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魔王ベルルゼとメイドのガーレッド・ファング

攻めて来るのをのんびり待つ義理は、魔王にはない。
魔王城でじっとせず、魔王が積極的に動いても何もおかしくはない。
戦術的に考えれば、一所にずっといて、ただ待ち構えるのは愚かだ。
また、魔界を統べるということは、多種多用な異形のバケモノたちを支配下に置くということである。その頂点が、魔王と呼ばれる存在であり、野心を持つ魔族ならば誰もが望む頂点でもある。
だが、現魔王の俺からすると、魔王なんてそんなにいいものではない。
単純な魔界の支配者と勘違いしている奴が多いが、実際は魔界の調停者という側面が強い。魔王という調停者が魔界の勢力図を調整して皆が共倒れにならないようにしているのが魔界である。例えば、猫耳や犬耳のけもみみの亜人種であるが、種として繁殖力が強く故に常に食料難を抱えている。その天敵となる小鬼のゴブリンはメスがおらず繁殖に制限があり、亜人種のメスをさらって子を孕ませて種を辛うじて保持している。ゴブリンを放置していると亜人種が減り、またゴブリンを放置し増えすぎるとやっかいだ。ゴブリンは群れで行動し、凶暴で雑食で、他の魔物を襲ってむさぼり食らう、つまり、ゴブリンが増えすぎると魔界の他の生物の生活圏が脅かされるので、定期的に魔王の名において数減らしのためゴブリンを討伐し、一部は殺さず魔王軍の配下に加えたりしていた。ゴブリンを殺し過ぎると、今度は逆に亜人種が増えすぎ、食糧難が深刻になり、村や町単位で食料の争奪戦が起きる。魔界は荒れ地が多く、土地が豊かではないため、繁栄できる種に限度がある。だから、共倒れにならないように適当な数のゴブリンを生かして亜人種が増えすぎないようにするのも魔王の務めだった。
また、海に住む半魚人たちは、時々、地上の覇権を求めて地上に攻めてくることもあり、それに対処するのも魔王の務めだ。だから、魔王はいい身分ではない。常に戦場に身を置いているような日々を過ごしていた。今日も、不死者の吸血鬼で死霊使いでもある不死の王が、魔王の座を求めて攻め込んできていた。死霊や骸骨騎士を主軸とした不死の軍団と亜人を主軸とした我が魔王軍とがぶつかり合う合戦の声が聞こえる丘の上で、俺は黒髪のねこみみメイドのガーレッドに膝枕されながら、早く、合戦の決着が着かないか待っていた。魔王の職務は面倒くさいが、喜んで首を差し出す気はない。
「やはり、俺が出た方が・・・」
未だ合戦の声がやまないのでメイドの膝枕から頭を上げようとすると、ガーレッドが俺の頭を優しくなでるように抑えつけた。
「だめです、魔王様。魔王様が出陣されたら、きっとやりすぎてしまいます。ですから、ここで、魔界一の美女の膝枕をご堪能していてください。
彼女は魔界一と自称できるほどの美人だった。
「だが、こうして、待っているだけなのは、退屈なんだが・・・」
「退屈でしたら」
彼女は微笑みながら俺の腕をつかむと。自分の乳房の方に運んだ。
「この私の胸でももてあそんで退屈を紛らわしてください」
「お、おい、そういう場合じゃないだろ」
彼女の柔らかな胸の感触に魔王の俺はビビるように跳ね起きた。
「そういう場合ではない? では、いつでしたら、この私をもてあそんでくださるのですか? 魔王様のおそばにお仕えして、まだ一度も手を付けられていないのは、この私にどのようなご不満があってでしょうか」
「いや、魔王だからって、酒池肉林が好きってわけじゃないんだが」
「では、何なのですか? 女が男に手を出されないということが、どれほど屈辱だということがお分かりになりませんか、魔王様!」
美人が本気で怒るとかなり迫力があり、その鋭い視線で、魔王である俺を圧する。
「い、いや、だから、魔王だからスケベということはなくて、それより今は、戦いの最中で、ン?」
「魔王様、目をそらさないで、私を見てください」
「い、いや、ちょっと待った。あれは、まずいな」
俺は空の一角を睨み、真顔になった。俺の見ているものが見えないねこみみメイドは、明後日の方を向き始めた俺の態度に怒る。
「話を逸らす気ですか、魔王様」
「いやいや、ちょっとやばいものが飛んでくる。さすがにこれは傍観できん。ちょっと失礼する」
俺はバッと消えるように空に跳んだ。途中、空気を固め足場にして、さらに天空へと跳躍する。地上の山や川が,おもちゃのように小さく見える上空に辿り着くと、目の前に巨大な岩の塊が現れた。隕石である。
「狙いは、当然、我らか」
空の星を落とす魔法があるのは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。こんなものを食らっては我が魔王軍は壊滅だろう。仕方なしとその隕石に近づきペシッと軽く叩き、ちょいと隕石の軌道を変えた。
「これでよし」
狙いは当然敵の不死の軍だ。いくら不死でも隕石の直撃を食らえば、ひとたまりもあるまい。
これぐらいの手出しなら、許されるだろう。
相手の魔法をちょいと利用して、ダメージを受ける相手を変えただけだ。
やりすぎとか言われることもないはずだ。
俺は魔王軍直撃から方向転換した隕石から離れて、先に地上に降りた。
「魔王様、急にどこに行ってたんです! まさか,余計なことをしてきたんじゃないでしょうね」
待っていたねこみみメイドがぷんすかと怒る。
「いやいや、我が軍の危機を救ってきただけだよ。それより、伏せた方がいい」
「は?」
「来るぞ」
メイドが首を傾げる俺の背後で、それは地上に激突し、すごい爆風が起こった。
至近で隕石が落ちれば、突風が吹くのも当然だ。
奇麗なクレーターが一瞬でできていた。当然、合戦の声もぱたりと消えた。
「これで、終わったな」
上手く隕石を敵に誘導できたようで満足する。呼び寄せた隕石を空中で方向転換させられるなんて敵も予想してなかったのだろう。
死霊と骸骨騎士であふれていた辺りに深いクレーターができ、それを俺は満足げに見ていた。

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