第十五話 口説き文句は容量用法を守って
ヒューノバー・マルチネスという男は、生まれは首都ウィルムル。三人兄弟の真ん中で兄弟喧嘩の仲裁役。幼い頃に受けたスフィアダイブの適正検査で適性が分かったのち、専門機関によって才能を伸ばす訓練を行う。
進学も専門的なことを学ぶためにそちらを選び、養成学校時代に警務局の心理潜航捜査班からのスカウト。喚びビトの番という名誉職を賜る。
喚びビトは可愛らしい女性だった。最初は泣いてこそいれど、自分にはっきりと物申した。というかキレたあの顔は一生忘れないだろう。まだ不安定ながらも仕事に従事する姿は凛としていて、頼もしさも芽生え始めていた。
ああ、愛しい番だと。絶対に自分が支えて幸せにする。
と、つらつらとヒューノバーが熱にでも浮かされているように、食事の席で、目の前で私を褒め称える。正直歯が浮く。視線とか明後日の方向に向かっている。
「ミツミさんは泣き虫なところも魅力的です。けれど心の中では一本筋が通っているといいますか。自分に物怖じしないところも魅力です」
「……よおけ、んな小っ恥ずかしいこと言えんなァ……」
タルタルソースの乗った魚のフライを食べながら話半分に聞いていた。食事に集中したかったがヒューノバーを無碍にする訳にもいかず、雑な相槌を打ちながら話を聞いてやる。
そういう惚気は本人じゃあなく、周りの人間に言うべきなのではなかろうか。と思いつつ、私を遠巻きに見る職員の多いこの食堂で話しかけてくる獣人は多くはない。というかこれ惚気じゃなくて口説かれてんのか?
パスタ冷めるぞ。とヒューノバーに言うが、そんなものは目に入らないとでも言うように、まるで初めて恋でもした少女のようにヒューノバーは語り続ける。誰か助けてくれないかなあ〜。と周りをこっそり見渡していると、遠目に猫獣人のミスティの姿を発見した。
ミスティがこちらに目線を向けたのを確認し、テーブルの下で手招きをする。どうか気づいてほしい。一心にそれを願う。
願いが叶ったのかミスティがこちらへと向かってきた。よっしゃ! と机の下はガッツポーズである。
「ミツミ、どうかした?」
「こいつどうにかして欲しいんですよ」
「ああ、ミスティこんにちは」
「ヒューノバーがどうかした?」
「話聞いてやってください。私疲れてきました」
そう言うの本人の前で言うのやめなさいよ。とのミスティの言葉だったが、私の隣に座って昼食を摂りだしたミスティは、歯の浮くような惚気に私に先程の言葉は取り消す。と告げてきた。
「ヒューノバー、昼食時いつもこんな感じなの?」
「波はありますが大体は」
「……苦労してるわねえ」
哀れみの目を向けられてしまった。ヒューノバー自身は何も分かっていないのか疑問符を飛ばしていた。邪気のない緩い笑顔で。
素で根明の人間を相手にした経験値が無い私には何を言うべきかお手上げ状態である。同期であったミスティならばどうにか出来まいかと呼んだが、あまり期待は出来ないな。
「期待出来ないって呼んどいてそれは無いんじゃあないの。ツガイちゃん」
「それそれ、ソユトコー! 小馬鹿にしまくりだし面白がってこの状況悪化させそうですもん」
「じゃあ呼ぶな!」
「喧嘩しないでくださいよ。ミツミさん、ミスティ」
「誰のせいだと思ってるのよあなた」
「私はとりあえず惚気口説き地獄にミスティさんを巻き込みたい一心で……」
「お似合いだわあなたたち」
飯が不味くなるわ。と言いつつもミスティは食事を再開した。今日はハンバーグらしい。私も今度頼もう。
「いいこと教えてあげるわヒューノバー」
「なんですか?」
「そうやって口説くよりも行動に移した方が女はころっといくわよ」
「うわ! やっぱ余計なことしか言わないじゃないですか!」
「このツガイちゃんはねえ、寂しがり屋のうさぎちゃんなのよ」
「いや、サメレベルで食い気はあります。ついでに触れたものはサメ肌で傷つけときます」
「可愛くないわねえ! ミツミ! もっと素直になりなさいよ」
「根暗に素直になるなんて手札はないので」
魚のフライを頬張りながらミスティを見ると引き気味の目でこちらを見てきた。
「歴代の喚びビトも結構癖強いヒトも居たそうだけれど、あなた毎日これ聞いても落ちないのすごいわね」
「そうですか? 落ちる要素ありますか? ヒューノバーの口説きだか惚気で」
「こいつ一応虎なのよ? 前も言ったけれどモテるのよ。あなたを羨む女だっている訳」
「ほーん」
「ちょっとくらい食べるのやめなさいよ」
「そういうマイペースなところもいいんですよね」
「狂ってる……この二人……」
胃に穴を開けそうな苦悩する表情のミスティを見ながら食べすすめていると、私をおかずに食べないでよ。と肩パンされる。
「私一応グリエル総督からたまに様子聞いて進捗教えなきゃいけないのよ。牛歩でも構わないとは前にも言ったけれども、あんまりにも牛歩すぎるわ」
「別に仲違いしている訳でもないですし、いいんじゃあないですか?」
「く……まあいいわ。予告しておく。近々グリエル総督から呼び出しがあるわ。その時までにはもうちょっとこの間抜け虎に歩み寄っておきなさい!」
食事をかきこみ席を立ったミスティは、覚えておくのよ! と捨て台詞を言い残し去って行った。私の感想は食うの早いな。だった。
その後また口説き文句が始まり、食休み中なのに胃もたれが悪化してゆく。多少なりの口説きは照れが生まれるが、多量に摂取すると毒になるのだと身に染みて理解したのだった。