第二話 「大いなる出会い」
時は少し
「おらァァァ!!」
バキィィッ!! しゃらくの頭に木の棒を叩きつける。木の棒は
「よォし! もういいぞ!」
天狗じじいの掛け声を合図に、しゃらくが目を開ける。
「いってェェェ!!!!」
しゃらくが頭を抑えて転げ回る。その傍らで天狗じじいが、口を大きく開けて大笑いしている。
「わァっはっは! 瞑想中に痛みは感じなかったようだな」
「くそじじいィ! いつか必ずぶっ飛ばしてやる」
しゃらくが涙目になりながら、じじいを睨みつける。
「よォし。これでてめェは獣の力を宿す
「ああ、完璧だぜ。これでおれは無敵だ」
「馬鹿者、まだ半人前だてめェは。・・・夜泣きする度に変身しやがった頃からは、ちったァ成長したようだがな」
じじいがニヤリと笑う。しゃらくは立ち上がり、着物についた
「じゃあ・・・」
「ああ。わしが教えることは、もうない」
森の鳥達が一斉に飛び立っていく。
古寺の前、荷物を包んだ風呂敷を背負ったしゃらくと、寺を背に立つじじい。
「おいじじい。最後に手合わせ願おうか」
「わはは。いいだろう。わしに一発入れるくらいは出来るようになったか?」
頭に大量のたんこぶを作り、地面に倒れているしゃらく。しかし、じじいの方は無傷で、しゃらくを見て笑っている。
「わァっはっは! まだまだだてめェは」
「・・・ちくしょォ。まだ勝てねェか」
しゃらくは立ち上がり、再び荷物を背負う。森の動物達も集まってきており、寂しそうにしゃらくを見つめている。
「じゃあ行ってくるぜ。力でのし上がれる時代なんだ。おれがこんなバカな戦のねェ国にする! 下克上だァ! “おれが天下を取る!! ”」
しゃらくが拳を空へと突き上げる。
「バカたれが。それが、たった今負けた男の言葉か」
「わははは! 天下取ったら、次はじじいだ。それまでくたばんじゃねェぞ!」
しゃらくはじじいを背に、歩き出す。その姿を見送るじじいの目が少し潤む。集まっていた森の動物達も、しゃらくに別れを言うように一斉に鳴き出す。しゃらくは背を向けたまま、再び拳を突き上げる。
*
ずるずるずる~! 時は戻り、森から少し離れた町の
「どうだ、うめェだろ?」
「うん! お兄ちゃんありがとう!」
兄妹が、満面の笑みで嬉しそうに蕎麦をすする。
「どお? 美味しいでしょ、うちの蕎麦は。たんとお食べ」
蕎麦屋の娘が、兄妹の頬についた泥を指で拭う。
「おォ可愛いおねェちゃん! おれも拭いてくれよォ~♡」
しゃらくが、蕎麦屋の娘に鼻の下を伸ばしている。
「いやだよ。この子達に免じて、ついでにあんたも無料で食わしてあげてんのに、どんだけ食べてんのさ。うちの商売上ったりだよ」
「でへへ♡」
すると隣に座っていた男が、娘に話しかける。
「お鈴ちゃん聞いたかい? あの
「また? 怖いわ~」
「荒法師ィ?」
お鈴と男の話に、しゃらくが反応する。
「兄ちゃん知らねぇのか? この近くの大橋に、夜になると見上げるほど大男の荒法師が出るってんだ。なんでも、その橋を通る侍の刀を奪ってるらしい。もう何十人もやられてるって話だぜ」
「へェ~。荒法師ねェ」
話を聞き、幼い兄妹とお鈴はゴクリと唾を飲む。一方しゃらくはニヤニヤと笑っている。
「じゃアよ、おれがそいつを
お鈴はもちろん、店中の客たちが目を丸くしている。
「・・・な、何言ってんだい兄ちゃん。あの怪物を懲らしめるだと?」
「そうだぜ兄ちゃん辞めときな! 殺されちまうぞ!」
客の男たちが、しゃらくを止めようとする。
「そんなに強ェのか。へへ、楽しみだぜ」
しゃらくはそう言うと、ずるずると呑気に蕎麦を啜る。
「ちょっと聞いてんの? 本当に殺されるかもしれないのよ?」
「心配すんなお鈴ちゃん。おれはめちゃくちゃ強ェから」
心配するお鈴を見て、しゃらくがニッと笑う。
「そうだよ! このお兄ちゃんめちゃくちゃ強いんだよ! さっきだって、侍たちをあっという間に倒しちゃったんだ!」
幼い兄妹が目を輝かせている。しゃらくは再び蕎麦を啜る。
*
日が暮れ、町外れの大橋の上には大きな月が浮かんでいる。辺りはとても静かで、川の流れる音だけが聞こえている。
すると暗闇から、二つの影が橋へ近づいて来る。
「おいおいお前飲み過ぎだぜ〜。はははは」
「そう言うお前もフラフラじゃねぇか〜。ぎゃははは」
二人の酔っ払いは、フラフラと大橋を渡っていく。
「待て」
暗闇に低く鋭い声が響き渡る。男達は驚き、思わず足を止める。
「な、何だぁ〜?」
すると橋の向こうから、見上げるほどの大男が渡ってくる。大男は
「お、お前は、噂の荒法師! な、なんて威圧感だ」
男達は滝のように汗をかき、ゴクリと唾を飲み込む。
「てめぇら侍か?」
「ち、違うよ! 俺らはただの町人だ!」
大男が男達を睨む。男達はすっかり酔いが覚め、直立して青い顔をしている。
「・・・そうか」
そう言うと大男はスッと退き、男達は逃げるように走り去る。
「・・・昨夜で侍から奪った刀が九十九。今晩には百本と思ったが・・・」
すると、反対岸から橋を渡る足音が聞こえる。見ると、渡ってくるのは一人の男で、笠を深く被り腰には一本の刀を差している。
「あいつでちょうど百か。・・・あっけねぇな」
男が橋の真ん中まで来ると、大男が前に立ちはだかる。
「待て。ここを通りたきゃ刀を置いてきな」
「刀狩りか。何だってこんな事してんだ?」
「そうだな、暇潰しとでも言っておくか。お前ら侍が嫌いなもんでな」
すると、笠を被った男がニヤリと笑う。
「ほォ、気が合うねェ。実はおれもそうさ」
男が笠を脱ぎ捨てる。その正体はしゃらくで、腰の刀を取り大男へ向ける。
「取りたきゃ取ってみな」
「生意気な小僧だ。容赦はしねぇぞ」
大橋の上、睨み合う二人を月明かりが照らしている。この出会いが後に、大いなる伝説として語られるようになるのは、まだまだ先の物語。
完