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明日から頑張ろう

 俺は久しぶりに家のベッドで寝た。
しばらくダンジョン内やダンジョン周辺の適当なところで野宿していたので、安心できる寝床のありがたみをひしひしと感じながら眠りについた。

そして夢を見た。
ゼオルたちと過ごしている夢だ。
夢の中の俺たちはカードゲームで遊んでいた。

俺たちは別に仲が悪かったわけではない。
旅で宿に泊まった時などはよくこうして遊んでいたくらいだ。

「はいまた俺の勝ち~」
俺は得意げに手持ちのカードをテーブルに広げた。

ポニテノが悲鳴にも似た声を上げる。
「ロイヤルストレートフラッシュ!? さ、流石に絶対おかしい! イカサマよ!」

「そう、イカサマさ。俺にシャッフルを任せたのが間違いだったな。はーっはっはっは!」
「笑ってんじゃないわよ!」

怒り心頭のポニテノを無視してウタメの方を見て驚いた。
「お、ウタメ地味にフルハウスじゃん」

ゼオルも感心したように言った。
「本当だな。やるじゃないか」

「たまたまですよ」
ウタメは照れ笑いを浮かべた。

その顔をじっと見つめているうちに、急にこれが夢であることを自覚した。

あ、そうだ。
もうこいつらとはいられないんだった。

……寂しいな。
ずっと一緒にいると思ってたのにな。


 目を覚ました俺はゆっくりと体を起こした。
朝だ。
結構早起きしたようで、外はまだ薄暗かった。

なんだか喉がキュッと締め付けられるような感覚がある。
何か飲もう。

冷たい水を喉に流し込むと、少し落ち着いた。
俺はなんとなく散歩しようと思い、着替えて外に出た。

朝の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

東から夜明けが迫ってくる。
俺はそれから逃げるように西へ足を向けた。

俺の家は町の外れにある。
シラクラ病院の近所だ。

町の端にはモンスターが入ってこないように結界が張られている。
それに沿うように柵も立てられている。
柵の外はただの平原だ。

俺は柵を飛び越えて平原を西へ西へと進んだ。
この辺の平原に生息する、なんてことのない雑魚モンスターが近寄ってきても無視して、ただただ足を動かす。

やがて俺の手前の地面に影が伸び始めた。
というより俺以外のすべての影が照らされて消えてしまったのだ。

目の前には唯一切り取ったように俺の影だけが残った。

俺はそれを踏み潰すように駆け出した。
後ろから差してくる光が俺の悪事を暴こうとしているように思えてきて急に怖くなったのだ。

責め立てるように照らしてくる光から必死に逃げた。
どれだけ速く走っても俺の影は消えない。

足がもつれ、地面に倒れ込んだ。
俺はしばらく朝露に濡れた草をじっと見つめていたが、やがて自分を納得させるように頷いてから立ち上がった。

大きく一度深呼吸する。
眉間にしわを寄せ、覚悟を決めた。

睨むような目つきで勢いよく振り返る。
光と対面した。

目が眩み、細めながら視線を落とす。
そこに俺の影は無かった。

……。
なんだか馬鹿馬鹿しくなって俺は影のない地面を見つめながら小さく笑った。

「……はぁ。なんか疲れた。帰ってもうひと眠りしようかな」


 一週間後、病院が完成してシリンさんの治療が始まった。
治療は大体二週間程度で終わる予定らしい。

そして調査団は完全に調査を終えて帰ることになった。

その前にお疲れ様会をやろうということになり、みんなでギルドで飲むことにした。

団長やイチキや新人君以外の調査団員たちにも
「皆さんもどうですか?」
って誘ってみたが、誰も乗ってこなかったので
「迷惑かけましたし、俺の奢りでいいっすよ」
と言ったら全員誘いに乗った。
現金な人たちだ。

