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第七十一話 「天翔ける」

 雨が上がり、朝陽(あさひ)に照らされた城下町の建物の(のき)からは、(しずく)(したた)っている。リコウの屋敷の広間に敷かれた布団で、ウンケイが目を覚ます。起き上がり周囲を見回すと、リコウとツバキの姿は無く、ぐっすり眠るブンブクを()でているシカと、相変わらずいびきをかいて眠るしゃらくがいる。
 「起きたか。なら私は行くぞ。ブンブクちゃんを頼む」
 シカがウンケイにそう言うと、立ち上がる。
 「もう行くのか? 起きたらきっと、ブンブクとしゃらくが(さび)しがるぜ?」
 「こいつはどうでもいい。私は今晩の戦いに備える。・・・これは私個人の戦いでもあるからな」
 シカがそう言って(ふすま)に向かって歩いて行き、襖に手を掛ける。
 「また後で会おう」
 「おう、またな」
 シカはニコリと微笑(ほほえ)むと襖を開け、広間を出て行く。
 「・・・呑気(のんき)に寝やがって」
 ウンケイが、しゃらくの頭をバシッと叩く。しかししゃらくは一切起きる気配はなく、そのままいびきをかいている。

   *

 「よぉし貴様らぁ! 遂にこの時が来た! 今日こそ龍神を()ち、この地に平穏を取り戻す!!」
 「おぉぉ!!!」
 日が暮れ、夕焼けに染まる城の広場で、アドウの声に兵達が呼応する。広場にはしゃらく一行にツバキ、シカ、()(もん)とリキ(まる)などの徴兵達(ちょうへいたち)も集まっている。兵達の前には武装したアドウと三側近が立っている。その様子を、城の最上階からソンカイが見下ろし、目を(ひそ)めている。その後ろでは全身黒尽(くろづ)くめの(しのび)が十人程、(ひざ)を着いている。
 「・・・」
 城内から広場を見下ろしているのはソンカイだけでなく、下階からは商人のリコウが様子を(なが)めている。夕焼けに赤く染まった、この一城に様々な思いが混濁(こんだく)している。
 「カゲ斗弓(とき)よ! 抜かりはないな!?」
 「はい。必ずや龍神をこの城に(おび)き出します」
 カゲ斗弓(とき)がアドウに膝を着く。
 「・・・」
 そのカゲ斗弓(とき)を、シカが黙って(にら)んでいる。
 「作戦は実に単純! カゲ斗弓(とき)の部隊が、この城に龍神を誘き出す! 貴様らには、龍神が来た所で一網打尽(いちもうだじん)にして(もら)いたい! 以上だ! 約束通り貢献(こうけん)した者には多大な報酬(ほうしゅう)(つか)わすぞ!」
 「おぉぉ!!」
 再びアドウの声に兵達が呼応(こおう)する。一方で、広場にいるしゃらくは欠伸(あくび)をしている。
 「こんな数いるか?」
 しゃらくがウンケイに(たず)ねる。
 「そうだな」
 ウンケイが、前にいるアドウを見据(みす)えたまま答える。ウンケイの肩に乗ったブンブクは、委縮(いしゅく)して丸まっている。
 「相手は一人なんだろ? おれら出番ねェんじゃねェか?」
 しゃらくが、人目も気にせず鼻をほじり出す。
 「案外あるかもしんねぇぞ。気ぃ抜き過ぎんなよ?」
 ウンケイがニヤリと笑う。
 「ん~」
 しゃらくが気の抜けた空返事(からへんじ)をする。そんなしゃらく一行と少し離れた所にいるシカは、自分の刀の手入れをしており、背中には弓矢を背負っている。
 「さて、どうしてやろうか?」
 更に離れた所の()(もん)がニヤリと笑い、自分の無精髭(ぶしょうひげ)を撫でる。その隣では、弟分のリキ(まる)もニヤニヤと笑っている。二人の視線の先には、アドウとその隣に仁王立(におうだ)ちする三側近の大男、ガマ比古(ひこ)の姿がある。
 「くっくっく。借りはきっちり返させて貰うぜ? ガマ比古(ひこ)さんよぉ」
 すると、広場の前方が再び騒がしくなる。よく聞くと、女子どもの悲鳴まで聞こえる。
 「なんだァ? ウンケイ見えるか?」
 しゃらくがウンケイに尋ねる。群衆の中で頭一つ抜けたウンケイは、前方をじっと見つめている。
 「あぁ。・・・町人の男女に子ども、合わせて十人くらいが(なわ)(しば)られてる」
 「何ィ!?」
