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1.恋も夢も諦めたくない。

「お前と結婚するということは彼を皇帝にすることだ。彼は皇帝には向いていない、野心がなさ過ぎる。第5皇子と結婚しなさい」

姉、ステラが結婚したいという相手第3皇子ラキアス・レオハードを家に連れてきた。
父、カルマン公爵は姉と自分に従順な第5皇子スコット・レオハードを結婚させる予定だった。

いつだって姉のワガママを聞いてきた父だが、さすがに反対している。

姉がいつものように癇癪を起こした。
「皇帝なんて誰でも良いじゃない。あんなブサイクに娘を性奴隷として献上するの? 最低の父親ね。虐待よ」

このような姉の醜い姿を見て、ラキアス皇子にも愛想をつかされるんじゃないかしら。

私は姉の隣にいるラキアス皇子に目を向けると、彼は驚いたことにうっとりした顔で姉を見つめていた。

女の趣味悪すぎだろう、彼はドMなのだろうか。

帝国は、常に5人の皇子で皇帝を争っている。
帝国唯一の公爵家である公女との結婚は、皇子を皇帝にするのに十分な後ろ盾だ。

帝国で皇族の血が濃いと言われる紫色の瞳を持っているのはラキアス皇子とスコット皇子だ。
別にスコット皇子はブサイクではないが、ラキアス皇子は見た目だけは恐ろしく良い。
美しいものに囲まれて過ごしたい姉の気持ちを満たすにちょうどよいのだろう。

