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三年前

 俺はキリン。
便利屋をやっている。

具体的に何をやっているのかと言えば、買い物代行とか掃除代行とかそんな感じのことが主だ。

俺の店は小さい。
あまり大変な仕事は請け負えない。
請け負わないようにしている。

しかし
「ねぇキリンさん。私の復讐を手伝ってくれない?」
彼女にそう依頼された時、俺は承諾してしまった。

彼女は俺の店の常連。
いつもペットの散歩代行をお願いされていた。

そいつはあまり人に懐かず、飼い主である彼女にもよく吠える気性の荒い犬だった。
しかも、犬と言っても魔法生物だ。

その犬は警戒すると、体に電流が走る。
ビリビリッと。
リードを握る俺の体にも電流が走る。
ビリビリッと。

しかし散歩は大変だったが、苦ではなかった。
俺は彼女のことが好きだったのだ。

「今日も、お願いしていい?」
彼女が困ったような笑みを浮かべながら散歩代行を依頼してくるのが、日々の小さな楽しみだった。

そんな彼女が、俺に依頼してきた。
復讐を手伝うという内容の。

最初はもちろん戸惑った。
「カルミアさん。急にどうしたの? 復讐……ってどういうこと?」
当然の疑問をぶつけると、カルミアは儚げな笑顔を浮かべ
「……説明するわね」
と言って、事情を話してくれた。

「私、実は元々貴族の家系に生まれたの」
いきなりカルミアは衝撃の事実を明かした。

「貴族……?」
「そう。それもかなり位の高い」
正直に言うなら、初めは冗談か何かだと思った。

庶民的な恰好をしているのしか見たことがなかったし、彼女からそんな雰囲気が感じ取れなかったからだ。

しかし、思い返してみればカルミアの所作はどこか洗練されていて、美しかった。
それにカルミアの表情は真剣そのものだ。

「信じられないかもしれないけど、そこは信じてもらうしかないのよね。証拠を見せることなんてできないし」

「と、とりあえずカルミアさんの言ってることを信じるよ。それで、復讐っていうのは?」
カルミアは安堵したのか、穏やかに頬を緩めた。

「信じてくれて嬉しいわ。それでね……私には、妹がいたの」
「いた……」
今はいないということだろうか。

「そして婚約者もいた」
少しドキッとした。
カルミアの言葉から微かに怒りが感じ取れたからだ。

「まぁよくある話……なのかは分からないけど、私の婚約者は妹に奪われたの。私は妹の策略に嵌められて、濡れ衣を着せられ、一族を追放された」
驚くと同時に、親近感が湧いた。
俺も似たような過去を持っている。

カルミアは声を震わせながら言った。
「私は、妹に復讐したい。協力してくれないかな、キリンさん」
「……なんで俺にこんなことを?」
カルミアは笑った。

「だって、便利屋さんじゃない」
「いつもの散歩代行とは訳が違うよ」
彼女の笑顔は少し曇った。

「頼れる人が、いないのよ。私には味方なんていない。それに……キリンさんって子犬みたいな可愛げがあるじゃない? 元気で、とてもいい笑顔をする。うちの子みたい」
カルミアは冗談めかしてそう言った。

あのビリビリ犬と一緒にされるのは不服だったが、なんだかカルミアに言われるのは嫌じゃなかった。

「でも……」
俺は渋った。
やっぱり復讐だなんて、ただの便利屋が手に負える範疇を超えている。

「キリンさんには、私が妹と対面する機会を作るのを手伝ってほしいだけなの」
「会って、それでどうするの?」

恐る恐る訊ねると、カルミアは少し間を置いて
「話がしたいわ」
と答えた。

「話をして、それで?」
「……話がしたいだけよ」
嘘だ。
それだけで済むはずがない。

「本当に話すだけ?」
「そうよ」
「本当に本当だね?」
「ええ」
「……それなら、俺にも協力できることがあるかもしれない」

俺はカルミアの言ってることが嘘だと分かっていたが、騙されているふりをすることにした。
きっと会えばカルミアは妹を害するだろう。

引っ叩くのか、殴りつけるのか、それとも……殺すのか。
それは分からない。

しかしそれは俺がその場に立ち会ってさえいれば止められることだ。

……そう、当時の俺は安易に考えていた。
カルミアを甘く見ていたのだ。
彼女の計画の全容を知ることもなく、協力した。

彼女の腹の底を知っていれば、あんなことにはならなかった。
知っていればあんなこと、させなかったのに……。

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