第60話 常在戦場の女とその手口
「かなめさん。拳銃はちゃんとお客さんに見えないようにしてね」
春子はカウンターから出て、かなめの隣に立った。
「アタシ等は『武装警察』なんだ。銃ぐらい持ってて当たり前だし、許可は取ってあるぜ。ビビる腰抜けは勝手にビビらしとけ。それに減った売り上げも、今日はこれを一本空けるからちゃら。しかもアタシのキープしてあるボトルはちっこい姐御のツケでなく現金で払うわけ。それなら文句ないんじゃないですか?春子さん」
そう言って、焼き鳥屋に何故か置いてあるラムの高級銘柄として知られる『レモンハート』の注がれたグラスを傾けて一人ニヤリと笑った。
困惑する誠にアメリアが耳を貸すように合図した。
「かなめちゃんはね、ここを二十世紀末のヨハネスブルグやモガディシュと思い込みたいのよ。確かに、うちは法的に銃を持ち歩いてもいいことになってるけど、日常的に持ち歩いてるのはこの娘だけ……」
そんなとんでもないかなめの思考回路を『浪花節』と白抜きされたピンクのTシャツを着たアメリアに言われて誠はただおびえる視線で武装しているかなめに目を向けた。
「全部聞こえてんぜ、アメリア。アタシは常在戦場が身上なの。安心しな。最近はやりの反同盟主義とか、新なんたら主義とかのセクト共は見つけ次第射殺する。その為に銃を持ち歩いてるんだ……」
そう言ってかなめはホルスターの中の銃を見せつけるように右手で軽く叩く。
「うちはいわゆる『殺人許可書』の出る部隊だから。射殺した後で、それが合理的であれば、職務を執行したという事でボーナスが出る。まあ、今のところそんなことを信じて日常的に銃を持ち歩いているのはこいつだけだが」
そう言ってカウラはお通しの青菜の味噌和えを噛みしめていた。
「『殺人許可書』……のある部隊なんですか?やっぱりうちは『特殊な部隊』なんですね」
誠は恐怖に震えながら三人の美女を見渡す。その時は三人に悪い笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。今のところはうちでトラブルなんてないもの。部隊が駐屯する前の三年前まではこの通りは夜は危ないことで知られてたけど、かなめさんが時々武装して現れるおかげで、もめ事とかなくなったし」
春子はあっけらかんとそう言った。誠は助けを求めるべき女将がこの非日常をあっさりと受け入れている事実を知り退路を断たれた気分で店内を見渡した。
さすがに粘っていた最後の客もレジで精算を済ませていた。つまり、店内には四人の他にレジを操作していた中学生の制服を着た小夏と串焼きを焼いている老人だけになった。
そして、アメリアがごそごそ手にしていた小さなバッグから何かを取り出そうとしている。
「アメリアさん……銃ですか?」
誠はもうすでに人間不信になっていた。しかし、アメリアは静かに通話が可能なタブレット端末を取り出す。
「ちょっと連絡するからね」
そう言って携帯端末の画面を押すアメリア。誠はそれが何かの起爆スイッチに違いないと、逃げる用意だけしながらアメリアを見つめた。
「占拠完了……オーバー」
それだけ言うとまた微笑みながらアメリアはタブレットをバッグに戻す。
「あなた達。普通に予約するってことできないの!」
小夏が叫んだ。誠はここでこの三人が日常的にこの行動を繰り返していることに気づいた。
「要するにお遊びなんですね……僕はおもちゃにされてるんですね……」
誠は自分がいいおもちゃにされているに違いないという事実に気づいた。
「見事にガラガラ……」
「アタシ達もいつもの!」
引き戸を開けて次々と男女の若者が流れ込んでくる。先程の会話から推測すると全員が『特殊な部隊』の隊員であることはこんなことが初めての誠でもわかる。
「つまりこれが、うち流の新入隊員歓迎会。びっくりしたでしょ?そう言えば、島田君とひよこちゃんは?」
アメリアは再びハメられて唖然としている誠の顔をつまみにビールをあおった。
「ああ、班長ならバイクのエンジンの吹きあがりが気に食わないから今日はキャンセルだそうです。それと神前曹長は定例の詩の発表会があるとかで……」
「ちっちゃい姐御の金でタダで酒が飲めるのにもったいないねえ……俺達も焼き鳥盛り合わせ!」
「生中も!」
あっという間に狭い店内は一杯になり、男女の隊員の叫び声が店内に響いた。
「はいはーい!」
さっきまでのふくれっ面はどこへやら、小夏が店内を元気に走り回った。