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5.サイラスとの出会い。

家でも外でも常に姉が世界の中心だった。
姉と私は父の意向で、他の子よりも社交界デビューが早かった。

社交界デビューでも私は姉のおまけだった。
いつだって、紫色の瞳をした美しい姉が注目された。

公女で紫色の瞳を持った姉の心を捉えることの価値を周りは理解していた。
少女趣味の姉は決してセンスの良い方ではなかった。
それでも姉が着たドレスのデザイナーは有名になり、周囲の人間は姉の機嫌を取り続けた。

家でも常に姉の意向が優先された。
姉はわがままを言っても怒られることがなかったのに、私は何かにつけて床に座らされて怒られた。

立ち居振る舞い、勉強、ピアノのレッスン全てでトップを取らなければ叱責された。
全てをサボっても姉は可愛がられ続けた。

「私の居場所を見つけないと⋯⋯」
毎日のように枕に顔をうずめて10秒間思いっきり泣きながら考えた。

「私、カルマン公爵になる!」
父は5人の妻に情婦まで囲っているのに、子供は私が生まれた後はできなかった。
父だって跡取りとして養子を取るよりも、たとえ女でも実子に跡を継がせたいはずだ。

能力を示せば、跡取りになれるかもしれない。
決意してからは、私は寝る間を惜しんで能力を認められるために努力した。

今までやらされていた勉強も目的をもったことで自分ごとになり、やりがいを感じた。
そう思って勉強を必死で頑張った結果、後継者として父に指名された。

「帝国唯一の公爵になるということは、アカデミーでも入学から卒業まで常にトップの成績をおさめなければならない」

父に言われた通り、私は首席で合格しアカデミーに入学をした。
3年間のアカデミー生活、毎週のテスト、私は1度もトップを譲ってはならないと父に言われていた。

だから周りと慣れ合うつもりはなく、ひたすらに勉学に励むつもりだった。

「カルマン公女、初めて見かけた時から心惹かれておりました」
入学して1週間で私はクラスの半分の男から告白を受けて、彼らを振るという作業に追われていた。

今日もまた昼休みに呼び出されて告白をされていた。
冗談じゃない、私は休み時間も睡眠も惜しんで勉強しないとトップを逃すかもしれないのに。

「私が誰だか分かってて、そんな浅はかに告白しているの? あなたがお付き合いできる相手じゃないのよ」

自分でも日に日に告白の断り方がきつくなってきた。
自分で言ってて、嫌な女全開な対応だとぞっとする。
でも、中途半端に断ると再び告白されたり、付き纏われたりするのだ。