「私と結婚するのは帝国一の美男子でなければいけないの。醜い豚のような子供が生まれたらお父様はどう責任をおとりになるの?」

相変わらず、キレ散らかしている姉に呆れた。
彼女は紫の瞳を持った公女として誰よりも大切にされてきた。

私は赤い瞳を持って生まれたがために、いつだって虐げられてきた。

努力して能力を示したことと、公爵家に他に子が生まれなかったことで私は女でありながら後継者として育てられた。

姉は生まれながらに自分は美しく紫色の瞳を持っていて誰より価値があると自負している。
それゆえ何一つ努力せず、朝から晩まで取り巻きとおしゃべりをしている。

そんな愚かな姉のおかげで、私は帝国初めての公爵になれるかもしれないという自分の生き甲斐をみつけることができた。

相変わらず愚かでキレ散らかす姉を見ていると、逆に紫色の瞳を持って生まれて姉のような勘違い女にならなくて済んだことに感謝したい。

「私、結婚したら、すぐ子供を産むわ。その子供の教育係をお父様に頼めるかしら? できるだけ早くその子を皇帝にしたいのよ」

姉はラキアス皇子殿下との結婚も許可を得ていないのに、その先の自分の計画を話している。

相変わらず自分勝手な女だ。
世界が自分の思い通りになると勘違いしている。

「私は公爵としての仕事があるから難しい、優秀な教育係を手配する」

父の言葉にその通りだと思った。

なぜ、宰相で公爵である父が教育係などするのだ。
宰相や公爵の仕事がどれだけ激務かも、自分のことしか考えない姉の頭では理解できないのだろう。

それにしても結婚を許可されていないのに、もうラキアス皇子と結婚は既定路線になった会話に変化されている。

姉は愚かに見えて、人を自分の思い通りに動かす誘導が抜群にうまい。

「お父様が、彼は皇帝にふさわしくないって言ったんでしょ。だから、とっとと息子に譲位して私たちは楽しい隠居生活を送りたいの」

姉がまたとんでもない計画を話してきた。
確かに、ラキアス皇子は見た目以外他の皇子より優れたところが見つからない。

「皇帝になるのに年齢に規則はないが、成人してから皇位につくのが暗黙の了解だ。」

父が姉に言った言葉に、思わず深く頷いた。
ラキアス皇子殿下も自分が皇帝になる前から姉との隠居生活を考えているのだろうか。

そんな志のない人間が皇帝になったら、ますます我が公爵家の力が強まる。

私はここまできて、姉の意図に気づき始めた。
彼女はラキアス皇子を皇帝にしても、公爵家の力は強まるということを暗に父にアピールしている。

愚かなように見せて、彼女は賢い。
だから、私はいつも彼女に人生を振り回されてきたのだ。

「軍に関することは成人してからしか裁可できないし、周りが未成年の皇帝を認めない」
父が姉の計画がうまくいかないことを強調している。

相変わらず、愛おしそうに彼女を見つめるラキアス皇子に吐き気がする。

紫色の瞳と美しい見た目だけを持っただけで、自分は誰より価値があると思ってそうなところが姉そっくりだ。

「赤ちゃんの頃から、子供は親の仕事をするものと洗脳するのよ。12歳には皇帝になれるように幼い頃から彼に皇帝の仕事をやらせるの」

姉が得意げに自分の計画を話す。
私は姉の言葉に身震いがした。

彼女はまだ母になった経験がないとはいえ、子供への愛情もないのだろうか。

自分の子供を洗脳するように父親を嗾すなんて、ここまで狂った女だったとは思わなかった。

「そんな、成人にもなっていない皇帝など認められるはずがない」
父が声を荒げた。

帝国法では皇帝になる年齢は明記されていない。
しかし、少年皇帝など誕生したことはない。

12歳だなんて子供すぎる。
爵位を継ぐための後継者アカデミーの入学年齢でさえ12歳だ。

そんな子供が皇帝になったところで貴族たちが従うはずがない。

「その為のお父様でしょ。誰も文句の言えないような皇帝に育ててしまえば良いのよ」

姉がドレスでもおねだりするような感じで父に甘えた声で言う。

確かに通例のように優秀な下位貴族を教育係にするのではなく、公爵である父自らが教育係をした皇子となると周りの見方は違ってくるかもしれない。

今現在でさえ、我が公爵家は皇家と対等に近い力を持っている。

やはり姉は怖い女だ、何も見えてないワガママ娘は演技なのかと思う時がある。

「ミリアはアーデン侯爵と結婚させて、娘を産ませましょう。それで、私の息子のサポートをさせるの」
一瞬、姉の言葉に私の時が止まった。
手が怒りと恐れで震えだす。

私は公爵になるために必死に勉強をしてきた。
4年付き合っている恋人だっている。

帝国最初の女公爵になることが私の目標で、恋人のサイラスとは身分差があれど添い遂げたいと思っている。

こんな姉の思いつきのようなワガママで全てを奪われたくはない。

「ミリアはカルマン公爵家の跡継ぎだ。嫁がせることは考えていない」

父がはっきりと言った言葉に震えが止まった。
また、父が姉の思い通りになるよう私を動かすのではと恐怖していたからだ。

「最近はお茶をしても、みんなアーデン侯爵の話ばかりなのよ。彼ってカッコ良くて、お金持ちなの。お金持ちってことは仕事ができるのよ。アーデン侯爵の子なら美形な上に賢くて、私の子を支えてくれるわ」

姉は私に美形で仕事ができる娘を産ませて、皇帝になる自分の子供をサポートさせるという企みのようだ。

アーデン侯爵と言えば金髪碧眼の王子様のようなルックスで、貴族令嬢はいつも彼の話をしていた。

いつも女性に囲まれてモテモテのように見えるが、恋人はいないのだろうか。
私より2歳年上の彼をアカデミーで見かけたことがあるが、いつも人に囲まれていて会話をしたことはなかった。

「待ってください。私は男性ばかりのアカデミーで3年も後継者教育を受けていました。足りないところがあれば努力します。どうかカルマン公爵として仕事をさせてください」

私は昔見かけたアーデン侯爵を思い出していたが、今やるべきことに気がつき公爵として仕事をさせてくれるように主張した。

私がどれほど公爵になるために努力してきたことか、その努力が今水の泡になろうとしているのだ。

「ミリア、いい加減大人になってよ。私は帝国の未来の話をしているの、個人の努力なんてどうでもいいことよ」

姉の容赦ない言葉に涙が出そうになった。
帝国貴族は人前で涙を見せてはいけないので必死に耐える。

努力などしたことない姉が、私を賢ぶって説教してくるので憎しみが湧いた。
私が公爵になるために捧げた時間を、価値がないもののように言う彼女が許せない。

「でも、ミリアがいなくなったら誰が公爵位を継ぐというのだ」
父はもう姉の言う通りにすることを決めはじめているようだった。

この家も、帝国もおかしい。
私だって姉と同じ公爵家の人間で皇族の縁戚だ。

皇族の血が流れているのに紫色の瞳をしていないだけで、その血筋の価値は落とされている。
紫色の瞳をしたものの言うことには逆らうなという理不尽さに押しつぶされそうだ。

「お父様のお気に入りのスコット皇子殿下を養子にして、爵位を継がせれば良いじゃない」
姉の言葉に怒りが湧いた。

スコット皇子など、嫌味を言うしか脳のない皇子だ。
皇子のくせに、権力のある公爵に取り入るプライドのない男だ。

「彼は公爵になる器ではない」
父のきっぱりとした言葉にホッとした。

その通り、カルマン公爵になるためには秘密裏にやらなければならない仕事もある。
バカが継いだら、あっという間にその権力は失墜しかねない。

「あらあら、本音が出てるわよ、お父様。公爵になれない男を皇帝に推していたの?御し易いから彼を皇帝に推して皇権への影響力を持ちたかっただけでしょう」
姉はやはり恐ろしい女だ。

ラキアス皇子という皇室の人間がいる前で、父の皇権への野心を明らかにする。

ここでしっかりとスコット皇子を皇帝に推すという父の計画を潰しておこうとしているのだ。

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