オルザンへ
一足ずつ下るたびに、濃密な空気が身体にまとわりつく。
そしてこの胸にどんどん溜まっていくような血の匂い。生まれてから何度もこんな匂い嗅いでるから慣れてはいるだが、これは……凝縮されたような、俺ですらも吐き出してしまいそうな空気だ。
「先祖は血の釜と言っていた。その方が分かる気がするな」ジェッサの顔も心なしか気分悪そうだ。
どのくらい下りつづけたろうか、ようやく地面に着くことができた。
だがそうは言っても、特に感動するような景色が広がっているワケでもない。早い話が密林だ。ねじれた幹の木がたくさん生えている。俺たちのいく手を阻むかのように。
ふと、ジェッサが視界に入った木を切り倒した。見てみろ、と俺にその切り口を突きつけてきたから、よく見ると……ああ、事前に聞いた通りだ。水が滲み出るかわりに、血のような液体がぼとぼととこぼれ落ちた。
ちなみに足元はと思って振り返ると、地面からじわりと滲み出た血が足跡代わりに点々と付いていた。やっぱり気分のいいものじゃないな。
「旅人が言うには、ここから半日ばかり歩いたところに石造りの建物があったそうだ。お前もそこに行きたいんだろう?」
「ああ、その中に何があるか見たいしな」
ジェッサは軽くため息をつくと「なにがお前をそんなに突き動かすのだ? 」と。俺は間髪入れずに「カネだ」と返した。それ以外に何があるって言うんだか。
「身の丈以上のカネを持って何がしたいんだ?」
「いつか俺も傭兵ギルドを立ち上げたいんだ、その資金を貯めたいんだ」
そう、それが俺の夢。自分が働かされる側ではなく、自分がやりたいんだ。特にジェッサのような獣人たちを集めてな。俺は虐げられている獣人たちにそこから自由になる術を与えたいんだ。
俺は獣人がこの戦いの中で不遇な扱いを受けていることにずっと疑問を抱いていた。とある村じゃ虐殺まであったって話じゃねえか。いったいなんのために? 人間様と言うのはそれほどまでに偉ぶっていたいのか?
その思いが募るにつれ、俺は一人でも多く奴らを救ってあげたいと思うようになってきた。だがまずはカネだ!
「雇ってどうするんだ? 根本的な解決には至らんぞ」
「奴らの住み良い環境とか、居場所かな。それを少しずつ与えたいんだ。なんだったら軍に反旗を翻したって構わねえしな」
「ふむ……いかにもお前らしい短絡的なやり方だ。独立運動でもやりかねん」
「ジェッサ、お前も賛同するか?」
「バカを言うな、お前のそんな夢物語に着いていく気は無い。だが……」
真っ赤な木漏れ日の差す空を見上げ、まるで独り言のようにあいつはつぶやいた。
「手助けくらいはできるかも……な」
ほんの少しだが、あいつの口元がゆるんだように見えた。
それと同時だった、あの声が聞こえたのは。
はるか先から、泣き声がうっすら耳に入ったんだ。
「聞こえたか、ジェッサ?」
「ああ……おそらく子供か赤ん坊だな」
俺たちはその声に導かれるまま、前方に建っているであろう神殿へと急いで向かった。
そう、これが俺のこれからの運命を変える泣き声になろうとは、また知るよしもなかった。