医者
それから調査団が泊ってる宿に行って団長たちに軽く挨拶することにした。
思った通り副団長からめちゃくちゃ小言を言われた。
仮免を持ってるからって一人で勝手にダンジョンに籠ったりするのはかなりグレーな行為らしい。
俺はBランクの冒険者だから、本当はあの場所に一人で入っちゃいけない。
調査団というのは個人のランクはAの者しかいないが、集団としてだとSランク認定される。
俺もあの集団に紛れて行動している分には自分のランクより上のダンジョンに入ることができるが、個人でそれをするのは許されていないらしい。
「へぇー。そうなんですね。知らずにやったことなので許してください」
「今教えた。二度と忘れるな小僧。次は無いぞ」
強い口調で忠告された。
クソ。
忘れてましたを封印された。
まぁ一回許してくれるだけ優しいか。
今の俺は一応人助けをするために動いているから、副団長もあまり批難できないのだろう。
その後は団長と少し話した。
「そういえばさ、金は足りてるの?」
俺が訊くと、団長は頷いた。
「おう。俺がツテとコネを駆使して色んな奴に金を出してもらったっていうのもあるが、この二週間でお前が狩りまくったモンスターの素材を売った金で必要額は集まった。まったく……結局ほとんどお前一人で集めたじゃねぇか。俺に頼むまでも無かっただろ」
「そんなことないよ。金のこと以外にも手続きとか色々してもらったじゃん。ダンジョンに籠るのも黙認してもらったし。団長のおかげでほんと助かったよ。ありがとう」
団長は照れたように頭をボリボリと掻いた。
「よせよ。気持ち悪いな。……それにしても、本当に良かったのか?」
「ん? 何が?」
団長は真面目腐った顔で俺をじっと見た。
「惚けるなよ。このプロジェクトはお前が始めてお前が完成させたものなのに、全部俺の手柄みたいになっちまっていいのかって訊いてるんだ」
ランの父親を治療するという今回のこの活動に、俺は匿名の出資者という形で関わっている。
立役者は団長ということになっているのだ。
俺が団長に押し付けた。
「何回も説明したでしょ? 俺の名前を出すと面倒なことになるんだよ。俺は各方面に嫌われてるから絶対問題になる。俺って国によっては指名手配されてるんだよ?」
例のムカつく貴族は俺に懸賞金を懸けている。
その他のところでも、俺のことを憎んでいるやつは多い。
「そうは言ってもなぁ……。一番の貢献者であるお前を差し置いて俺がしゃしゃり出るのはなんだか気が引ける」
「いいよ別に。その分責任も押し付けてるんだし。それに俺だけが頑張ったわけじゃない。病院を設計した人とか建てた魔法大工さんとかにもあり得ないほど無茶をお願いした」
設計って普通はとても時間がかかるものだ。
今回は本当に信じられないほど無理を言ってやってもらった。
まぁさっき見た完成間近のあの建物は仮というか、とりあえずランの父親を早急に治療するためだけに建てているもので、何年か後にちゃんとしたものが建つ予定なのだが。
そんでそのちゃんとした病院が完成した時に、今の建物にある設備は移設することになっている。
だから今建設中のあれは診療所くらいのこじんまりとしたものだが、それでも二週間で建つのは異常だ。
「まぁ確かにそういう奴らも必死にやったが、やっぱり一番頑張ったのはお前だろ。イチキが心配してたぞ。差し入れを持って行った時に血まみれだったとか言って」
「返り血だよ。俺の血じゃない」
団長は黙り込み、改めて訊いてきた。
「……なぁ。どうしてそんなに必死になるんだ? お前が今救おうとしてる人とお前とはなんの関わりも無いんだろう?」
「まあね。会ったことも無い」
「だったらなんでこんなにやるんだ。恩でも売ろうってのか?」
「別に。ただ……自分とちょっと重ねてるとこはあるかもね。俺も生まれ持った体質で苦労してきたし。でも俺と違って解決策はあるわけでしょ? だったらどうにかしてあげたいじゃん」
「ふーむ。まぁお前がそう思うならそれでいいか」
団長は一応納得したようだ。
団長と話した後、俺はギルドに戻った。
そしてとある人物を探してギルド内をキョロキョロと確認して回った。
冒険者たちと目が合う度に睨まれるが、気にせず探す。
ん~いるかな?
