幼馴染
ケルヴィンが革の手帳を胸ポケットから取り出した。
「それで具体的な旅行日程のプランはざっくりとどういったものをイメージしているんですか? 団体旅行になるでしょうから、最初は欲張って複雑なスケジュールを組まずに時間に余裕があってかつ旅行客が一目でわかりやすい工程にすると良さそうですが」
さっそくてきぱきと意見を出してくれるケルヴィン。本当にアベルとケルヴィンと友だちで良かった。自分なんて行き当たりばったりの計画案しか出せなかったのに頼もしい。
セシリーナはこの胸に溢れんばかりの感謝を伝える。
「アベル、ケルヴィン、力を貸してくれて本当にありがとう! ふたりがいてくれてすごく心強いです!」
アベルとケルヴィンは顔を見合わせると、照れたふうに右に左にそれぞれそっぽを向いた。
「まあ、おまえの面倒を見るのは今に始まったことじゃねぇしお礼を言われるようなことはねぇよ」
「……そういう不意打ちはずるいですよ、お嬢様」
――な、なにがずるいの!?
アベルが咳払いをしてから話題を変える。
「話を戻すが俺もケルヴィンの意見に全面的に賛成だ。セシィ、おまえは歴代の聖騎士対竜王のゆかりのスポットを巡る旅行が良いっつってたが、ケルヴィンの意見に沿うなら、なるべく近距離にあって魔獣も少ない安全なところを選ぶべきだろうな」
「そうですね……。たとえば手始めに歴代の聖騎士が旅の途中に立ち寄った宿に宿泊するとか、彼らが食事をしたお料理屋さんの料理を食べる旅行とかいかがでしょう?」
「食い倒れの旅か!」
「なるほど。アベル様のような食い意地の張った男心をつかむにはまず胃袋からって言いますしね」
「……ケルヴィン、それどういう意味だ?」
アベルが笑顔で突っ込んでいる。セシリーナは本題に戻す。
「旅行客がその街や村を訪れればお土産を買ったり観光をしたりでその場所の雑貨屋さんとかも潤いますし、旅行客から新しい情報を仕入れることもできますよね」
旅行客も観光地の人たちもハッピーで一石二鳥!
ケルヴィンが納得する。
「経済の活性化のためには需要者と供給者のバランスを取る必要がありますからね。観光客にも観光地にも双方に利益があれば、いざ観光地に旅行事業の話を持ち込むときに交渉しやすくなりますね」
「街や村を巡って宿に宿泊したり料理屋で飯を食べる旅行か……。だったら、まず手始めとして俺たちがもっとも慣れ親しんでいるシュミット村の旅行プランを組んでみたらどうだ?」
アベルの何気ない提案に、セシリーナとケルヴィンは名案とばかりに顔を見交わせた。
シュミット伯爵家には代々の聖騎士の卵たちが礼儀作法を習うために奉公しているから、伯爵家のあるこのシュミット村は聖騎士ゆかりの場所が多いのだ。それこそアベルがこの村で育っていく中でよく行っていた料理屋や雑貨屋、宿屋などが多くある。
もともと小さな村だから一日あれば全部の見どころが周れて、旅行先のチョイスとしても気軽に行きたいと思ってもらえそうだ。それになによりも、新規事業の初めての旅行先として自分の村に旅行客の皆様を招待できることがとても嬉しかった。ここは自分とアベルとケルヴィンが育った、自分にとってかけがえのない自慢の村だから。
ケルヴィンが決まりですね、と手帳を閉じた。
「――大体の方針はわかりました。さっそく予算案を練ってみようと思います」
「さっすがケルヴィン! そこに痺れる、憧れる!」
「はいはい。お嬢様、お褒めのお言葉ありがとうございます。それでひとつ提案なのですが、せっかく聖騎士のアベル様を従業員として雇うことになったので彼にツアーガイド兼護衛をこなしてもらってはいかがでしょう?」
アベルはケルヴィンの提案に答えるまえに、彼にいたずらっぽい笑みを向けた。
「なあケルヴィン、そのアベル様って無理に様付けしなくても大丈夫だぜ。今は客と執事じゃなくてお互いセシィの旅行会社の従業員なんだし、様つけるのやめてくれ。子どもの頃みたいにアベルって呼んでくれて構わねぇからさ」
少し照れ臭そうにアベルが後ろ頭を掻きながら言う。ケルヴィンは面食らったような顔をしたあと、いつも涼しげな表情の多い彼にしては珍しく、嬉しそうに破顔した。
「ありがとうございます。それでは遠慮なく貴方のことは呼び捨てで呼ばせていただきますね。お嬢様は執事の私にとって主人の立場にありますので、けじめということで変わらずお嬢様とお呼びしようかと」
「う、うん。ケルヴィンの呼びやすいように呼んでもらえたら嬉しい、です」
ケルヴィンがアベルに向けたはにかんだ笑顔にどきっとしてしまう。
(ケルヴィンのあの笑顔、小さいときから変わってないなあ)
どこかあどけなく見える彼の自然な笑みが久しぶりに見られて、なんだか嬉しかった。自分たちは大きくなって、いつの間にか小さいころの掛値のない態度を忘れてどこか他人行儀に接するようになってしまっていたから。
(またあの頃みたいな関係に戻れるといいな。まだ少年だったアベルとケルヴィンと、少女だった私がただの幼馴染の友だちとして遊びまわっていたあの頃に)
また三人でなにかを成し遂げられたらいいなと、セシリーナはアベルとケルヴィンの横顔を見てこっそりと思った。