まとわりつく闇
気は確かか、とジェッサはまるで口うるさい女房のように何度も聞き返してくる。なんだこいつ、ここまで俺にものを言うタイプだったのか? くそっ、そんな小言はこの突風と一緒にどっか飛んで消えろってんだ。
とにかく、どこかに入り口はあるはずだ。でなければ中から声なんてしないはずだから。俺は目を凝らして懸命に探した……が、相変わらず継ぎ目どころか、風雨に侵された箇所すら見当たらない。
そして……どのくらい探しまくったかもう記憶にはなかった、ジェッサの顔にも疲れが見え始めてきた頃だった。屋根のとある一部分に、何故か踏んだ感触がなかったんだ。
そこだけまるで砂を固めたような。それによく見ると、色合いも薄い気がする。
「ああ、確かにな」ジェッサがその柔らかな床に爪を立てると、ガリガリと面白いように削れていった。
となれば話は早い。俺は鉈をシャベル代わりにがしっと突き立てて、そのまま固まりごとほじくり出した。
やはり俺の読みは外れてなかった。
ガゴッと大きな音と共に、俺が通れるくらいの穴がぽっかりと姿を表したんだ。
覗き込むと、ひんやり冷たく、そして例の血のような匂いが風と共に吹き出ていく。
「行くのか……?」
「ああ、お前は来なくていいぜ、帰ってもかまわん」
「はぁ……お前一人でできるのか? ロープは? 明かりは? それに万が一オルザンの住民が襲いかかってきたらどうするんだ?」
またここにきて説教か。
「なら手伝ってくれるとでもいうのか? ヘタすりゃお前が故郷から締め出されちまう可能性だってあるんだぞ。俺はどうせ他所者だし……」
「一人でなんでも片付けようとするな」
冷静に、そして低く押し殺した声で言い放つと、あいつはロープを穴の底へと下ろし始めた。
「私が押さえているからお前が先に行け。何か危険が迫ってきたらすぐに呼ぶんだ」
「え、優しいじゃねえか……お前」
「べ、別にオルザンの財宝を見てみたいとかそういう事ではない。ただ、お前の……」
そうつぶやくなりあいつは突然そっぽを向いてしまった。変な奴だな。
……………………
………………
…………
ジェッサの力だけを支えに、俺はゆっくりと神殿の暗闇へと降りていった。
しかし不思議だ……もう片方の手には明々と燃え盛るたいまつを持っているのにもかかわらず、その明かりが辺りを照らしてくれないんだ。
しかしどうやってこの現象を説明したらいいのか、正直難しい。それにだんだんとこの暗闇は煙のようにも思えてきた。毛布のように俺の周りだけを包んでいるかのような。
もしや、あの血にも似た空気は、光すらも拒んでいるのか……?
ほどなくして穴の底、つまり床に足をつくことができた。見上げても光は差してこない。やはりこの空気が影響しているのだろうか。
いや、それよりどうやってジェッサを下ろせばいいんだ!?
屋根にはロープを固定できる場所なんて一つもないし、オマケにこのまとわりつくような暗闇は俺の大声すらもかき消してしまう。どうすれば……
と、ロープの感触が突然軽くなった瞬間、俺の目の前に大きな影が音もなく落ちてきた。
慌てて持っていたたいまつを振りかざそうとしたが……って、あれ? お前……
「ガンデ、上で私が呼んだのが聞こえなかったのか?」
いや、それは俺も言いたかったんだがな。けどなんでまたジェッサも下りてきたんだ?
「雷雲が迫ってきた。あの場所にとどまるのは危険だと思ったからだ」
耳を澄ますと、神殿に激しく打ち付ける雨の音が聞こえてきた。それに落雷の響き。そうだな……ずっと屋根にいるのはここにいるよりはるかに危険かも知れない。
まあいい、どうせ中に入れたんだ、どこかに出口だってあるだろ。と楽天的な考えに切り替えて、俺とジェッサは例の泣き声のする方角に向かって歩みを進めた。
「……真っ直ぐな道だ。あまり道幅は広くはない。注意して歩け」明かりはあまり役には立たないが、ジェッサの獣人としての感覚は別だった。
「道を逸れると何がある?」
「おそらくは池だ。水と血が混ざったような匂いして……ってうわっ!」
滑る床に足を取られたのか、バランスを崩したジェッサはその血の池とやらに豪快にドボンとハマってしまった。ドジな奴だな。つーかあいつ泳げたっけか。
腰ほどしかない深さで懸命にもがいているあいつに手を差し伸べると、案の定血のようなぬるっとした手触りが握り返してきた。
「すまない……泳げなくてな、昔から」
「いいってことよ、それよか水があるとこ行ったらすぐに身体洗え、血の匂いが染みつきそうだからな」
俺の後ろで元気のない声がした、こいつ相当ショックだったのかな。