最終決戦の壱
夜が明け、2、3時間の睡眠をとったわしらは早速移動を開始した。
といっても行先は新田殿が住職を務める輪生寺。たかが2、3時間の睡眠じゃ体力も武威も回復しきれんから、そこで再度しばしの睡眠をとろうという算段じゃ。
鴨川殿の言う通りならば、敵は二条城周辺に戦力を集めておることじゃろう。
ゆえに輪生寺はすでにもぬけの殻となっておる可能性が高いのじゃ。
しかしながらわしが武威センサーで補足できるのは武威を持った輩のみ。
輪生寺には武威を持たない敵勢力の人材の他に、敵が仕込んだ監視カメラや盗聴器の類が待ち構えておる可能性があるからそれも油断できん。
まぁ、それらの存在が確認出来たのならば、それはそれで輪生寺近隣の森の中で休息すればいいだけじゃ。
ここら辺は現代っ子には真似できん行為なのじゃが、かつての時代におけるわしらは普通に野山で爆睡できるのじゃよ。
なので野宿も問題なし。輪生寺の客室で寝ることができたらなおのこと良し。といった具合で、とりあえずは思い出深きあの寺へと戻ろうということになったのじゃ。
んで移動を始めて数十分。わしらは人目を忍びつつも、目的の場所へと到達することができた。
輪生寺全貌を望める近隣の野山に潜み、ジャッカル殿が私物の双眼鏡で建物の隅々まで観察しまくる。その他のメンバーも裸眼にて境内の様子を観察した。
「うーん……これはひどい……」
輪生寺が跡形もないほどに荒れておる。
敵の襲撃に遭ったのじゃ。それも当然じゃろう。
わしは深いため息のようなものを吐きながら、ジャッカル殿に問いかけた。
「どう? 監視カメラとかありそう?」
そう言い放ちつつ、わしはハーフパンツのポケットから携帯電話を取り出す。
空中に飛び交っておるWiFiを確認してみれば、数年前にわしが新田殿のために設定してあげた家庭用WiFiの他に怪しい電波がいくつか飛んでおるのが確認できた。
ちなみにこの寺は森の中にポツンと存在しておるので、ご近所さんは皆無じゃ。
加えて数年前の夏合宿中に、インターネット環境の悪さゆえストレスが極限まで達したわしが輪生寺に無理矢理光回線を引き込み、そこからWiFiを飛ばしておるのじゃが、今はその時設定したWiFi以外の電波が飛んでおるということ。
齢80を超える新田殿が年甲斐もなく日々ネット配信のアニメを楽しんでおるらしいが、それはどうでもいいとして、これ、間違いなく敵の仕掛けた監視カメラ等が発しておる電波なのじゃ。
くぇっへっへっ。敵方にもこのようなちょっとしたIT技術を駆使できる輩がおるようじゃが、詰めが甘い。
こういう場合は、携帯電話のような端末では捉えられない周波数を発する無線機の類を用いて、映像データを送信させるべきなんじゃ。
今日もパケット通信の神はわしに味方しておる。
「ふっふっふ……来たるべき5G時代に幸あれ……」
「ん? 何の話?」
「あっ、いや、何でもない。ところでどう? それっぽいWiFi飛んでるみたいだけど?」
「うーん……そだね、やっぱりところどころにちっちゃいカメラが隠されてるっぽいよ。なんかね、太陽の光に反射してピカピカ光ってるのがあっちこっちにある」
ふむふむ。なるほどなるほど。
さすればそれらの監視カメラたちは放置しておこう。下手に壊すとそれもそれで敵方にわしらの居場所を教えることになってしまうからな。
というわけで、今再びの野宿に決定じゃ。
「んー、じゃああそこに入るのはあきらめようか。敵に発見されたら休むどころじゃないからね」
わしの言に皆がうなづき、そしてまたちょっと移動。森の中で適度な木陰の得られるちょっとした広場を選び、それぞれが雑魚寝に入る。
さすがに疲れが出始めているのか。この戦を通して若干テンション高めな冥界四天王も即座に寝落ち、あかねっち殿やよみよみ殿、そして三原さえもほどなくして深く寝入った。
んでわしはというと、先ほど雑居ビルで多少の睡眠をとっておったので、なかなかに寝付けない状態じゃ。
というかわし、実のところショートスリーパーなのじゃ。
あれじゃな。日々の生活において3時間程度しか寝なくても平気なマジのショートスリーパーというわけではないけど、5時間ほどの睡眠さえ取れれば体は快調。
なので、たとえ先ほどまでの睡眠がほんの数時間だとしても、1日や2日ぐらいはそれぐらいの睡眠時間で割と無理が効くんじゃ。