 しゃらくがウンケイの言葉を聞き、慌ててウンケイの肩によじ登る。既に肩にいたブンブクは、登ってきたしゃらくの頭の上に飛び乗る。そしてウンケイの肩に乗ったしゃらくは、前方を見て目を見開く。そこにいたのはウンケイの言った通り、町人とみられる男女と子どもの十人程が縄で体を縛られ、目隠しをされた状態で、横に並んで座らされている。
 「何だありゃア!?」
 しゃらくが目の前の光景に、鼻息を荒くする。
 「・・・嫌な予感がするな。何する気だ?」
 しゃらくとブンブクを肩に乗せたウンケイが、目を顰める。すると前方の、縄で縛られた町人達の前に、カゲ斗弓(とき)が弓矢を背負って立つ。
 「忌々(いまいま)しい龍神よ! よく聞け! 我々は町人共を人質に取った! 此奴(こやつ)らを救いたくば、一人でこの城へ来い! 下手な真似をすれば、此奴(こやつ)らの首が飛ぶと心得(こころえ)よ! 貴様が(しん)に龍神ならば、火を息吹(いぶ)き、(てん)()け、此奴(こやつ)らを救ってみせよ!」
 カゲ斗弓(とき)が真っ直ぐ前を見ながら、声を上げる。すると、カゲ斗弓(とき)が背の弓矢を取り出し、縛られた町人の一人の男に矢を向ける。
 「!!?」
 ドスッ!! カゲ斗弓(とき)躊躇(ちゅうちょ)無く放った矢が、男の左太腿(ふともも)に突き刺さる。男は悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。その悲鳴を聞いた他の町人達も、恐怖に悲鳴を上げる。するとカゲ斗弓(とき)が、矢を受けた男の隣に座る女の目隠しを外す。そして恐怖に怯える女に、冷酷(れいこく)な眼差しを向ける。
 「今の言葉を龍神に伝えろ。早くしないと、こいつらの命はないと思え」
 カゲ斗弓(とき)が淡々と話しながら、女の縄を(ほど)く。女は恐怖に震えており、立ち上がる事が出来ない。するとカゲ斗弓(とき)は、女の首根(くびね)っこを(つか)んで無理矢理立ち上がらせる。
 「さっさと行け」
 カゲ斗弓(とき)がそう言うと、女は怯えながらも、覚悟を決めたように城の外へ駆けて行く。その様子を遠くから見ていたしゃらくは、今にも暴れ出しそうなほど顔を真っ赤にして歯を食いしばっている。
 「あの野郎ォ・・・!!」
 声を震わせるしゃらくを肩車するウンケイは、冷静に様子を見据えている。
 「この距離と人の多さじゃあ、すぐ向こうには行けねぇ。あんなイカれ野郎の事だ。ここで暴れてる内に、町人を手に掛ける(はず)だ。抑えろよしゃらく?」
 「くっ・・・!!」
 一方城下町では、何やら不穏な空気を感じてか、町人達が外に出て、城の方を見ている。すると城の方から、一人の女が(あわ)てて()けて来る。
 「どうした!? 城で何か起きてるのか!?」
 町人達が女に駆け寄り、事情を聴こうとする。女は息を切らしながら、周囲を見回す。
 「ハァハァ! りゅ、龍神様はどこに!? 早くしないと・・・! 皆が・・・!!」
 女の言葉に町人達が顔を見合わせる。
 「落ち着きなさい! 一体何があった!? 龍神様ならこの前の一件以降、どこにいるか分からねぇ! お前も(ふく)め、町の何人かの行方が分からなかったんだ! 皆あの城にいるのか!?」
 町人の男が女の肩を掴む。女は涙を流しながら、男に掴みかかる。
 「は、早くしないと! 皆殺される!!」
 城の広場で、人質となった町人達の後ろではアドウと、カゲ斗弓(とき)を入れた三側近が、椅子(いす)に座って龍神が来るのを待っている。するとその様子を見ていたしゃらくが、ウンケイの肩から降りる。
 「ごめんウンケイ! やっぱ放っとけねェ!」
 しゃらくがそう言うと、しゃらくの体に赤い模様が浮かび上がる。
 「・・・仕方ねぇよな」
 ウンケイが微笑む。そしてウンケイは薙刀(なぎなた)を構えると、そのまま勢いよく薙刀を振りかぶる。するとしゃらくが、ウンケイの薙刀の刃の上に飛び乗る。その様子に気が付いた周囲の兵達が、しゃらく達に刀を向ける。その(ざわ)めきにアドウ達も気が付く。
 「何騒いでやがる?」
 刹那(せつな)、その(ざわ)めきの中から一人の男が、アドウらの方へ勢いよく、(てん)()けて来る。アドウ達が目を見開く。
 「おれが龍神だァァァ!!!」
 
 完

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