どっから話が漏れたのか、ギルドに所属する冒険者たちも参戦することになり、大宴会が開かれることになった。


 夜。
適当な時間になったから調査団員たちとギルドに向かうと、すでにギルドでは外からでも分かるくらいどんちゃん騒ぎしていた。

「もうやってるみたいですね~」
俺が言うと、団長は
「楽しそうな奴らだな」
と答えた。
「いい人たちですよー。俺は嫌われてますけど」

ギルドに入ると
「お、今日の主役のご登場だ!」
誰かがそう叫んで、みんなが一斉に視線を向けてきた。
歓声が上がる。

「ゴチになりまーす!」
「ご馳走様!」

俺は慌てた。
「え、マジで? あんたらの分も奢ることになってんの?」
途端にブーイングだ。

「えーシラネの奢りだって言うから来たのに~」
「どうせ金持ってんだろうが! この金持ち!」

「え~マジか。足りるかなぁ」
俺は財布を探そうとポケットをまさぐって、何か入っているのに気づいて取り出してみた。

「お、牛肉戦士の角が一本入ってた。ラッキー。じゃあ大丈夫だわ。受付さん、これで全員分払っといて。余ったらギルド運営の足しにしていいよ」
俺は受付のツキヨさんに角を渡した。
また歓声が上がる。

「よっ。太っ腹~」
「きゃー素敵~」
「見直したぞクソ野郎!」
やっぱり嫌われてるみたい。
別にいいけど。

「まぁみんなには色々迷惑かけたからね。今日は楽しんでよ」
ということで、宴会が始まった。

この場にはマーヤさんもいた。
マーヤさんは酒が好きじゃないので、ミルクティーを飲んでいた。

俺は一人ポツンと座っている受付のツキヨさんに酒を持って行った。

「ツキヨさんって酒飲める人だっけ?」
「飲めますよ」
「じゃあ、はいどうぞ」
「どうも」

しれっとツキヨさんと呼んでみたが怒られなかった。
以前、気安く呼ばないでくださいって言われたことがあったのだ。

「ツキヨさんはさぁ、俺のことどう思ってる?」

ツキヨさんはあからさまに怪訝な顔をした。
「どういう意味ですか?」
「別に変な意味じゃないよ。やっぱり嫌い?」
「……正直に答えていいんですか?」

「それもう答え言ってるようなもんだと思うんだけど。まぁそうだね。正直に答えてよ」
「嫌いです」
「だよねー。具体的にはどこが嫌い?」

「……私と初めて会った時のことを覚えていますか?」
ツキヨさんは答える代わりに質問してきた。

「え、覚えてないけど」
「そうですか。私があなたを嫌うのはその時の出来事が原因です」

「へぇー。思い出せないから教えてくれる?」
「いいですよ」
ツキヨさんは話し始めた。


 俺がツキヨさんに初めて出会ったのは、道端でツキヨさんがカツアゲされてる時のことだったらしい。

当時の俺はそこに割って入って、カツアゲ野郎を追い払おうとしたみたいだ。

で、カツアゲ君と口論になり、暴力沙汰に発展し、結局俺がカツアゲ君をボコボコにした。

ツキヨさんは俺にお礼を言おうとしたが、俺がその前に
「申し訳ないんだけど、金貸してくんない?」
と言ったらしい。


 ツキヨさんは話し終えると俺をジト目で睨んできた。

「あの時は上がりかけた評価が一瞬で地に落ちたので余計にガッカリしたんだと思います」

「なるほど。希望を見せられてから絶望するのが一番キツいもんね。あーでもちょっと言い訳すると、俺はそういう感じで金に困ってる時は誰かからくすねたりするから、わざわざお願いして借りたってことは多分その金はどっかに寄付してる」

「借りたじゃないですよ。返してもらってないんですから」

「確かに。じゃあさっきの酒代のやつからその分取っといていいよ」

「別にいらないですよ。というか、なんで人から取り上げたお金を寄付するんですか」

「んー。俺なりに善悪のバランスを取ってるつもりなんだけどなぁ。その辺の感覚は多分理解できないだろうけど」
「はい。意味不明です」

「まぁいいや。答えてくれてありがとう。参考になったわ。ところで、ランのこと見かけてない?」

「そういえば見てませんね。トウゲンさんかリサさんに訊けば分かるのではないでしょうか」

「そうだね。トウゲンたち探してみるわ。じゃあねツキヨさん」

ギルド内を見て回ると、トウゲンとリサが一緒にいた。

「飲んでるかぁ?」

「あ、シラネさん。こんばんは。そしてご馳走様です」
トウゲンがにこやかに挨拶してくる。

「……どうも」
リサも俺の顔をちらりと見て小さく挨拶してくれた。

「あれ、そういえばお前らいくつだっけ?」
「僕もリサもランも18です」
トウゲンがそう答えた。

「え、じゃあ酒飲めないのか。危ねぇ勧めるとこだったわ」

「……シラネさんって意外とそういうところしっかりしてるんですね」
リサが奇妙な物でも見るような目を向けてきた。

「俺はガキの頃から飲んでたけど、人にも同じようにやらせるのは違う」

「やっぱりしっかりしてるのかしてないのかよく分かりません」
リサは呆れたようにため息をついた。

「あ、そういえばランは一緒じゃないのか?」

トウゲンが答えた。
「ランですか? ランなら多分お父さんのところにいると思いますけど。新しくできたシラクラ病院って知ってます?」
「うん。シリンさんはそこに入院してんの?」