あえて言うならば、記憶残しとしてすでに転生者社会に広く活動しておるわし。それに加え、普段の学生生活や野球の訓練……あと、床の間に飾っておる品々を愛でたり、夜な夜なネットゲームにログインせねばならぬという使命を持っておるゆえ、必然的に平均睡眠時間が短くなってしまうのが実情じゃな。
そんな事情ゆえ、なかなかに寝付けないわし。
とはいえ体の回復も必要なので、今再びの眠気が襲ってくれるのを今か今かと待ちながら体の態勢を変えたら、視界の隅に工具の手入れをしておる勇殿の姿が見えた。
「勇君? 眠れないの?」
「ん? あぁ、光君。光君も眠れない?」
「いや、僕は少し眠気が来てるんだけど……でも、勇君も寝なきゃだよ?」
しかし勇殿の疲労を心配したわしの気苦労は、まさに余計な気苦労であった。
「ふっふっふ。僕は大丈夫。今回は結構いろんな場面を『おじさん』に任せちゃってるからね。みんなで移動しているときとかに、実は僕、頭の中で結構寝てたんだ。だからもう睡眠はばっちりだよ」
うーむ。勇殿の頭の中はどうなっておるのじゃろうな。
確かに今回の合戦は吉継が表に出ることが多く、勇殿の意識は勇殿の頭の中にて待機しておる時間が長い。
――って、もはやわし自身も何を言っておるのかわからんが、それ以上に複雑なのが勇殿の脳機能じゃ。
しかしそれが『二つ残し』という勇殿の特性。記憶の戻り方に他者との差異が見受けられ、そこらへんに二つ残しの転生術を施した新田殿の小さなミスが見受けられるものの、このように生まれてきてしまったものはしょうがない。
なのでわしはこれ以上深く問うことはせずに、寝相を少し整えて本格的な睡眠に入ることにした。
「そうなの? じゃあ僕は寝るね。やっと眠気が……」
「うん、おやすみなさい。周囲の警戒は僕がしとくから、光君は無警戒でいいよ」
ほう。無警戒とな?
もちろん勇殿の警戒能力はわしの武威センサーに遠く及ばん。
しかし、勇殿もかつての時代でいえば齢15を迎えた立派な大人。
その大人が周囲の警戒をしてくれるとなれば、それに甘えるほかない。
つーかこれまではわしがこのわっぱたちに全てを頼るということなどありえんかった。
勇殿や華殿。そして幼き頃からわしとともに育ってきたその他の者たち。
現世において彼らがくぐってきた修羅場の数はそんじょそこらの戦国武将に劣るわけではないけども、その多くがわしの配慮やコントロール下における戦じゃった。
ところが今の勇殿の言は、それら過去におけるわしの配慮をそっくりそのまま返すかのごときもの。もちろんそれを鵜呑みにするだけの信頼は勇殿に対して持っておる。わしの本能がそう言っておるのじゃ。
でも実際にこういう風に頼りにできるあたり、わしの仲間たちも立派になったもんじゃ。
少し嬉しいぞ。
「じゃ、お言葉に甘えて……おやすみなさいぃ……」
これを嬉しい誤算とでもいうのじゃろうな。
なにはともあれ、そんな短い会話で勇殿の成長を認識したことに、わし自身ほっこりした気分で瞳を閉じる。
「うん。おやすみなさい」
そんな勇殿の言が最後まで耳に入ってくるのを認識し終える前に、わしはすとんと深い眠りに入ってしまった。
いや、わしも結構疲れておったのじゃろう。警戒心を解いた途端、この様じゃ。
そして睡眠というものは本人もそれに気づかぬまま、数時間の時の流れをもたらす。
「光君。起きて……」
まずは耳元で小さくささやく勇殿の声。そしてわしの肩をトントンと優しく叩く勇殿特有の起こし方。
これは現世において何十回も経験したことのある目覚め方じゃ。
なのでわしは驚くこともなく穏やかに睡眠から目覚めた。
「う……うん……」
「起きた?」
「……うん。起きた」
勇殿と短くやり取りし、その間にもわしの五感はその感覚を取り戻す。
勇殿の右肩からカロン殿も顔を覗かせておるが、それも特段驚くことでもない。
だけどな。こういうタイミングでおかしな発見をしてしまうのが現世におけるわしの運命(さだめ)じゃ。
おかしな発見というか……その、あれじゃ。続々と明らかになる冥界四天王のよくわからん特性が、またも明らかになったのじゃ。
「あのね。なんかね……」
まずはなぜか突然もじもじとし始めた勇殿の雰囲気。
その雰囲気にわしが首をかしげておると、勇殿の背後からカロン殿が話しかけてきた。
「森が騒いでいるよ」
……
……
わからん。
まったくもってわからん。
あれか? 思春期特有の黒い歴史とかいうやつか?
