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17.素敵な中身を語ります。

「急に呼び捨てで呼んでくるとは、反則ですよ。ミリア」

彼が私の額に口づけをしながら言ってくる。
私の頭の中は真っ赤な血の色をしていたのに、彼の頭の中はピンク色だったようだ。

「どうして、婚約者の前で他の男を誘惑するようなことを言うのですか?」
彼が言った言葉を理解しようとすれば、先ほどの料理人の技術を褒めたことを言っているのだろうか。

「私の言動が間違っていましたか? 本当のことを言います。ここに来るときは怖いと思っていましたが、快適な場所でずっと住みたいと感じはじめました。だから、アーデン侯爵家の方針に従い、能力を重んじ先ほどの料理人が引き抜きに合わないよう彼の仕事を褒めたのです」

私は自分の意図を彼に説明した。
聡明な彼のことだから、わかってくれるだろう。

「アーデン侯爵邸では他の貴族の家の2倍の給与を出しているので引き抜かれることなどありませんよ」
レナード様はそう言うが、私は全くそうは思わない。

アーデン侯爵家の財産は私が思っていた以上だった。
侯爵邸に来て未来の女主人としてチェックしたが、国を築けそうなくらいの財産を持っている。

帝国から貰う給与以外に、多くの事業で成功をおさめていることが大きいのだろう。
実際、レナード様も学生時代から多方面の事業で成功してきた。
そこは、さすが経済書をベストセラーにするエミリアーナ様の息子だ。

私の拙い事業計画にもあっさり大金を投資してくれるのだから、本当に余裕があるのだ。
カルマン公爵家は皇族と関係を結び、皇家から権力だけでなく財産を掠め取ることばかりに集中している。

全く違う財産の増やし方だが、アーデン侯爵家の財産の増やし方の方が健やかで美しい。
でも、お金をいくら積まれても譲らない人たちも必ずいるはずだ。
私が雇われる側だとしたら、私はお金では自分の技術を売ろうと思わないからだ。

「名誉を重んじる人は給与が下がっても、皇室からお声がかかればそちらに行くと思います。彼のような丁寧な仕事をする人は、それに気がついてくれる人がいるところで働きたいと思うのではないでしょうか? 彼の細やかな仕事に気づいていることを伝えておけば引き抜きの話がきても、突然やめるのではなく相談をしてくれる気がします」

私の話をじっと彼が聞いてくれているので、この機会に本心を話せば戸惑われると分かりつつも大切な話をすることにした。

「レナード様、私が1週間前は婚約を破棄すると言っていたのに、今はここにいたいと言っていることに戸惑ってますよね。でも、私は心から今はレナード様と結婚したいと思っています」

彼には父の支配を解いてもらったという恩もある。
だから、私は妻として自分ができる最善の仕事をして恩返ししようと思う。

「私のことは愛していなけれど、ミリアは条件や環境がよいから私と結婚してここにいると言いたいのですよね。ミリアから見て私は中身のない外見だけの男で、愛する価値などないということですね」

彼が明らかに傷ついているのが分かり、私は自分の言動をはじめて振り返った。
彼を突き放すことを考えていた私は、彼を3日間で飽きる空っぽな男扱いするようなことをたくさん言った。
自分がもし、同じことを言われたら私はショックで立ち直れないだろう。

「みんながレナード様を好きになるのは、あなたが王子のように美しいルックスをもっているからではありませんよ。今から100個以上のあなたの素敵な中身について語るつもりですが、聞く準備はありますか?」

私が言うとパッと彼の表情が明るくなった。
初めて彼のことを美しいと言うより、可愛いと思った。

「聞きたいです。聞かせてください、ミリア」
彼がベットに寝そべってきたので、私は慌ててしまった。

「あの、長くなるので寝転がっていると、そのまま眠ってしまうかもしれません。私ではレナード様をお部屋まで運ぶ自信がありません」
ここは、私に割り当てられた部屋でこのまま眠られてしまうと困ってしまう。
誰か力のある使用人を呼べば良いが、思い浮かぶのは細身の使用人ばかりでレナード様を持ち上げられるとは思えない。

「ミリア、実は最近、怖い夢ばかり見るのです。今日だけで良いので、ミリアの話を聞きながらここで眠ってもよいですか?」
私は、結婚前に、婚約者とはいえ男性と同じ部屋で寝たという評判がたつのを恐れた。
しかし、彼が悪夢をみるというのは私のせいではないだろうか。

順風満帆で、周りから褒められてきたはずの彼が、突然、狂気の家で育った女を娶るように言われたのだ。
その女に中身がないだの女の通過点でしかないだの罵倒されたあげく、あなたの生活環境は羨ましいから一緒に住みたいと言われている。

「もちろんですよ、レナード様。私にはいつだって甘えてよいのです。あなたは私の婚約者ですから。今日は良い夢が見られるように、幸せな気持ちになれる話をしますね。」

私は、今までの自分の恐ろしい言動を挽回するために、できるだけ優しい言葉で接した。
冷静になれば、女など選び放題の彼が、政敵の親を持った感情の起伏が激しい私と結婚してくれると言っているのだ。

公爵になる道が閉ざされた以上、彼との結婚以上に幸せな道は思いつかない。
彼に女性問題はつきまとうかもしれないが、明らかに私の父よりはましだ。
一週間彼を見てきて、彼が仄暗い趣味や性癖を持っていないことは確認できている。

「ミリア、どれだけ長くなってもよいので、たくさん話してくださいね」
レナード様は微笑むと、目をつぶって私の横に横たわった。









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