その一撃は影獣たちを次々と切り裂き、黒い霧となって消え去っていく。

「こんなもの、何体いようと関係ない……!」

 凛の叫び声とともに、影獣たちが消えていく中、彼の身体を覆う黒い模様がさらに広がり、赤い瞳が強く輝き始めた。

「凛、その力を使いすぎると――」

 結女の声が届く前に、凛の背中から伸びた漆黒の翼が大きく広がり、彼の身体が異形の姿に近づき始めていた。

「構うな……これで終わらせる!」

 影獣を一掃した後、廃工場の奥に進んだ凛と結女は、異様なオーラを放つ一つの影と対峙した。それは、人間の姿をした影獣――黒幕の手先であり、無明の力を操る存在だった。

「君がここまで来るとはな……だが、お前もいずれ、我々の仲間になる」

 その言葉に凛は激昂し、刀を構えて突進した。だが、黒幕の手先は凛の一撃を軽々とかわし、逆に無明の力を用いて凛を吹き飛ばした。

「お前の力では、まだ及ばない。だが、いずれ……」

 黒幕の手先が不気味な笑みを浮かべながら闇に消えるのを見届け、凛は刀を握りしめながら悔しそうに立ち上がった。

「まだだ……俺は奴を……」

 その帰り道、凛は結女に支えられながら静かに歩いていた。無明の力を使いすぎた影響で、彼の身体は重くなり、黒い模様が広がり続けていた。

「……これが俺の進む道の代償だと……いうのか」

 凛の呟きに、結女は優しく答えた。

「それでも、あなたは止まらないんでしょ?」

 凛は答えず、ただ前を見据えた。その視線の先には、香奈の仇と、まだ見ぬ黒幕の姿が浮かんでいた。

「俺には、止まる理由がない」

 その言葉は決意と共に、どこか儚さも宿していた。

 こうして、凛は新たな目的を胸に秘め、さらなる闇へと足を踏み入れていく。影の守り人としての戦い、香奈の死の真相、そして黒幕という存在――その全てが絡み合い、彼の運命を大きく揺さぶり始めるのだった。

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