第二十九話 「秘湯」
「あァ〜。ウンケイ、その“温泉”には、まだ着かねェのかァ?」
しゃらくが木の棒を杖にして、気だるそうに歩いている。その前には、
「“温泉”じゃねぇ。“
「えェ〜!? 山を二つも!? 死んじまうぜ!」
「話聞いてなかったのか? まあ期待はしてねぇが。のんびりしてるとまた日が暮れるぜ。シャキッと歩きやがれ」
しゃらくは、がっくりと首を下げる。
「・・・ん?」
すると、しゃらくがクンクンと鼻を動かす。
「“温泉”だ!」
「だから、“温泉”じゃねぇって言ってんだろ」
ウンケイが前を向いたまま呆れている。
「
しゃらくがキョロキョロと辺りを見渡す。
「あ? さっきから何言ってんだ」
ウンケイとブンブクが後ろを振り返る。しゃらくは目を瞑って、鼻をクンクンと動かしながら、その場をウロウロし出す。
「あっちだ! あっちから温泉の匂いがする!」
そう言うと、しゃらくが脇道へ
「おいどこ行くんだ! 待て!」
ウンケイの制止も効かず、しゃらくは
*
山中のある
「“酒呑童子”様ぁ! 山に
男の一人が口を開く。すると、奥の暗闇で何か大きなものが
「・・・何ぃ? どいつもこいつもぉ、俺様の山に勝手に入ってきやがって」
ガランゴロン! すると、奥の暗闇から大きな
「ちょっと
避けた男達が暗闇に向かって叫ぶ。地面に転がる酒瓢箪は、男達と大差無い程に大きい。するとその暗闇から、地を這うような笑い声が響いてくる。
「ハハハハハ。さっさと鼠を駆除して来い」
暗闇から大きな目玉が一つ、ギロリと光る。
「へぇ」
男達がニヤリと笑う
*
一方しゃらく一行は、山中の木々が鬱蒼と
「おい! 本当にこんな山奥に温泉なんてあんのかよ! 第一、俺達は温泉にゆっくり
「いいからいいからァ! おれを信じろよォ! わははは!」
しゃらくが、笑いながらどんどんと進んで行く。ウンケイとブンブクは、そんなしゃらくに嫌々付いていく。
「あ! もうすぐだぜ!」
しゃらくが突然走り出す。
「おい待て!」
ウンケイとブンブクもそれに付いていく。すると、ウンケイの鼻でも分かる程、温泉の
「何? 本当にこんな所に温泉があるってのかよ」
「うおォォ!!」
先頭のしゃらくが叫ぶ。続いてウンケイ達が草木を掻き分けると、そこは木々が開け、巨大な
「おぉ! 本当に温泉だぜ!」
三人が温泉の近くまで行くと、それがとても巨大であることが分かる。
「でけェなァ! これじゃア足着かねェじゃねェか!」
しゃらくが岩場に乗り、温泉を覗く。
「たしかに。一番深い所は、俺でギリギリ足が着くかどうかってとこだな」
ウンケイが温泉に手を入れ、
「まァ何でもいいや! 入ろうぜ!」
しゃらくが宙高く跳び、空中で着物を脱ぎ捨て、そのままバッシャァァァン!! と温泉に飛び込む。すると、ブンブクも続いて飛び込もうとするのを、ウンケイが止める。
「待て。これが有毒なもんじゃねぇかどうか、あいつで確認してからにしろ」
そう言って二人が黙って見ている先で、泡がブクブクと出始める。ザバァァ!! しゃらくが顔を出す。
「ぶはァァ!! ん? どうした? 入んねェのか?」
しゃらくが、手足で水を掻きながら顔を出して見ている。
「・・・大丈夫そうだな」
ウンケイとブンブクが、顔を見合わせ
「おれで試すな!」
「いい湯だなァ〜」
三人は、温泉の端の浅瀬に浸かっている。
「しかし、この温泉は自然にできたもんじゃねぇと思うが、一体誰がこんなでかいもん作ったんだろうな。もしかしたら、これで丁度良い位でかい奴がいるのかもな」
ウンケイがニヤリと笑う。それを聞いたブンブクは縮み上がっている。
「わははは! そりゃアでけェなァ! もしかしてそいつが酒呑童子かもな」
しゃらくの言葉に、ブンブクが更に怯え、ブルブルと震えている。すると、三人が浸かっている水面に、黄色い物が浮いてくる。それはユラユラと揺らめきながら、徐々に広がっていく。
「お? 何だこれ?」
「?」
しゃらくとウンケイが、不思議そうに顔を近づける。しゃらくが鼻をクンクンと動かす。
「うおォォォ!! くせェェェ!! 汚ねェェェ!!」
しゃらくが飛び上がる。しゃらくの様子を見て、ウンケイも何か勘づいたのか温泉から慌てて飛び出す。一方のブンブクは、黄色い物がどんどんと広がっていく湯に黙って入っている。
「おいブンブク! 何してんだこらァ!」
「・・・最悪だ」
ブンブクに対し、激怒するしゃらくと、落ち込むウンケイ。ブンブクは、ギャーギャーと騒ぎ立てるのを気にも止めず、どんどんと温泉を侵食していく黄色い物の中心で、ニヤリと邪悪に笑っている。
*
「うぃ〜。
ドシーン! ドシーン! 先程しゃらく達が浸かっていた温泉に、大きな影が大きな足音を立ててやって来る。それはまるで山のように大きな男で、片手には大きな酒瓢箪を持ち、体は酒の影響か真っ赤で、頭からは蛇のように編み込まれた髪が伸び、虎模様の着物を上半身を脱いで着ている。大男の
「こういう時は、俺様の秘密の温泉でさっぱりするに限るぜぇ」
大男は温泉に着くと、着物を脱いで湯に入っていく。そして中心部で腰を下ろすと、ザバァァ!
「くせぇぇぇぇ!!!」
大男はその巨体で湯から飛び上がる。湯から出てよく見ると、綺麗な白濁だった湯は、全体的に黄色く
「・・・許さん。誰だ、俺様の温泉でこんな真似しやがったのはぁ! 殺してやるぁぁ!!!」
完