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 セシリーナは落ち着きを取り戻して長椅子に腰を下ろす。

「私は、この世界の町や村が閉鎖的であることが不景気の原因のひとつだと思っているんです。もっと貨幣が流通しないことには経済は潤いませんよね」
「まあな。身も蓋もないことを言えば、経済を回すためにはたくさんの人がたくさんのお金を使う必要があるんだろうな」
「そう。そうすればお店も儲かりますし、それによって価格が見直されて商品がお買い得になって、また物が売れたりお店同士が良い商品を作ろうと競争したりして経済が活性化すると思うんです」

 なにせお金が出回らないことには不景気は加速していくばかりだと思うのだ。人びとがもっと開放的で自由になり、お金を使おうという目的が必要だ。旅行は交通も宿泊もお土産も必要な抱き合わせ商品だから、人びとは見知らぬ町や村がガイド付きで行けて安全で楽しいし、旅行客の来た土地は物が売れたり新しい情報が入ったりして盛り上がる。まさに一石二鳥だ。
 アベルはセシリーナの話を聞き終えてから、ふと疑問を口にする。

「おまえの話はわかった。説得力があるな。ひとつ、おまえの話を聞いていて引っかかったんだが、おまえさっき『この世界の――』みたいな言い方をしなかったか?」
「え?」
「いやなんつーか、普通の物言いじゃないというか、なんだか他の世界でも見てきたような言い方だな」
(そっか、私が転生者で前世の記憶があるなんてアベルは知らないんだった……)

 異世界から転生してきたなどと言っても、そう簡単には信じてもらえないだろう。信じてもらえるかどうかは別として、いつか彼に本当の話ができたらいいなと思う。
 言葉に詰まっているセシリーナの気持ちを察してか、アベルが後ろ頭を掻いた。

「……困らせて悪かった。余計な詮索だったな。ともかく、おまえの主張はよくわかったよ。基本的には俺もおまえの意見に賛成だ。旅行会社の設立についてはシュミット家の財力があればわけないだろうな。ただ、肝心の旅行商品――パッケージ商品だっけか、それについての具体的な案はあるのか?」

 会社を新設しても売り物がなければ意味ないだろ、とアベルは言う。その質問を待っていましたとばかりにセシリーナは身を乗り出した。

「私、良いことを思いついていたんです! アベルはローレンス家のご出身で、父上から聖剣を受け継いで聖騎士としてご活躍されているんですよね?」
「ああ、なにをいまさら……。活躍しているかどうかは別として、一応聖騎士だな」
「そう、アベルは現在この世界唯一の聖騎士なんです! 出身のローレンス家には、今まで歴代の聖騎士たちが竜王と繰り広げてきた戦いの冒険譚の記録が全部残っていて、アベルはその教えを受けてきたんですよね?」
「そりゃ、もちろん。俺が聖騎士の代に竜王が復活しても退けられるように歴代の聖騎士たちの残してきた虎の巻は全部頭の中に叩き込んである。戦い方もな」

 ――うんうん、素晴らしい!

「そんなアベルの素晴らしい実力を活かして、私は旅行会社のパッケージ商品の内容として歴代の聖騎士と竜王の冒険の旅で立ち寄った町や村、ダンジョンに観光に行こうーってコンセプトはどうかと思うんです!」
「は、はぁああ!?」

 アベルが、急になにを言いだすのかと驚きに椅子から転げ落ちそうになる。

「ばっ……、おまえな、町や村はまだしも聖騎士と竜王が立ち寄ったダンジョンって魔獣とエンカウントする洞窟や野山のことだろ!? そんな危険極まりねぇところに戦う術のない旅行客を連れて呑気に観光なんかできるわけねぇだろ」
「そのあたりは呑気な私でもさすがに考慮してます! まず、幸いと言っていいと思うんですがまだ竜王が復活していないので、魔獣はいますけどとっても数が少ないですししかもおとなしいですよね。だから極めて命の危険は少ないと思うんです」

 この世界にはびこる魔獣たちは、竜王が復活すると数が増えてしかも凶暴化する。そうすると要人や旅人や商人も極力魔獣の縄張りに出歩く回数を抑えるのだ。
 もっと俺を説得してみろと言わんばかりのアベルに、セシリーナは言葉を続ける。

「さらに、聖騎士であるアベルはこの世界で誰よりも強い、だって世界征服を企む竜王と渡り合えるくらいなんですから。アベルがその聖剣で旅行客の皆さんを守ってくれれば観光中に魔獣の危害が加わることはないはずです!」
「……ん? ちょっと待て。俺もその壮大な事業計画に加わってるのか?」

 なにかの聞き間違いかとアベルは頬を引きつらせる。セシリーナは当然とばかりに何度も頷いた。

「もっちろんです! この事業計画はアベルなしには成功はありませんから!」

 とくに深い意味はなかったのだけれど、なぜかアベルは少しだけ耳元を赤くした。

「そ、そうか……。おまえは俺なしじゃ困るわけだな。わかった、話は聞くよ」
「ありがとうございます……? アベルはあいかわらず優しいですね!」

 見当違いのことでも言ったのか、彼は肩透かしをくらったとばかりに頭を抱えた。

「……おまえの鈍感なところもあいかわらずなのな。それで、おまえの旅行会社とやらで俺はなにをすればいいんだ? 本業の騎士業もあるからできる範囲での協力になっちまうけどな」
「うんうん、アベルに無理のない範囲でご助力いただければ充分です。だからアベル、一生のお願いです! どうか私の会社の従業員になってください!」

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