001 白豚と気づいてしまった結婚式
「ああ、ミレイヌ……。うん、ずいぶん見ない間になんていうか……その……成長したね」
「んんん? 成長? え、ランド様それはどういう意味でしょうか?」
重厚なる純白のドレス。
そのシルクの裾には、金の糸で花の刺繍がこれでもかと施されていた。
そしてその裾は床に、どこまでも長く伸びている。
そんな勢を尽くしきったドレスに身を包んだ私のベールを、婚約者であるランドが上げた。
しかしその表情がほんの一瞬困ったような顔になったのを私は見逃さなかった。
その表情に、敵意や嫌悪感があるわけではない。
ただ純粋な困惑といったようにランドの眉が少し下がり、どうしようかと考えているようだった。
なんでそんな顔をなさるの?
ベールを上げた瞬間って、一生に一度、一番きれいな瞬間の私に見惚れて幸せそうな顔をするものじゃないのかしら。
少なくとも、私の先ほどまでの幸せしかなかった胸の中がざわりと揺れる。
「ランド様?」
「えっと……うん」
ランドの困ったような表情に、挙式に参加した者たちがざわめき出す。
しかしそれも一瞬のこと。
結婚式は止まることなく、進んで行った。
私とランドは幼馴染であり、私の初恋の人だ。
幼い頃、私の両親の半ばごり押しでこの婚約は決まった。
やや歳の差はあるものの、ずっと仲良くしてきた方だとは思う。
そう七年前までは。
七年前、隣国が突如として侵略戦争をけしかけ、彼も前線に行くことに。
そこからずっとやり取りは手紙だけ。
それでもその戦いに勝利し、今日という日を迎えた。
本当だったら顔合わせとか、交流とかいろんなことの後に結婚式の予定だったのだけど……。
この国のお祝いを兼ね国民に幸せを届けるためにと、国王陛下からの提案で帰国パレードの後そのまま弾丸挙式になってしまったのよね。
だから教会の中は貴族や国王陛下夫妻などの豪華メンバーがびっしりといて、尚且つ外にはたくさんの市民が祝福してくれている。
式の順番は昨日レクチャーがあって、誓いの指輪を交わした後、ベールを取って誓いのキス。
そのあと、私を式場からお姫様抱っこして馬車に乗り込み凱旋パレードだったはず。
そして今止まってるのは、誓いのキスのところだ。
大きくなったって、それはどういう意味かしら。
確かに私も七年前よりはほんのすこーし背も伸びたかもしれないけど、ランドの方が背も高ければ、昔とは違って筋肉もたくさんついた気がする。
七年前のランドはひょろりと背の高く、色白の王子様って感じだったのに。
今はムキムキマッチョまではいかないけど、本当にたくましくなっていると思う。
あの頃はあの頃で好きだったけど、今の方が全然いいわ。
肌がほんのり小麦色なのも、私好みだし。
それでもなおブルーグレイの髪にきりりとした眉毛、二重の大きな青い瞳は変わらず、にこやかに微笑むと私の顔もニヤケてしまうぐらいにカッコいい。
ああ、本当に素敵よね。
こんなにカッコイイ人と結婚できるなんて、幸せ過ぎるでしょう。
それに声。ランドの声は私にとって癒しってくらい好きなの。
でもそんなランドが困惑して止まるって、どういうことかしら。
その青い瞳には、しっかり私が映っている。
特に嫌そうな感じもしないのに、どういうことなの?
何が起こってるの?
「あ、あのランド様?」
「……みたいで可愛いよ、ミレイヌ」
んんん?
今、何みたいって言ったのかしら。
あまりのカッコよさに見とれてしまっていて、全然聞き取れなかったし。
しかしそんな私を気にすることなくランドはそのまま口づけをした。
そして私の指輪がはまった左手をとり、高く掲げるとなぜか歩き出した。
そんな私たちの姿に、参列者たちはクスクスと笑っていた。
何がそんなにおかしいのか私にはまったく分からない。
でも煌びやかな扇子の下に隠されたその貴族令嬢たちの笑みは、明らかに敵視してるというか……見下しているようだった。
何がいけなかったのかしら。
今日の化粧だってみんなバッチリって言ってくれたのに。
もしかして、バッチリしすぎで濃かったとか?
それに予定とは違い、お姫様抱っこされぬまま私たちは参列者たちの間を抜けていく。
そして外に出た途端降り注ぐ日差しに顔を背けると、落とした視線に祝福の花かごを持った小さな男の子が見えた。
「わぁ、見て見てお母さん。おっきい花嫁さんだよ~」
「こ、こら。ダメよ」
おっきいお嫁さん……。
にこやかな子どもの笑みと、純粋な言葉。
そしてバツの悪そうにそれを止める母親。
その全ての意味を理解したとき、やっとランドの行動の意味が分かった。
先ほど言われた、成長したねという言葉の意味。
それは成長したとかじゃなくて、純粋に……いえ、物理的にデッカくなったという。
そう。やっと理解した。
純白の衣装に身を包んだ、大きな令嬢ってさぁ。
もしかして、もしかして!?
「あれ、私……もしかして、白豚令嬢なんじゃあないの……」
「え、あ、いや。んー。ミレイヌは十分可愛いよ?」
そう言ったランドの顔を、私は忘れることはなかった。