お、見つけた。
しかも一人だ。
都合がいい。
「よう。ちょっと久しぶりだな」
「ん? あ、シラネさん! ご無沙汰してます」
トウゲンはニッコリしてペコリと頭を下げた。
「調子はどうよ」
「ぼちぼちですかね。なんとかやってます。シラネさんは……なんだかすごいことになってますね」
ギルドの報酬用の金が俺のせいで枯渇したことを言ってるんだろう。
「あーごめん。トウゲンたちにまで迷惑かけてるんだよな」
「いえいえ。それにしてもギルドのお金が尽きるほどたくさんの素材を持ってるなんて、流石シラネさんですね」
「ははは。まぁちょっと色々あって手に入れたもんだから。それより、訊きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
俺はランの父親を診ている医者のことをトウゲンに訊いた。
トウゲンは病院の名前と医者の名前を教えてくれた。
「教えてくれてありがと。訊いておいてなんだけど、よく知ってたな」
「僕もお世話になってる先生ですので。真面目な方ですよ」
「ふーん。あ、ついでにランの父親はなんて名前なの?」
「シリンさんです」
「なるほど。おっけー」
その後は適当に近況報告し合って別れた。
俺はその足でトウゲンに教えてもらった医者の元を訪れた。
病院が閉まるまで待って、出てきたところを捕まえた。
「こんばんは。サイス先生ですよね?」
「え? あ、はい。そうですけど……」
サイスは振り返って俺の顔を見ると、首を傾げた。
「ちょっとお話があるんですがね」
「はぁ……」
眉をひそめられた。
警戒されてるようだ。
「俺は先生の患者の娘さんの知り合いです」
「そうですか。えーっと、それでどのようなご用件でしょうか」
「先生の患者にシリンさんっていますよね」
「確かにいますね。ということは、あなたはランちゃんのお知り合いということですか」
「はい。シリンさんの病気はこの地域のマナに包まれていないと症状が進行するというもので間違いないですか?」
「会ったばかりの方に患者さんのことについてお話するわけにはいきませんね」
「そりゃそうですよね。じゃあ答えなくていいので、勝手に話を進めます。ここからちょっと離れてますけど、町の外れ辺りに新しく病院ができるのはご存じですか?」
「そうみたいですね」
「そこでシリンさんの病気を治療する設備が整っていることは流石にご存じないでしょう」
「え……はい。知らなかったです。そうなんですか」
あの設備のことは極力周りに知られないように、一部の人間にしか伝えていない。
国内初の医療設備がある病院が新しくできるってことが知られたら、たくさん人が押し寄せてくるかもしれないからだ。
そうなると、シリンさんが後回しになってしまうかもしれない。
俺からすればシリンさんを治療することさえできれば後は正直どうでもいいので、シリンさんを治療し終わるまでは隠すつもりだ。
「まぁ疑わしいでしょうから後で直接見て確認とかしてもらって全然いいです。それで本題なんですけど、シリンさんにシラクラ病院を紹介してほしいんですよ。あなたの病気を治療できる病院ができましたよって」
「本当にその設備があるのならそれはもちろんいいですよ」
「え、いいの?」
「はい」
サイスはこくりと頷いた。
「あ、なんかイメージと違った。てっきり患者を取られたくないとか言って渋るかと思ってました」
サイスは微笑みながら首を横に振った。
「誰が治したとかどこで治したとかいうのは、正直どうでもいいことです。医者にとって一番の願いは患者さんが健康になることですから」
「へぇーそうですか。じゃ、頼みますね」
サイスの表情を見て大丈夫だと確信した俺は適当にそう言い残して家に帰った。