294 夜、サライにて①
ムハド商隊はサライに到着した。
夜。上空には、無数の星が瞬いている。
――フォア~。
中庭で座り込んでいるラクダ達の、リラックスした鳴き声が響いた。
ラクダの数は60頭ほど。中庭の半分以上を、ムハド商隊のラクダ達が占めている。
ムハド商隊のキャラバン達も、それぞれ、サライ内で、思い思い過ごしていた。
「ふぃ~」
ラクトは風呂からあがると、自分達の宿泊スペースを出た。
火照った身体を冷ましつつ、たいまつが均等に灯っている回廊内を歩く。
「どうもです」
向こうから、サライの管理人の下ではたらく従僕の若い男が歩いてきて、すれ違いざまにラクトに一礼した。
「……んっ?」
アクス王国でも、また、湖の村での交易でも、何度かこのサライは利用していて、サライの管理側の者達とは、そこそこの顔見知りだった。
だが、いま、すれ違った従僕は、これまでに見たことのない者だった。
……そういえば、前にいた従僕、いねえな。
「新入り?」
ラクトは振り向いて、すれ違った従僕に言った。
「あっ、はい、そうですね。なにか、ございましたか?」
「あぁ、いや、前にいたヤツと違うなと思ってな。そんだけだ」
「そうですか。前にいた従僕は、どうやら別のサライに赴任したようですね」
「なるほど」
なにかご用がありましたら、何なりとおっしゃってくださいと言い残し、従僕は去っていった。
ラクトは回廊から、中庭のほうへと出た。
中庭にもたいまつがかけられ、星空の明るさとおも合間って、そこそこに明るい。
ラクダ達とともに、複数のキャラバン達もくつろいでいた、酒樽を持って酌み交わす者もいれば、楽しそうに談笑している者達もいた。
「んっ?」
中庭に、サーシャの姿があった。
サーシャの両隣にはたいまつがかけられ、何やら作業をしているようで、近くには召し使いとニナもいた。
「お~う、なにしてんだ?」
「あら、ラクトさん。お風呂上がり?」
ミトやマナトに絡みにいくような感じで、ラクトは3人に声をかけると、召し使いが返事した。
「!?」
サーシャは驚いて、振り返った。
「……お風呂、入ってたの?」
「ああ、そうだけど、おっ?」
ラクトはサーシャの目の前にある、木の板を組み合わせた台に立て掛けてある石板に目を向けた。
「なんだ、絵描いてたのか」
そこには、たいまつの炎に照らされているくつろぎながら、ラクダ達の座り込んだ姿と、中庭の風景が描かれていた。
「へぇ~」
サーシャの絵を見たラクトは、関心して言った。
「ラクダじゃん。上手いねぇ」
「……この旅を通して、いろんな風景とか、人、ものを見て、それで、とても描きたい気持ちが、いま、強くて」
「へぇ~。あっ、あれか、創作意欲って、ヤツか」
「……」
サーシャはどこかもじもじした様子で、なにか言いたそうにしている。
「フフッ、分かりやすいな、アンタ。どした?」
「……一緒に、お風呂、入ってたの?」
「えっ?お風呂?」
「……その、マナトと」
「ああ、それか。一緒に入ってたぜ」