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20.ウ、ウェディングドレス?

 計らいなのか、私は今アランと2人きりで寝室にいる。
 アレクサンドラ皇帝は私に対して怒っている気がした。
 ミゲルは私をチラチラ見ながら、名残惜しそうに去っていったが気持ち悪かった。
 いつから、帝国一の美貌の侯爵は元妻に執着するストーカーになってしまったのだろう。

 姑とはうまくやれた試しがないが、できれば今度こそ上手くやりたい。
 アレクサンドラ皇帝が私に対して反発を覚えるのは当然のことだ。
 
 天蓋付きのベッドに2人きりで寝転ぶと鼓動が早くなる。
 洗い立てのシーツがパリッとして気持ちよく、目の前にいるアランの優しい眼差しが好きで仕方がない。
 認めざる得ない、私は10歳以上歳下の男の子に翻弄されている。
 
 アランは、とても純粋で綺麗な男の子。
 そして、時に頼もしくて見たこともない冷酷な面を見せる男性だ。
 予想外の行動もたまにして、私をハラハラさせる。

「明日は僕たちの結婚式だ。マレンマ、驚かせて本当にすまなかった。そなたが逃げられないようにした⋯⋯僕を卑怯だと軽蔑するか? 本当にそなたしか女に見えないくらい夢中なのだ」

 私の頬を撫でながら優しく落ち着いた声で語りかけるアラン。
 この広大なリオダール帝国の皇帝になるのを、当たり前のように受け入れている。
 
 彼は私の前では頬を染めたり感情を見せるのに、他の人の前では無表情で威圧感がある。
 そのギャップが堪らない。
 私が彼の特別だと感じさせてくれる。

 彼に恋に落ちない女がいるとしたら、おそらくニューハーフだ。

「軽蔑なんてする訳ないわ。アラン、酷いことを言ったこと、あなたを避け続けた事を謝らせて。私もずっとあなたを好きだった」
 私は彼に思いっきり抱きついた。
(好き⋯⋯大好き⋯⋯愛してる)

 前世では恋多き女、今世では地味女と言われてきた。
 でも全ての経験は彼と出会う為にあったと思えるくらい私も彼に溺れている。
 今の私は28歳で、彼は18歳になったばかりだ。

 この世界で28歳は年増だ。
 前世の記憶を取り戻した私には、まだ若い年齢に感じられる。

 しかし平均寿命が50歳のこの世界では仕方がないのかもしれない。
 私はこの命が尽きるまで、目の前の愛おしい人を愛し抜きたいと思った。

 10歳も歳下の18歳の若く美しい君主を誑かした毒婦だと噂されるだろう。
 アランの澄んだ紫色の瞳を見つめていると外野の雑音がどうでもよくなる。
 

「マレンマが僕を名前で呼ぶ声が好きだ。また、僕を名前で呼んでくれて嬉しい」
 彼にベッドに押し倒されて、私は緊張して目を逸らした。

「マレンマ、ごめん。そなたのお腹の中には僕たちの子がいるというのに⋯⋯思う存分、そなたを愛したいけれど、今は口づけで我慢するね」

 私の口に軽く口付けて離れた彼を名残惜しく思ってしまう。
 でも、待望の子供ができたのだから最善を尽くした方が良いだろう。
 彼と触れ合いたいけれど、我慢するべきだ。

「レオナ・アーデン公爵令嬢を婚約者に指名するのかと思っていた⋯⋯」
「僕に媚薬を盛るような女だよ⋯⋯」

 今日、舞踏会でアランとペアになるような紫色のドレスを着ていたレオナ嬢を思い出した。
 彼女は当然、婚約者として内定しているのだと思ったが、彼に媚薬を盛った犯人でもあったらしい。

 彼が隠したかったような媚薬を盛った犯人の正体を教えてくれたようで嬉しかった。
「アーデン公爵殿下が、もしかしてルトアニア王国と組んで反逆を企んでいる黒幕?」
 今まで持つ情報をまとめると辿りついた答え。
 見つめていたアランの瞳が揺れるのが分かった。

「また、マレンマを怖い目に合わせるかもしれない。僕は命に変えてもそなたを守るつもりだが、今のリオダール帝国の状況はあまり良くない。それでも、そなたを側に置きたいのだ。全ては僕の我儘だ」

 私の頬に軽く口づけをしてくるアランを私も守りたいと思った。

「アラン、実は私って汚れ仕事とか結構得意なのですよ。弱いところを見せて不安にさせたかもしれませんが、実は結構強い子です」

 アランの澄んだ瞳を見つめながら言った私の本音。
 散々人の心の深淵を覗いてきた前世。
 自分は強く自立した女だと思っていたが、人が自害する瞬間を見て震え上がった。

 確かにこの世界の常識は前世とは違う。 
 それでも、アランは私にとって出会った事ないような気持ちにさせてくれる特別な人だ。
 今度こそ私は辿り着きたいと思った。
 愛する人と共に過ごして、子を愛して母親になれる人生を送りたいと願った。

「アラン、頂いたドレスを突き返したことを謝らせて欲しいの。どんな素敵なドレスだったの? あなたが懸命に選んでくれたドレスを見もせずに突き返してごめんなさい」

 私はずっと謝りたかったことを口にした。
 私のサイズをどのように調べたかは分からないが、ドレスを返却することで彼を傷つけたことは事実だ。

 再び私の口に軽く口付けして薄く笑った彼は呼び鈴を鳴らした。
 メイドに私が突き返したドレスを持って来させたようだ。

「開けて、マレンマ」
 低いのによく通る彼の声も好きだ。
 澄んだ紫色の瞳、私を一途に思ってくる心も全てが愛おしい。
 
 私はパープルのリボンをほどき、箱を開けた。

「ウ、ウェディングドレス?」
 思わず気の抜けた声が漏れた。

 真っ白なウェディングドレスが箱の中には入っていた。
 当然だが、舞踏会にウェディングドレスを着て現れる勇気は私にはない。

「マレンマ、そなたに似合うのはマーメイドラインかと思ったんだが、プリンセスラインにした。そなたは僕にとって天より舞い降りてきたプリンセスだから」

 今回で5度目の結婚をする私にとって、ウェディングドレスの形状などどうでも良かった。
 問題は私が舞踏会にウェディングドレスを着て来られる強心臓だと思われていることだ。
 
「誕生祭で私と結婚式でも挙げるつもりでしたか?」
 私の言葉を肯定するように顔中にアランの口づけがおりてくる。
 本当に甘くて、私はその甘さに身を委ねた。

「そうだよ。心が通じ合ってから、成人したらすぐにでもマレンマを僕のものにしたいと考えていたのだ。予定より1日遅れてしまったけれど、そのようなことどうでも良くなるくらい今幸せだ」

 この世界でも離婚後6ヶ月間、女性は結婚できない。
 彼の誕生祭である今日のちょうど半年前私の離婚は成立した。
 まさにギリギリの日程。

 なんだか全てアランの計算通りだったようで、少し怖くなる。

 不意に甘く蕩けるような深い口づけをされて、私はそれに溺れることにした。
 アランはいつも私の予想外の事をする。
 このような男は初めてだ。

 でも、彼の行動の根底に彼の私への愛がある。

 私も心から彼を愛しているから、きっと今度こそ愛の終わりではなく愛の永遠を私は知るはずだ。
 
 

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