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14.私、容疑者になりますでしょうか。

「礼を欠いた事を謝罪させてください。申し訳ございませんでした」

 私に頭を下げるレスター・ケンタス伯爵は羞恥と怒りに震えていた。
 恐らく意図にそぐわない行為を強いられたからだろう。

「私は対して気にしてませんよ。それよりもケンタス伯爵は弁明をすることがあるのではないですか?」

「何についてお話をされているのか、さっぱりです。なぜ、このような忙しい時期に私を呼ばれたのか、私にはその意図が皆目見当もつきません」
 口元に浮かべた薄笑い。
 ケンタス伯爵が私を馬鹿にしているのはよく分かった。

 ミゲルに捨てられた地味な女。
 そう思って私を見下しているのだろう。

 あと2ヶ月で新皇帝が即位する時期、リオダール帝国の貴族たちは皆忙しくしていた。
 当然、行政部にいる私も多忙の極めている。

「そんなに頭が悪いのですか? ここに呼ばれた意味も理解できない程? なぜ、アラン皇太子殿下が同席していると思っているのですか? それは伯爵様が爵位を失う程の罪を犯している疑惑をかけられているからですよ。最も疑惑レベルですが⋯⋯」
「な⋯⋯無礼です。たかが子爵令嬢ごときが!」
私の言葉に動揺したケンタス伯爵が声をあげる。


「子爵令嬢? マレンマは正式に爵位を継承したモリアート子爵だ。そなたの罪を自ら自白しないのなら、罪は重くなる一方だぞ」

 隣にいるアラン皇太子が頼もしい。
 10歳以上も歳下で、2ヶ月先には他の女と婚約しているだろう男だ。
 それでも私は彼にどうしようもなく惹かれてしまう。

 前世で男女不平等ではない叫んでいた私はなんだったのだろう。

 この世界のリオダール帝国に比べれば、レディースデイなど女性は十分優遇されていた。
 頼りたくないけれど、女が道具のように扱われるこの世界で私を尊重してくれる彼に寄りかかってしまいたくなる。
 1人で生きていたのような強気で可愛げのない私がこのような気持ちになるのは初めてだ。

「私の罪とは⋯⋯」
「お土産代とはなんでしょうか。月に90万リオン⋯⋯小さな邸宅が買えるくらいの額が定期的にルトアニア王国に渡っています」

 私の言葉にケンタス伯爵が震え上がるのを感じた。
 ビンゴ! 彼は本当に罪を犯している。

「それから、8月7日⋯⋯ルトアニア王国の外交官カイゼル・マルテスと食事をしたと申告していますが、カイゼル・マルテスは同日レンデス王国の建国祭りに参加していますよ? 虚偽の報告をした理由はなんでしょうか⋯⋯同じルトアニア王国の方でも別の方とお会いしていたのでは?」

「なんなんだ⋯⋯そのような細かい事は覚えてはいない」

「誰と食事したかも覚えていられないなら引退してください。その言い訳が通用するとお思いですか? 覚えていない訳ないでしょう。ご丁寧に記録にまで残しているのに⋯⋯」

 私の言葉にケンタス伯爵は沈黙した。
 その沈黙で私は彼が隠し事をしていると確信した。

「失礼」
ケンタス伯爵はそう一言残すと、目の前のデスクに置きっぱなしにしていた私の万年筆をとり首に刺した。
 動脈が切れたのか、血が勢いよく吹き出す。
 
見たこともないような光景に私は硬直した。
 (な、何? 自白するくらいなら自害するって事?)
 自分の顔に温かい血飛沫がかかって、何が起こったのか理解できない。

 前世の記憶が戻り、自分は強くなったと勘違いをしていた。
 この世界は日本とは全く違う。

 強い身分制度に、宗教的にも感じる君主への忠誠心。
(ケンタス伯爵の君主は誰?)

 ケンタス伯爵は自分が崇める相手の為に自害したのだろう。
 人の命が信仰や忠誠よりも軽い。 

 瞬間、私を恐怖から遠ざけるようにアラン皇太子が覆い被さってくる。
 情けないことに私は彼に守られてしまった。

「マレンマ、大丈夫か? 恐ろしかっただろう⋯⋯震えてるぞ! この問題は奥が根深そうだな」

「私は全然大丈夫です。私の置きっ放しにした万年筆のせいですよね。私、容疑者になりますでしょうか」

 前世の経験で強気になっていた私はどこに行ったのだろう。
 結婚生活がうまくいかなくても、自分は社会で認められる自立した女になれるという自負があった。
 
 目の前で人が命を断つ瞬間を見たのは初めてで、目がチカチカする。

「マレンマ⋯⋯」
 私は気がつけばアラン皇太子にキスをされていた気がする。

「大丈夫だ⋯⋯僕が全部悪かった。ルトアニア王国から麻薬が密輸されているのではないかと疑惑は持っていたのだ。それにケンタス伯爵周りの貴族たちが絡んでいるかもしれないとも疑っていた。それがこのような悲劇を起こすことまで予想できなかった」

 私を宥めるような澄んだ紫色の瞳。
 私よりも10歳以上歳下で、純粋で天然な男の子。
 
 そのような若い子に恋をしないと思っていた。
 
 でも、彼はそれだけではなかった。
 純粋すぎるくらい真っ直ぐだけれども、非常に賢く冷酷な面も持っていて誰も大切にしてくれなかった私を守ろうとしてくれた。

 そして、なんでも自分のせいにしてしまう不器用な人だ。

「アラン皇太子殿下⋯⋯怖くないです。殿下が側にいれば⋯⋯」
 私は初めて男にしがみついた。
 私は男を信用していない。

 美しい時は下心丸出しで近づいてきて、枯れたら離れて行く。

 前世の記憶も思い出し、他の人の2倍の人生経験を持っているのに目の前の未成年の男の子に縋ってしまう。

「マレンマ! 僕が夜道を歩けるようなリオダール帝国にするから、もう絶対にこのような怖い思いはさせない」

 私の髪を撫でながら慰めてくれるアラン皇太子を頼もしく感じた。
 しかし、今回の件は私の浅はかな考えが起こした事だ。

 疑惑をチラつかせて自白を取れればうまく行くと思っていた。
 自分の命以上に守ろうとするものがある人間の恐ろしさを理解していなかった。
 
「本当に怖くないですよ。全ては私の甘さが招いた事です。殿下もお察しの通り、ルトアニア王国とケンタス伯爵を含む帝国貴族は後ろ暗い取引をしてますね。そして、ケンタス伯爵の後ろには彼が逆らえない黒幕がいそうです」

「マレンマ、自分を律する必要はない。そなたが甘いのなら、僕はもっと甘い。今日はもう帰ってゆっくり休むと良い。後始末は僕がしておくから」

 私の強がりは見抜かれていた。
 確かに手や唇の震えが止まらず、頭の中が混乱して仕事を続けられそうもない。
 この状態で仕事に戻ってもミスをしそうだ。

 そして、目の前で血飛沫をあげた死体が転がっているのに、全く動揺が見られない殿下は私とは見てきた世界が違うのだろう。

 私は彼の好意に甘えることにした。






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