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2.異能たりえる者

二階、三階とスムーズに上がっていく。

「べへぇっ?!」
「ぐっぎゃぁっ?!」
「どぅばぁすぅっ?!」

道中に蔓延る下っ端を難なく薙ぎ払っていく。

「これで四階確定ねぇ。手間取らせちゃって、もぉ。」
「ひ、ひぃぃぃ!バケモンだぁ!」

百尼の魔の手を逃れた一人の下っ端が四階へヘロヘロと駆け上がる。

「ボ、ボスゥ!カチコミですぅ!」
「やぁねぇ、人聞きの悪い。バッグの押収に来ただけで、そのついでにぶっ飛ばしてるだけよぉ。」
「一緒じゃないですか。」

四階。
十人掛けソファを二人でミチミチにするほど、横にも縦にも恰幅のいい男女がいた。鮫頭亀次郎とその彼女である。その背後には武器と金品が雑多に積んである。

「カチコミだぁ〜?誰だその馬鹿は?どこのチームだ?」
「いや、どこのチームでも見たことないです!それに女です!」
「あぁん、絶世の美女と言いなさいよぉ。」

下っ端を蹴飛ばす。

「ぎゃっふん?!」

百尼は臆することなく鮫頭に近づく。次第に鮫頭の目が丸くなり、口元がニヤける。

「お、おぉ……確かに美女……」
「ちょっとダーリン!あんなブスに何見惚れちゃってんの!しっかりしてよ!」
「ハッ、危ない危ない!騙されるとこだった!」
「何もしてないけどぉ?」
「何よ、私のことは嫌いになっちゃったわけ?!ひどいわ!あぁ〜ん!」

彼女が顔を押さえて泣き出した。

「何を言うんだハニー!俺は君を一番愛してるよ!」
「本当に?これからもずっと愛してくれる?」

涙と鼻水にまみれた顔を上げる。

「もちろんさ!俺たちの愛は永遠だからね!」
「嬉しい!ダーリン!」
「ハニー!」

二人は熱い抱擁と接吻を交わした。互いのブヨブヨの身体が一体化しそうなほど密着して。

一分後。

「あのぉー、そろそろいいかしらぁ?」

痺れを切らした百尼が声を掛ける。それを聞いて鮫島がようやく顔を向ける。

「なんだ、まだいたのか。見せ物じゃないんだ。さっさと帰りな。」
「アンタらが見せつけてんでしょうがぁ。こっちにも用があんのよぉ。」
「用だぁ?」
「そ。そっちの女が持ってるソレ、返しなさぁい。」

大きな身体に隠れていたが、彼女の傍には依頼人のバッグがあった。

「このバッグのこと?嫌よ!ずっと欲しかったんだから!泥棒!」
「泥棒はアンタの彼氏よぉ。さもないと痛い目見ることになるわぁ。」
「痛い目だぁ〜?」

鮫頭がゆっくり立ち上がり、百尼を睨みつける。

「なにハニー脅してんだお前?調子乗りやがって。女だからって容赦しねぇぞ?」
「ダーリン!そんなブスさっさとやっちゃって!」
「ブスブスうっさいわねぇ。そんなに口が悪いと中身までブスになるわよぉ。」
「えぇ〜ん!虐められたぁ〜!」

また彼女が泣く。

「てんめぇぇぇ!本当のこと言うんじゃねぇぇぇ!」

鮫頭が右腕を振り上げて大振りのパンチを繰り出す。
百尼は左脚を高く上げ、拳の上にそっと足を置き、そのまま力強く踏みしめる。鮫頭の拳は床に突き刺さった。

「?!いっでぇぇぇ?!」

百尼は左足を拳に乗せたまま身体を捻り、反対の足で回し蹴り。鮫頭の顔面にめり込み、吹き飛ばす。

「ぷぅっぎゃあぁっ?!」
「ダーリン?!しっかりしてぇ!」

声援を受けてヨロヨロと立ち上がる鮫頭。

「クソが……女だからって舐めてたぜ……だったら、コイツはどうだぁ!」

鮫頭がポッケから拳銃を取り出す。

「そんなオモチャ出しちゃってぇ。使い方分かるぅ?」
「ふざけんな!銃だぞ!本物だぞ!怖くねぇのかよ?!」
「えぇ、全く。」

ケロリと言ってのける。鮫頭のこめかみに血管が浮く。

「そうかよ……だったらぁ、食らってみやがれぇぇぇ!」

鮫頭が引き金を押し込む。部屋に響く乾いた撃音。一瞬の火と煙とともに放たれた銃弾は、まっすぐに百尼の元へ。やがて弾は百尼が突き出した右手の中に。人差し指と親指の腹に包まれ、強い力で挟まれる。その瞬間弾は運動エネルギーを失い、指の間で静止した。