しかし、そういい放ったカロン殿の瞳はしっかりと光を灯しておる。
決して幻覚や世迷言の類ではない。
じゃあ何か? この会話の流れはさらに発展させねばならぬのか?
うーん、嫌じゃな。
わし、知ってのとおり精神年齢はもはや55に達しようという、言うなれば“いい大人”じゃ。
そのわしがカロン殿の黒い歴史に名を刻んでしまうのは……
「なんかね。カロン君が森の動物たちの言葉わかるんだって。それでね……」
しかしながら勇殿がマジな顔で不可思議な言をかぶせてきたので、わしも抵抗する術を失う。
反論の類はあきらめ、会話の流れに思考を任せることにした。
と思ったけど……
「なんか人間がたくさんこっちに向かってるって……森の鳥たちがそう言ってるらしいんだけど……」
「うん。鳥たちが騒いでるんだ。また人間たちの激しい戦いが始まるから隣の山に逃げようって……これ、敵の奇襲だよね?
光君? いつものやつ、やってくれる?」
待て待て待て待て。
カロン殿!? すんげぇマジな顔してるけど、だいぶやばい人だからな、それ!
あと、勇殿!? なんで勇殿そっち側に行っちゃった?
「うん、わかった」
でも寝起きから2人のマジな雰囲気に押され続け、強く言えないわし。
というかカロン殿が“いつものやつ”とか言ってきたので、わしは半信半疑ながら武威センサーを広げることにした。
そして数秒。
「敵襲ーッ! みんなァ! 起きてーッ!」
わしの武威センサーに30ほどの武威使いが反応を示し、わしは即座に叫ぶ。
敵はまだこの山のふもと。こちらに気づかれまいとゆっくり進軍しておるので、衝突までにはまだ時間の余裕があるが、そんな悠長なことを言っておる場合ではない。
わしの叫びに熟睡しておった者たちが即座に目覚め、警戒態勢に入る。
わし自身も枕代わりにしていた金属バットを慌てて握りしめた。
「なんでこの場所が!?」
いや、そうじゃない!
時間に多少の余裕があるなら、その時間を利用してカロン殿に問わねばならぬことがあるんじゃ!
「カ、カロン君?」
「ん? なに?」
皆がせわしなく戦闘準備を進めるのを脇目に、わしはカロン殿に話しかけた。
「その能力は……一体……?」
しかし、カロン殿から返ってきた言は、わけのわからないもの。
「ふっふっふ。これ森羅万象を操る神の御業……名付けて……」
「名付けて!?」
「えーとぉ……名付けて……うーん。動物とのコミュニケーション……術……?」
ふっつーう!! 普通過ぎるじゃろ!
いや、わかりやすいけども!
てゆーか、今適当に考えたじゃろ!?
てゆーか、動物とコミュニケーションが取れる? おいおいっ! それもなかなかに素敵な能力じゃな!
――じゃなくて!
「光君っ? 敵はどこから? 距離は?」
その時、心身ともに戦闘準備が済んだであろうあかねっち殿がリーダーっぽく、わしに問うてきた。
「方向はあっち! 数は30ぐらい! 大した武威を持っているやつもいない。でも遭遇まであと数分かかりそうだから……」
そう、もう少し時間がある。だから……そう、だから……
「じゃあむしろこっちから急襲してやるか? お前ら? 準備はいいか!?」
「うぇーい!」
「おっけーッ!」
「えぇ」
「も、もちろん……」
「奇襲返しー、やっほーい!」
カロン殿に聞きたいことはまだ山ほどある。
しかし、三原のあおりを受けた他のメンバーそれぞれが戦特有の血気を湧きあがらせ、そのまま敵のおる方角へ向かって走り出した。
走り出す直前、わしがカロン殿を再度見てみれば、カロン殿と目が合った。
「光君? 詳しくは戦いながらということで……それより、ふっふっふ。戦だ、戦ッ!」
皆々が好き放題に敵に向かって跳躍を進める中、わしはカロン殿の背後をぴったりマークすることにした。