「お高くとまりやがって⋯⋯」
聞こえないくらい小さな声で、私の勉強を邪魔し呼び出した相手が去っていった。

「その通りですわ、よくお分かりじゃないですか。お高い女なんです、私。もう、話掛けないでくださる?」
彼の後ろ姿に、しっかりと念を押して伝えておく。

男ばかりのクラスに、女は私1人だ。
だから、こんな目にあうのだろう。

クラスの半分の人間を失恋させて、私はクラスでの居心地が日に日に悪くなっていた。

「紫色の瞳を持って生まれてれば良かった。赤い瞳でも、男に生まれてれば良かったのに⋯⋯」
教室で自習をしたいのに戻りづらくて、私はしばらくそこで佇んでいた。

「ミリア・カルマン公女、お困りのようですね。俺が手助けいたしましょう」

突然、後ろから話しかけられて振り返ると、黒髪に緑色の瞳をした爽やかな青年がいた。
微笑みながら私に手を出してくるが、私はその手を取る気はさらさらなかった。

これが、サイラスと私のはじまりだった。

「手助けって、あなたに私を助けられることなんて何もないけど? そもそも、あなたは誰? クラスにいた気はするけれど」

私は全くクラスメートを覚える気がなかった。
変に馴れ合ってしまって、公爵になった時足かせになっては困る。

「周りはみんな詐欺師だと思え」それが父の教えだった。
だから、当然彼も私を利用しようと近づいてきていると思った。

「サイラス・バーグです。バーグ子爵家の跡取りです。やはり、ミリア様はクラスの誰も覚える気がないのですね」

私が失礼な態度で接しているのに、彼は意にもかえさなかった。
私にはない彼の自信に溢れた瞳が気になった。

「ミリア様って、勝手に人の名前を呼ぶなんて失礼じゃないの?」
私は自分の素っ気ない失礼な態度を棚に上げて彼を責めた。

「でも、今、世界にカルマン公女は2人います。だから、ミリア様と呼ばせてください」
心臓が跳ねて、心に闇がかかっていくのが分かった。
帝国でカルマン公女といって、一番にみんなが思い浮かべるのは姉であり私ではない。

だから、私はたった1人のカルマン公爵になりたいのだ。
女性初の公爵になって私の存在を示したい。

「勝手にしなさい。バーグ子爵令息。あなた程度の人間が私を助けられるって勘違いも甚だしいけれど、何か考えがあるなら聞いてあげてもよくってよ」

私は自分で言っている言葉に驚いてしまった。
いつもの私なら関わらないように、突き放す言葉を吐いて彼を遠ざけたはずだ。

ただ、彼の自信に溢れた緑色の瞳に導かれるように言葉を紡いでしまった。

「日々寄ってくる男たち。彼らを突き放す度に悪くなるクラスの雰囲気。俺をミリア様のカモフラージュ彼氏として利用しませんか? 告白されることは減りますよ」

彼の言葉に改めて彼の外見を見た。
確かに彼はルックス的にそこそこ優れたものを持っている、そこから来る自信なのだろうか。

「そんな宣伝文句じゃ売れる商品も売れないわよ。それに、他の男があなたに勝てると思ったら寄って来るでしょう。しかも、婚前に恋人を作るなんて私の評判に関わるわ」
私は彼の馬鹿馬鹿しい申し出を断ろうとした。

「俺は入学試験2位の成績でした。アカデミーではなりふり構わず勉学に勤しみ、将来は中央で要職につきたいと考えています。将来のカルマン公爵で宰相になりたいとお考えのミリア様にはうってつけの相手ではございませんか? 婚前の恋人が足枷になるのは、高位貴族のご夫人になられる場合ですよね。ミリア様には関係なくないですか?」

私は彼が私の次席の成績で入学したということを初めて知った。
トップを維持するために、次席の彼の能力を知っておくことも必要かもしれない。

そして彼が女としての私には興味がなく、私と同じ志を持っていることに心を動かされた。
私はずっと孤独を感じていたから、彼のような同志が欲しかったのかもしれない。

「確かに、私に恋人がいようと私の価値が揺らぐことはないわね。そのカモフラージュ彼氏作戦とやらに興味が出てきたわ。うまくいかなかったら即座にあなたを切るから、そのつもりでいてくださる?」
私は彼の差し出した手に手を添えながらいった。

「俺のことも名前でお呼びください。彼氏風に呼び捨てにしてくれて構いませんよ。ちなみに、本当にクラスメートの名前を誰も覚えてないんですか?」

彼が私の添えた手を握りながら、握手して来る。
てっきり私をエスコートしてクラスまで連れていくものだと思っていたので拍子抜けした。
アカデミーに来て初めて女扱いされず驚くと同時に、初めて友達ができたようで嬉しかった。

「私だって覚えている人はいるわよ。金髪碧眼の王子様、レナード・アーデン侯爵令息とかね」
私は彼の手を握り返しながら言った。

「ブッブー!クラスメートどころか学年も違います。もう、俺だけ覚えとけばよいですよ。ミリア」
子爵令息である彼が公女の私を呼び捨てにしてきたことに驚きつつも、その方が恋人に見えるかもしれないと思い許した。





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