「……ほぇ?」

鮫頭、素っ頓狂顔。

「ハンドガンなんて小さいし遅いしでぇ、正面から撃たれても当たる気しないわよぉ。」

百尼は弾をピッと指で弾く。弾は鮫頭の頬をかすめ、壁にめり込んだ。鮫頭の頬から一筋の血が流れる。

「ダ、ダーリン……」

彼女がバッグをぎゅっと握る。

「………うおおおおおお!!!クッソがぁぁぁ!!!」

鮫頭は慌てて部屋の隅を漁り、何やら担ぎ込む。黒く細長い筒に持ち手が二つ。筒の先端には円錐を二つ底合わせにしたようなものが差し込んである。

「あらぁ、RPG。そんなものまで持っちゃってぇ。世も末ねぇ。」
「こないだヤクザの倉庫襲ったときに奪ってやったヤツだ……!こんなとこで使うことになるとはなぁ……!」
「アンタ頭大丈夫?こんな室内で撃ったら、アンタたちも無事じゃ済まないわよ?」
「ダ、ダーリン?」
「うるっせぇよ!殺す……!ぶっ殺してやる……!」

鮫頭は目が血走っている。引き金に指をかけて力を込める。

「死ぃぃぃねぇぇぇ!!!」

弾頭発射。ロケットの推進力そのままに、なりふり構わず百尼に吸い込まれていく。

「はぁ、しょうがないわねぇ。」

百尼は避けなかった。そのまま直撃、轟音。爆風で鮫頭も彼女も吹き飛ぶ。

「ぐぇぇぇっ!」
「きゃぁぁぁ!」

煙が立ち込め、瓦礫にまみれて部屋が崩れる。煙が引き始めたころ、百尼が立っているのが見えた。身体中煤けて傷だらけで血が噴き出す。そして右腕が欠損していた。

「なんだよ!身体がバラバラになると思ったのに!全然威力弱ぇじゃねぇか!不良品かよ、クソが!」

鮫頭が発射筒を投げ捨てる。

「でもハニー、敵は取ったよ!さぁ俺の胸に飛び込んでおいで!」
「え、えぇ〜ん!怖かったぁ〜!」

また熱い抱擁を交わす。その背後で、かすかに何かが蠢くような音がする。

「よしよし、怖かったよね。でも大丈夫、敵は取ったよ!」
「ダーリン!……ん?何か変な音しない?」
「んん?」

鮫頭が振り返る。さっきよりはっきり聞こえる蠢き音。見ると、百尼の欠けた右腕の付け根から、赤黒い紐のようなものが何本も生えてきている。

「げぇぇぇ?!なんだなんだぁぁぁ?!」
「〜〜〜ハッハッハアアア!!!キタキタキタァァァ!!!生きてるって、こういうことよねぇぇぇ!!!」

赤黒い紐は絡みついてどんどん太くなり、やがて腕の、手の平の、指の一本一本の形を作っていく。

「ふぅ、こんなもんねぇ。」

右腕をブンブン振る。完治。その間に全身の傷も癒えている。
この世に突如現れた人間の特異点、「異能」。ごくまれに超常的な能力が人間に宿る。科学では説明できない不条理なパワー。今この時代、日本で、人間の新たなステージが到来していた。

『八百百尼』
死ぬ気は(シニタガリ)健全な肉体に宿る(・フルボディ)
『・死ななければどんな傷でも自然治癒する。』
『・死に近い経験をするほど身体強度と能力が向上する。』

「は……?は……?」

鮫頭はあんぐり口を開けて固まっている。

「分かんないわよねぇ。でもいいのぉ。絶賛無敵の美女がいるってことだけぇ、覚えときなさぁい。」

そう言い放ち、顔面に蹴り一発。

「ごっぎゃぁぁぁ?!」

壁に叩きつけられ、気絶。百尼は彼女に向き直り、

「で、ソレ、返してくれなぁい?」
「あ、はい、どうぞ……」

最愛の人の盾が無くなった彼女は大人しく差し出した。受け取って踵を返し、帰ろうとしたところで、

「ねぇ、アンタ。」

彼女にもう一度呼びかける。

「は、はい?!」
「男、もうちょっと選んだ方がいいわよぉ。せめて暴力は使わないくらいの、ねぇ?」
「あ、はい……そうします。」

男のセンスを注意してから、アジトを後にする。

「百さん、お疲れ様です。」
「お風呂入らなきゃあ。十万円じゃ安いわよぉ。」
「あそこまで武器があるなんて意外でしたね。これからは料金ちょっと見直します。」
「お願いねぇ、はぁ。」

八百万サポート事務所。

「ありがとうございます!これで彼女も喜んでくれます!」
「どうぞまたご贔屓にお願いします。」
「はい!失礼します!」

満足げに依頼人が去ってからの事務所。

「もっと割のいい仕事ないかしらねぇ。一発一億円とか。」

百尼が愚痴を垂れる。

「そんな夢みたいなことありませんよ。あ、また依頼来てますよ。猫ちゃん探しですね。」

千尋がパソコンを叩きながらそう言う。

「かぁ〜。パワーじゃ解決できないのきたぁ〜。嫌ぁ〜。」
「地道にいきましょうよ。承諾しますね。」
「はぁい。」

これは、人間が次の段階に進む過渡期の日本で、自分の宿命を最大限利用して人生を謳歌する女性の物語である。

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