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動乱

チビが「へぷちっ!」とかわいいくしゃみをして目を覚ました。
空を見上げると、俺たちの向かう先を暗示しているのかどうかは知らないが、ズンとした重さを持った、つまりは鈍色の雲ってやつが一面に広がっている。
「寒くなってきた、ほら、あそこ見て」
いつの間に着替えたのか、砂馬の手綱を握っているルースがはるか遠くを指さす。
目を凝らすと、俺たちの住むリオネングよりもさらに小さな城壁と、そして真ん中にちょこんと尖ったお城の屋根らしきものが目に止まった。
暗い空に相まって、目立つ白に統一された建物が。
「意外に小さいんだな」
「うん、ここら辺の国の中では最小といってもいいかな」
しかもこの国、あるべきはずの王様とかが居ないんだとか……いや、ルースが言うには「ずっと昔には、いた」んだそうだ。
「ちょっと難しい経緯さ。ラッシュのために分かりやすく言うとね、ここを統治していた王ってのが、自身の私服を肥やすことしか頭になかったんだ。ただでさえこの地は寒くて作物は育たない。しかし国民は重い取り立てを何百年に渡って強いられてきた……」
「ンで、怒りが爆発したってワケか」ルースの説明は分かりやすいことこの上ない。「そういうこと」と一拍置いてまたあいつは続けた。
「スーレイの民は一致団結して暴動を起こし、見事悪政を敷いていた王とその一族を追放した……そのあとが賢かったのさ、あえて国という名称は残す一方、新たな王を立てることはしなかったんだ」
「王様がいないって……? じゃあどうやってこの国は動いてるんだ?」
だってそうだろ、一番偉いやつがいて、その下で指示したり働く連中がいて初めて国っていうのは機能するんだ……と思った。親方のギルドだって同じだった。まああっちは親方がほぼすべて一人でまかなっていたけどな。
「ある意味スーレイの暴動と革命と言っても過言ではない。その中心にいて民衆を率いていた人らが中心となって、ほぼ独裁国となっていたスーレイを……」
「みんなが安心して暮らせられるようにする国へと変えていったってことか」

ご名答!ラッシュ結構頭良くなったじゃない。なんてパチパチ拍手しながら喜んで言うもんだから、俺もムカついて殴りそうになっちまった。いけねえガマンだガマン。

さて、と。そんなことはどーでもいいんだ。まず俺が知りたいのは……
「その、スーレイでいちばん偉いやつには簡単に会うことができるのか?」
「ああ、ここの領主であるルッツェル家は僕らデュノ家とも関係が深い。それにスーレイは例の革命による血塗られた歴史を反省して、今は中立を謳っているんだ」
言ってることがまた分からなくなってきたが、つまりはこのスーレイ、かなり安全な国ってことか。
まあとにかく、そこから俺は奴に……ズァンパトゥに会うことが先決なんだ。もてなしとかそう言うのはごめんだ。なんせトガリの家でげっぷすら出なくなるほど腹一杯豪華な料理を食ったしな。

なんてあれこれ考えてると、急に俺の鼻先を妙な匂いがくすぐった。
これは煙の匂いか……しかしなんでこんな場所まで?
「火事か!?」ルースが俺の頭の上に乗っかって、じっと前方に目を凝らす。
そうだ、俺たちがこれから行く場所。まだ城壁が邪魔してよく確認できないが、確かにいくつか細く黒い煙が立ち上っている。

やべえな……敵襲か? まさかマシャンヴァルが先回りしてスーレイを!?
こうしちゃいられ……な……
「ぶえーっくしょん!!!」ヤバい。だんだんと寒さが増してきた。
到着した城壁の前で砂馬を停め、俺は大急ぎでトガリの親父からもらったツギハギの毛皮の服を身につけた。
とはいえモコモコしてゴワゴワして妙な匂いがして、こいつ着ると結構暖かくなるのはいいんだが、めちゃくちゃ動きにくくなる。
俺は服の肩口を裂き捨てて、どうにか少しでも動きやすくできるようにした。
俺のデカい足に合った毛皮の靴もあるんだが……うん、やっぱこういう履物は苦手だ。
こんなの履いて戦ったりでもしたら、滑りやすそうだし踏ん張りは効かねえし、オマケに足が蒸れて臭くなりそうだしな。だからさっさと捨てた。

「大丈夫さ、ラッシュの臭さにはもう慣れっこだから」
こんな状況下でも皮肉をぬかすルースの頭を殴……らずにデコピン一発。
右手に大斧、そして左にはチビを抱え、俺とルースはスーレイの中へと突入した。

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