3.異能ってなんじゃらホイ
ある住宅街。
「おーい、猫ちゃあーん。どこやぁーい。」
河原。
「猫ちゃあーん?」
工事現場。
「猫ぉー?」
自販機の下。
「キャアーッツ?」
電柱の上。
「にゃんにゃあん?」
「にゃんにゃんじゃなくて、シャム猫のラムートちゃんです。三歳のメス。」
百尼は依頼を受けて迷子の猫を探しに出ていた。
「それだけの情報じゃあどうしようもないってぇ。千尋も探してちょうだいよぉ。」
「探してますって。掲示板で情報集めて、町中の監視カメラ覗いてますから。それっぽい情報もあったんで、もうちょっと待っててください。」
「はぁ〜、もぉ〜、人生って上手くいかないのねぇ……楽して女の子はべらせたぁぁぁい!」
「公衆の場でそんなこと言っちゃいけませんよ。」
三時間後。
「ミィィィ。」
「いましたよ。ラムートちゃんです。」
千尋のサポートのかいあって、住宅街を闊歩していたラムートちゃんをようやく見つけた。
「野良猫じゃ見かけない種類ですし、首輪もついてるからなんとかなりましたね。」
「手間がかかる子ねぇ。さぁ帰るわよぉ。」
スッと手を伸ばすが、ひょいと避けられる。
「初対面で警戒してるのかも。やっぱりオヤツで釣らないと。買ってきました?」
「あぁ、なんかそこのコンビニで適当に……」
ポッケをまさぐり、
「テレテテッテテー、ツナ缶。」
新品のツナ缶をぶっきらぼうに取り出す。
「なんでツナ缶なんですかぁ?!いいお家の子なんですから、ツナ缶そのままは無理ですよ!」
「所詮猫は猫。魚なんて本能的に食べたがるでしょ。ほらどうぞぉ。」
缶を開けて傍に置いてやる。しかし、
「プィ。」
一瞥もくれずにさっさと歩き去る。
「あ?」
百尼の表情が険しくなる。
「なにお高く止まってんのぉ?ツナの美味しさなんて人間でも分かるわよぉ?この獣畜生風情がぁ……」
拳に力がこもり、危うくツナ缶を握り潰しそうになる。
「やっぱりダメですって。買い直してきましょうよ。」
「いやぁ、いい!分かった分かった!アタシが悪かった!猫だからって舐めてた、うん!もっと心を広くもってぇ、迎え入れる感じでぇ……!」
地面に片膝をつき、両腕を広げ、実に穏やかな笑顔を向ける。
「ウフフ、怖かったわよねぇ。急にお父さんもお母さんもいなくなって、一人ぼっちになっちゃってぇ。でももう大丈夫。アタシがついてるわぁ。さぁ、二人が待ってる温かいお家へ帰りましょう?」
花が咲き星が瞬くかと思うほど優しく柔らかい雰囲気を醸し出す。
「フッ。」
ラムートちゃんは鼻を鳴らし、百尼を置いてけぼりにして足早に走り去っていく。百尼はしばしフリーズ。
「あぁー!せっかく見つけたのにぃー!何やってるんですか、もう!」
百尼がユラユラと立ち上がる。
「フ、フフ……いいわぁ……いい度胸ねぇ……このアタシをコケにするたぁ……」
ゆっくり腰を落とし、脚に力を込め、
「……ぁぁぁあああ!」
勢い良くスタートダッシュを切る。ラムートちゃんまっしぐら。
「待ちなさいこんのメス猫がぁぁぁ!馬鹿にしやがってぇぇぇ!人間のメスの恐ろしさ、思い知らせてやるわぁぁぁ!」
「ギニャァァァ?!」
全力で逃げるメス猫。その後を怒り顔で追いかけるメス人間。少しの間、町で彼女らの追跡劇が目撃された。
そうして、
「フシュッ、フシュゥゥゥ!」
「いい加減観念なさぁい。」
強引に捕まえた百尼が事務所に戻ってきた。手と顔は引っかかれて生傷だらけ。
「よくもこの麗しい顔に傷をつけてくれたわねぇ。」
「百さんは治るからいいでしょ。はい、ラムートちゃんです。」
ラムートちゃんを依頼人に渡す。
「ありがとうザマス!いなくなってからというもの、子供たちが泣いて泣いて……さ、お家に帰るザマスよ。日本近海のマグロをごちそうするザマスからね。」
「ニャオン。」
ラムートちゃんも落ち着いた様子で事務所を去った。
「なぁんかパッとしない仕事ばっかりねぇ。これじゃあやる気も出ないわよぉ。ふぁ〜あ。」
「言い訳しないでくださいよ。やる気が出る仕事ってなんなんです?」
「そーねぇ、容姿端麗の金持ち令嬢の護衛とかぁ?一日百万円。それか風俗のモニター。もちろん相手は女の子限定でぇ。」
「馬鹿も休み休み言ってください。百さん異能者なんだから、異能関係の仕事とか取ってこれないんですか?」
「異能って言ってもねぇ、アタシ以外そんなに見たことないしねぇ。」
「そう言えば私も見たことないかも……そもそも異能って何でしたっけ。」
「知らなぁい。調べたことなぁい。」
「そんな無関心な……ちょっと調べてみますか。日本異能学会のホームページがありますよ。政府非公認の。」
「信頼性が惜しいわねぇ。」
「異能について説明がありますよ。えっーと、なになに……」
『異能とは従来の人間の身体的・精神的制約を超越した能力を指す。』
『異能の発現は日本でのみ確認されている。』
『全国各地で発現していると推察されるが確認事例は非常に少ない。』
『潜在的異能者は国民の一パーセント未満。そこから発現まではさらに一パーセント未満。』
『先天性・後天性は未確認。』
「……だそうです。選ばれし者って感じがしますね。」
「そんないいものかしらねぇ?コレ。」
百尼が自分の手を眺める。
「一パーセントの一パーセントってことは、全国に一万人弱、異能者がいるってことですね。」
「あら結構いるのねぇ。意外だわ。」
「ただ『これはどうだろう?』みたいな異能も多いみたいです。例えば、常に母親との位置が共有される能力とか。」
「別にいらないわねぇ。思春期だったら最悪よぉ。」
「他には水道水を水素水に変える能力。」
「いらないわねぇ。」
「パンの袋を止めるやつを無限に生成できる能力。」
「いらなぁい。」
「ペンのインクが切れない能力。」
「……それはちょっといるかも。」
「とにかく、百さんみたいに戦闘でも使えるのはかなりレアみたいですよ。」
「そう、運が良かったのかもねぇ。」
「先天性か後天性かは分からないそうですけど、百さんはどうやって異能者になったんです?」
「……さぁねぇ、忘れちゃったわ。」
遠い目をする百尼。
「じゃあいつか思い出したら教えてくださいね。」
「はいはぁい。」
依頼が終わった後の平和な時間。二人は束の間の休息を楽しんだ。