トガリ、大いに悩む
旅の疲れが一気に押し寄せたのか、僕以外みんな泥のように眠ってしまった。
しかし……アラハスに帰るのもイヤだったけど、予想もしなかった帰者の儀まで行うのは正直なところ誤算だった。リオネングは一刻を争う事態だっていうのに。
これは仕事だ。僕を試すなんて二の次だろうに……長老、いや母さんと父さんもいったい何を考えているんだか。
さて、こんな時にイラついていても仕方ない。僕は僕で、みんなに解らせるための料理を考えなくてはならないのだから。
まずは普通にアラハスの料理……最初に砂漠エビのスパイス炒めとかいいかもな。なんて思ったけど、相手は僕の親だ。アラハス料理にアラハスで挑むだなんて愚かすぎるし。
かといっていつも僕が作っているリオネングの料理……うーん。なんかオーソドックスすぎて逆に同胞の舌を唸らせられる事ができるか、それも不安。
石で出来たテーブルの上に、僕はひたすら爪でレシピを刻んでいた。もう十数種類の候補ができているけど、どれも太刀打ちできるかと思い返すと、とにかく不安しかない。
「兄ちゃん、おきてる?」
ふと、僕の隣で小さな声が聞こえた。そこにいたのはエルヴェルとリブレブ。そう、弟と妹だ。
「どうしたんだい、みんな寝る時間だろ?」
「ううん、みんな怖いからこっち来たの」弟のエルヴェルがおびえた顔をして僕にそう告げた。
「怖い……? どうしてだい?」
「なんかね、兄ちゃんが来る前から、紅砂地の村のみんなが何かに憑かれたみたいになっちゃって……」同様に妹のリブレブもだ。憑かれたって一体どういうことなんだろ。
「本当なら兄ちゃんがリオネングの大臣になった式典までやる気でいたんだぜ。会場の飾り付けから何から村のみんな総出でやったし、父ちゃんなんてぶつぶつ文句いいながらカッコいい金のブローチまで作ってたし。けど……ジャジャ様が突然全てを中止して帰者の儀を行なうだなんて宣言し始めてから、みーんな人が変わったみたいにいつもの仕事に戻っちゃったんだ」
ジャジャ様とは長老の愛称だ。サパルジェのジャジャがいわゆる長老の正式な呼び名なんだけどね。
しかし……僕の歓迎式典まで打ち切るとは、なんかおかしくないかな?
それになんで二人はここに来れたんだろう。
「リブレブと俺は昼寝してたんだ。その時ジャジャ様がなんかみんなに言ってたんだけど……また眠くなっちゃって」
ますます分からなくなってきた。つまりは長老が何かを仕組んだ……? いや、そんなことは。
けど、二人の話を聞くに何かウラがある気がする。
「でね、母ちゃんがなに作ってるかっていうのを兄ちゃんに教えようと思って来たの」
「厨房こっそり見てきたんだぜ。兄ちゃんも母ちゃんの料理の中身知りたいだろ?」
「ありがとう、けどそれはいけないことだから、僕は聞きたくないな」
うん、本当はちょっぴりうれしかったんだけどね。相手のことが分かれば何かしらの対抗策が思いつくのだし。
けど……それを知ってしまったら、僕は卑怯者になってしまう。お互いなにも知らないからこその戦いなんだから、僕だけが優位に立つだなんてことはしたくないし。
それに、紅砂地のみんなが取り憑かれたっていうのも気になるし。
あまりこういう事はやりたくないけど……と、そんな時だった。
料理のアイデアが浮かんだんだ。突然、まるで稲光りのように頭の中にフッと。
こうしちゃいられない……旅の疲れが残っているのは分かるけど、今は戦ってる最中なんだ。それも儀式という名の戦い。
「ジール、アスティ起きて。話があるんだ」
僕は来客用のベッドで寝ている二人を大急ぎで起こした。
料理の手伝い? いや違う、二人には別のお願いがあるんだ。
まずはイーグとパチャ。それにフィンとラッシュで厨房を手伝ってもらうことにした。そしてジールとアスティにはもっと重要なことをね。
さて……戦闘開始だ。