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第十二話 「ブンブク茶釜」

 ビルサ城地下武器庫にて、無数に敷き詰められた武器に貼られた「ウリム将軍献上品」の札を、しゃらくが破いて手に取る。
 「ウリム・・・。こいつが十二支(えと)将軍か」
 すると、しゃらくがその札をクシャクシャと丸めて放り投げる。
 「・・・こんなくだらねェもの作りやがって」
 戦の為に作られた武器を前にしゃらくの握った拳に力が入る。すると、奥の方からガチャッと音がする。音を聞いたしゃらくが振り返るが、音を出すようなものは何もない。しゃらくは鼻をクンクンと動かして匂いを探る。
 「・・・何かいんのか? 鉄臭くて気付かなかったぜ」
 しゃらくが立ち上がり、音のした方へ歩いて行く。しかしそこには何もおらず、ただ黒々とした武器の山が積み重ねられている。しゃらくは目を(つぶ)り、そこで再びクンクンと鼻を動かす。
 「ん? 獣臭ェな。でもネズミではねェ。そこそこ大きいはずだけどな。どこだ?」
 しゃらくが鼻を動かしながら、武器の山を調べ始める。すると無数の武器に紛れ、周囲と同じく黒々とした鉄の茶釜を見つける。しゃらくがそれを持ち上げる。
 「・・・これ、だよな?」
 再び匂いを嗅ぐも、どうやら獣の匂いは、この茶釜からしているようである。しかし、中に獣が入るような大きさでもなければ、どこからどう見てもただの茶釜である。
 「・・・もしかして」
 すると、しゃらくが何を思ったか、茶釜をこちょこちょと指でくすぐり始める。しかし茶釜には特に変化は起きない。それでもくすぐっていると、茶釜がビクッと動く。それを見て、しゃらくは更にこちょこちょと指を動かす。すると、ビクッ、ビクビクッと茶釜が動き出し、ついにはボロンと大きく太い茶色の尻尾が出てくる。
 「どわァァ!」
 しゃらくは驚き、思わず茶釜を空中に放り投げる。すると、茶釜がボンッと煙に(おお)われ、そこから子狸が出てくる。子狸は頭の上に一枚の葉を乗せており、目一杯に涙を浮かべている。
 「やっぱりそうか!」
 しゃらくが、落ちてくる子狸を受け止める。子狸は、しゃらくの腕の中で歯を()き出しながら暴れる。しかし臆病(おくびょう)なようで、ブルブルと震えながら涙を流している。
 「おいおい! ちょっと待て! 食ったりしねェよ!」
 しゃらくの声を聞き、子狸は動きを止めてしゃらくの顔をジッと見つめる。人間であるしゃらくの言葉が、理解出来ることに驚いたようである。
 「しかし驚いたぜ。化け狸なんて本当にいるんだな」
 しゃらくがニコリと笑いながら、子狸の頭を撫でる。子狸は目を丸くしている。しゃらくは子狸を下に降ろし,そのまましゃがみ込む。
 「お前こんなとこで何してんだ? ここに住んでんのか?」
 しゃらくの声を聞き、子狸がクゥクゥと鳴きながら、身振り手振りで何かを訴える。しゃらくは、子狸の声を黙って聞いている。
 「食いもんに化けてたら、この城に連れて来られた? わははは。バカだなお前ェ」
 子狸の話を聞き、しゃらくが大笑いする。子狸は話を聞いてもらえた事が嬉しかったようで、尻尾をブンブンと振っている。
 「そんで、この城で隠れて暮らしてたって訳か。じゃあお前、おれと来るか? この城から出してやるよ」
 しゃらくが誘うと、子狸はクゥクゥと鳴きながら尻尾を振る。
 「そうか! じゃあ一緒に行こうぜ。ここの大将の所にどうやって行くのか教えてくれ」
 子狸は、しゃらくについて来いと言わんばかりに前を歩き出すが、すぐに立ち止まって驚愕(きょうがく)し、子狸は慌てて抗議する。
 「城から出るだけ? そんなこと言ってねェだろ。お前はうんと言ったんだからな、早くつれてけ。男に二言(にごん)はねェぞ!」
 しゃらくが子狸の後ろ首を掴んで持ち上げ、唾を飛ばす。子狸も負けじとバタバタ暴れる。
 「いいから案内しろ! この城に詳しいんだろ? 外に連れてかねェぞ!」
 しゃらくは子狸を降ろし、子狸は歯を剥き出して悔しそうに地団駄(じだんだ)を踏む。そして観念したのか、子狸が部屋の奥へ行き、壁に掛けられた小さな木板を退かす。するとそこには、丁度子狸一匹分ほどの小さな穴が空いている。子狸はそこを指差し、中へ入って行こうとする。
 「行けるかァァ!!」