「はい。どうやらシリンさんの病気を治療できる設備がその病院にあるみたいで」

「へぇー! そりゃ良かったな。めっちゃラッキーじゃん。おめでとう」
「出来過ぎなくらいですよ」
リサが複雑な表情を浮かべた。

「どういうことだ?」
俺はすっとぼけて訊いた。

「なんか怪しい気がするんですよね。あんな特殊な設備がある病院が国内で初めてできるっていうのに、全然話題になってない。それに治療費もなぜか病院側が全額負担してくれた。何か裏があるような……」

意外と鋭いな。
話を逸らしてみるか。

「ふーん。あ、そういえばお前らってシリンさんの治療費を稼ぎたくて冒険者になったんだろ? その必要が無くなったみたいだけど、これからどうするんだ?」

「続けますよ。少なくとも僕とリサは」
トウゲンは即答した。

「へぇー。そりゃまたなんで?」

トウゲンは照れくさそうに答えた。
「……本人を前にして言うのも恥ずかしいんですけど、実はシラネさんに憧れてしまいまして。シラネさんみたいな立派な冒険者になりたくて」

「えぇ……。完全に憧れる相手間違えてるだろ」

リサが少し笑って言った。
「別にあなた自身を目指すわけじゃないですよ。あなたくらい強くなれるように頑張るってだけで。悪いところは真似しません」

「ほーん。まぁ勝手に頑張れ。じゃ、俺はランのとこにでも行ってみるわ」


 俺はギルドから出てシラクラ病院に向かった。
病院に着くと、ちょうど出てくるところだったランと鉢合わせた。

「よう。久しぶり」
「え、あんたなんでこんなとこにいるの? 確かギルドで宴会があってるんじゃなかったっけ?」

「お前がいなかったから迎えに来た。俺の奢りで飯を食え」
「どういうことなの……」
ランは胡散臭そうに俺を見た。

「まぁ本当は噂でお前の父親のこと聞いたから、実際どうなったのか訊いてみたくてな。ギルドに向かいながら喋ろうぜ」
「あたしがギルドに行くことはもう決まってるんだ」

「タダ飯食えるんだ。行くだろ?」
「うん。まぁ行くけどさ」

俺たちは歩きながら話し始めた。
「なんか知らんけど、父親の病気が治療できるようになったんだろ?」

ランは頷いた。
「いまだに信じられないわ。本当に心の底から嬉しい。でも……やっぱりこんな都合のいい話があるわけがない。きっと誰かが何らかの意図を持ってパ……お父さんを助けてくれたんだと思う。でも一体誰が……」

「さあな。お前が頑張ってきたから神様が願いを叶えてくれたんじゃね? っていうかパパって呼ばないのか? ちょくちょく言いかけては言い直してるけど」

「べ、別に。あたしは子供の頃からお父さんって呼んでるわよ?」

「嘘つけよ。もしかしなくてもお前、ファザコンだろ?」
「違うわよ!」

「そんな食い気味に否定しなくても……。神様もお前がファザコンだったから願いを叶えてくれたのかもな」

「どういうことよ! っていうかそんなんじゃないし。尊敬はしてるけどさ」

「まぁ良かったよ。お前の大好きなパパが助かりそうで」
「あんたほんと性格悪い」

「はっはっは! よく言われる。そういえば、親父さんはこの町から出たことないんだろ? 完治したらどっか旅行にでも連れてってやれよ」

「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないの。言われるまでもなく当然そのつもりよ」
「だったらいいや」

と、そんなところで段々と賑やかな声が近づいてきた。

「バカ騒ぎしてるわね」
「タダ酒は美味いからな。お前もいっぱい食っていいぞ。ほら、急げ! 飯が無くなるぞ!」
俺はランの手を引いて走り出した。

今日はみんなといっぱい食べて飲んで、また明日から頑張ろう。

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