第一話 「暫く」
「かあか〜、かあか〜」
暗い山道の中、幼い男の子が傍に倒れた母親を揺すっている。母親の背中には矢が刺さっており、白く立派な羽織が血に染まっている。背後からは男達の
「・・・ごめんね。・・・守ってあげられなくて・・・」
母親は力を振り絞って起き上がり、震える手で我が子を抱き締める。母親の口からは血が垂れ、意識も
「・・・あんた、もう助からねぇな」
少年の声を聞き、頭に添えていた手が自然と降りる。
「・・・どなたか存じませんが、・・・この子を・・・助けて」
「・・・」
少年は黙ったまま、母に縋る子をそっと離す。母は子の顔を見て涙を浮かべながら、にこりと微笑む。
「強く生きてね。・・・かあかは、いつまでもそばに居るからね」
「・・・かあか?」
不思議そうに見つめる我が子に微笑みかけたまま、母親が倒れる。
「かあか! かあか!」
男の子は倒れた母を強く揺するが、母の目が開くことは無い。山の中では、男達の喧騒が大きくなっており、刀がぶつかり合う
「ここは危ねぇ。来い」
少年は、母にしがみつく子を無理やり肩に抱え、足早にその場を去る。母を呼ぶ子の声も、次第に戦火の中へ掻き消されていく。
*
明る朝、山中にある古寺の
「小僧! 起きねェか! 人の家で勝手に寝よって、どこの誰だてめェは!」
天狗じじいの大声で、男の子が飛び上がる。顔を上げるとそこには、ただでさえ恐ろしい風貌のじじいが、更にしかめっ面をして立っている。
「ぎゃあああああ!!!!」
当然、男の子は大泣きしてしまう。しかし、当然でないのがその声量である。幼い子どものそれではなく、まるで獣の
「この小僧ォ・・・妖怪かァ!?」
異形の姿になった子どもは完全に自我を失っており、白目を剥いたままじじいに飛び掛かる。天狗じじいは両手で止めるも、牙を剥き出しに物凄い力で向かって来る為、じじいは思わず子どもの後ろ首に手刀を入れ、気絶させる。
「わしの首を狙ってやがった。本当に妖怪か、それとも・・・」
じじいは、気を失い元の姿に戻った子どもを抱え、寺の中へ入る。
男の子が目を覚まし起き上がると、つぎはぎだらけのボロ布団を掛けられており、側では天狗じじいが
「だあァァ!!」
天狗じじいが飛び上がる。
「ン何しやがんだァ! このくそガキィ!」
じじいに怒鳴られ、男の子は目一杯に涙を浮かべ、今にも大泣きしそうになる。
「ま、待てェ! 泣くなァ! くそっ、こうなったら・・・」
「きゃははは」
男の子がじじいの膝の上で寝転がり、
「子守なんて何十年ぶりだ・・・。だからガキは嫌いなんだ。いだだだァァァ!」
されるがままの天狗じじいの悲鳴を聞き、森の動物達が寺の中を覗いている。森の動物達は、普段からこの古寺を出入りしており、ここを寝床にしている動物までいる。この天狗じじい、何故か動物達に好かれるようである。
「しかし、こうして見ると普通のガキだが、さっきのあの姿。いでで! ・・・恐らくこいつは
遊び疲れて眠ってしまった男の子を、じじいが布団に寝かせる。男の子はすっかり安心したようで、よだれを垂らして眠っている。
「まだ制御が出来ねェようだが、恐ろしい力だ。わしは最強だから問題ないが、このままでは死人が出るな。ちくしょう、何故わしがこいつの始末を考えねばならんのだ」
じじいが、男の子の寝顔をじっと眺める。その様子を心配そうに動物達が覗いている。
「・・・今更放っておけまい。それにこの力、こんなくそったれの戦ではなく、世のため人のために使わねばならん。最強であるこのわしが鍛え上げてやる」
動物達が不思議そうに顔を見合わせる。
「戦なんざしゃらくせェ! てめェの名は、“しゃらく”だ!」
*
十数年後、山の
「お兄ちゃん!」
「くそガキが。侍様の食い物を盗むとは、死にてえらしいな」
ぎゅるるる。兄妹の腹が鳴る。
「ギャハハ! 腹の虫がはいって返事してるぜ! ようし、望みを叶えてやろう」
一人の侍が刀を抜き、兄妹に刃を向ける。
「だれかたすけてぇぇ!!」
妹が叫ぶ。侍が刀を振りかぶる。
「しィばァらァくゥゥァ!!!」
ドオオオン!!! 突如一人の男が現れ、侍の脇腹に飛び蹴りを入れる。侍は吹っ飛んでいく。残りの侍二人も驚き、刀を構える。倒れた侍の甲冑の腹部は一撃で砕け、白目を剥いてのびている。
「だ、誰だてめえは!」
兄妹達も驚き、男の方を向く。
「おれはしゃらく! 何があったか知らねェが、このガキどもはおれが助けるぜ!」
「・・・侍様に
侍二人が男に斬りかかる。すると、男の顔や体に赤い模様が浮かび上がる。更に牙や爪が伸びて筋肉が盛り上がり、異様な姿になる。その姿を見て侍が怯む。
「て、てめぇは一体!?」
「・・・ガルル。さァ、どっからでもかかって来い!」
「く、くそおおお!!」
侍が再び斬りかかる。男はバッと両手を広げて構える。
「“
男は目にも止まらぬ速さで、凄まじい威力の
「すげぇ・・・」
幼い兄妹が目を丸くしている。すると男は兄妹に近づき、二人を強く抱き締める。ぎゅるるる! 男の腹が鳴る。
「わっはっは。腹減ったから、飯屋に案内してくれねェか?」
男は二人の手を取り、歩き出す。戦火に燃えた
完