 城下町の外れの荒地。仁王(におう)()ちのウンケイの前に、本来偵察隊の(はず)だった侍達が、頭にたんこぶを作り正座して並んでいる。
 「お前らは何だ。俺に何の用だ?」
 「・・・はい。ビルサ様の指示で、あんたの動向を調べに来ました」
 ウンケイが呆れて頭を抱える。
 「お前ら、忠義(ちゅうぎ)欠片(かけら)もねぇのか? お前らも武士の(はし)くれなら、簡単に敵に口を割るんじゃねぇよ」
 「はい!」
 侍達が、まるで主君がウンケイに代わったかのように、大きな返事をする。
 「あ。そう言えば、城に侵入して来た男との関係も調べて来いって言われました」
 「城に侵入して来た男?」
 「ええ。たった一人で城にやって来て、さっきまで大暴れしてました。まぁきっと今頃は、コルゾ様にのされちまったと思いますけど」
 それを聞いたウンケイが頭を抱える。
 「・・・あの単純野郎」
 ウンケイがボソッと小さく呟く。侍達には聞こえていない。
 「お仲間ですか?」
 「・・・いや、知らねぇな。よくもまぁ十二支(えと)将軍幹部の城に、単独で攻め込むなと思ってな」
 「ですよね! ぎゃははは! 確かに腕っ節はあるようでしたが、ビルサ様に喧嘩を売るなんて馬鹿ですよ!」
 侍達が大笑いする。ウンケイも勘付かれぬよう笑っている。
 「・・・」
 ウンケイは笑いながらも時折、城の方に目をやる。侍達は全く気にしていないが、笑顔も若干引き()っている。
 「・・・ところでよ。この落とし穴は何だ? 誰が掘った?」
 ウンケイが話題を変え、侍達に尋ねる。
 「あぁ、これは敵が攻めて来るのを防ぐ為に、ビルサ様が作ったものですよ」
 「ビルサが? ・・・これが奴の神通力(じんつうりき)か?」
 「ええ。これの他にも、この領地にはたくさんの穴があって、全て城に繋がる抜け穴になってるんです。城の中にもありますよ」
 「おい、流石に喋りすぎじゃねぇか?」
 侍の一人が、流石に心配する。
 「そうかなぁ? でもあんたは別に、城に攻めて来るんじゃないでしょ?」
 侍がウンケイに真っ直ぐな瞳で尋ねる。
 「あ、あぁ。勿論だ。ちょっと気になっただけだ」
 「なら平気か。でもこの事は内緒ですよ? 話したことがバレたら、俺達どうなるか。ぎゃははは」
 侍達は盛り上がって大笑いしている。その間にウンケイは背を向けて眉を(ひそ)める。
 「抜け穴か・・・」


 ビルサ城内の台所。女達がせかせかと御馳走(ごちそう)支度(したく)をしている。その中にはお(しぶ)もおり、懸命に食器や調理道具を洗っている。お渋は周囲の女達と比べると、一人だけ明らかに若いようである。
 「お渋ちゃん。片付け行ってくれる〜?」
 「は〜い」
 お渋は広間へ行き、侍達が食べたお(ぜん)を片付ける。豪華な御馳走は一口もつけなかったり、食べかけで半端(はんぱ)に残されたりしている。
 「・・・勿体無い」
 せかせかと片づける中、口をつけていない肉料理を、見つからないよう素早く手拭いに包み、懐に仕舞う。そのまま片付けを終えると、人目を盗みながら物置部屋へ入っていく。中に入ると、床板をガコッと外し、床下へ向かって手をパンパンと叩く。すると、床下の穴からゴソゴソと音がし、バッと子狸が顔を出す。
 「さ、ブンブクちゃん。ご飯持ってきたわよ。お食べ」
 お渋がニッコリと笑い、(ふところ)仕舞(しま)った肉を差し出す。子狸は床下からのそのそと出てきて、嬉しそうに尻尾を振りながら肉を頬張る。すると床下から、更にゴソゴソと大きな音がする。
 「何かしら?」
 音を聞き、お渋が不思議そうに床下を覗く。すると、バァッと床下から顔中泥だらけのしゃらくが勢いよく顔を出す。
 「あれェ? 何だここ!」
 「ぎやあああああああ!!!!!!」

 完

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