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上洛の弐


「はぁはぁ……えい! とう! はぁはぁ……ほい! はぁはぁ……」


 新撰組を無事に迎撃し、しかしながらその後すぐにわしらは京都駅から移動を始める。
 呼吸を乱しながら、わしらは比叡山の山中を跳躍移動しておった。

 ちなみに戦闘直後の京都駅では、破壊された新幹線車両を見つめながらクロノス殿が半べそをかいておったけど、それも無理やり連れてきておる。

 あの新撰組を相手に重傷者なし。皆、軽微な傷や打撲程度の被害に抑えておる。
 ふむふむ。わっぱだけのチームでこの戦果なら上出来じゃ。

 しかし相手はあの陰陽師の諜報員連中……これからどんなビッグネームが出てくるかわからん。
 油断なんてしておる場合ではない。
 何よりも、奇妙なことに比叡山には目立った武威反応がない。それが不気味じゃ。

 なぜ新田殿たちが逃げ込んだこの山々に追手どもの武威反応がないんじゃろうな。
 もしや……新田殿たちが捕まった――?

 いや、それはない。
 もし新田殿たちが捕まりそうになったら、彼らはその直前にでもわしの携帯電話に再度助けを求めてくるじゃろう。
 それがなかったのじゃ。まだ無事に逃げおおせておると考えるのが妥当じゃな。

 それに実のところ、比叡山延暦寺の主な施設はわしの生まれた滋賀県に位置しておる。
 京の街中からそこまで逃げたんじゃ。鴨川殿はまだ若いからいいとして、新田殿……齢80を超えてなおその距離を移動するとは、見事な健脚じゃ。
 そんな健脚を見せた新田殿だからこそ、まだ捕まっておらんと考えるのが妥当なのじゃ。

 何はともあれ、山々がこの状況と不釣り合いなほどに静かじゃな。
 わしにとってそれが逆に比叡山全体を不気味な山とさせておる。

 そして、そんな静かな山々に響く3人の声……。

「いぇーい!」
「あの新撰組をやっつけたぜーい!」
「俺たち最強ーッ! うぉっふぉーい!」

 クロノス殿以外の冥界四天王がめっちゃはしゃいでおるんじゃ!
 落ち着けよ、と。

 ……いや、まぁよかろう。15歳程度の精神年齢にとって“新選組撃破”の武功は大きなものじゃ。
 今ぐらいは無邪気にはしゃぐ15歳の若人として放置してやろうぞ。

 わしとしては誰が近藤勇や沖田総司を倒したのか――つまりは誰が本多忠勝に相当する戦闘能力を持ち合わせておるのか知りたかったけどな。
 あの時のわし、土方歳三を相手にしておってそんな余裕はなかったから、まぁ今回は諦めておこう。
 いずれこの4人が徳川四天王のどの人物に該当するか、突き詰めてやろうぞ。

 それはそうと電話じゃ。
 わしの武威センサーは武威を持っておらん新田殿たちを補足できんから、ここは電話で新田殿たちの居場所を確認せねばならんのじゃ。

「おいしょっと……」

 小さくそうつぶやきながらわしはポケットに手を入れ、携帯電話を取り出す。
 携帯電話の発信履歴から新田殿の名前を見つけ出し、わしは新田殿に電話をかけた。

 ぷるるるるる……ぷるるるるる……

 数秒の後、新田殿と通話がつながった。

「もしもし?」
「はぁはぁ……大変です、三成様……ヤバいです……ガチでパないです……」

 もうさ。日本語がおかしい。大丈夫か、新田殿?
 さっきよりも切羽詰まった感じになっておるけど、わしらが新幹線で移動しておったこの数時間で何があった?

 いや、待て。
 まずは新田殿との合流が先じゃ。

「落ち着け、新田殿。今どこじゃ?」
「はぁはぁ……今は……延暦寺の西塔の……はぁはぁ……西塔の近くの物陰に隠れています……」
「うむ、わかった。すぐにそちらに向かう。電話を切るぞ」
「は、はい……お願いします……」

 ここでわしは携帯電話をポケットにしまい、一度跳躍移動をやめる。
 その動きに呼応して皆も動きを止め、わしは隣の木の枝に着地しておった三原に問いかけた。

「三原ァ?」
「おう。なんだ?」
「新田殿たちは延暦寺の西塔というところにおるらしい。どこかわかるか?」
「あぁ、西塔なら……あっちだな」
「よし、行こう」

 そしてわしらは再度跳躍移動を開始する。
 木の枝から木の枝へ。ぴょんぴょんと跳び伝いながら、わしはここで小さな違和感に気付いた。

 今わしらが向かっておる方向、やっぱり武威センサーによる反応がないんだけど、と。

 不思議じゃ。わしはてっきり新田殿たちが武威使いの追手に追われているものだと思っておったんじゃ。
 じゃあ何か? 新田殿たちがすでに敵の追手を片付けたとでもいうのか?

 いやいやいやいや。それこそあり得ない。
 ではなぜじゃろうな――いや、それは新田殿から話を聞けばわかるじゃろう。

 数分後、暗闇にぼんやりと浮かぶ古めかしい建物がわしの視界に入ってきた。

「新田殿ーッ! わしじゃーッ! 石田三成じゃーッ!」

 延暦寺西塔に到着するや否や、わしが暗闇に向けて大声で叫ぶと、20メートルほど離れたところの縁の下から1つの人影が現れた。

「はぁはぁ……待ってました、三成様……」
「うむ。無事で何よりじゃ」
「やべぇっす……チョベリバです……」
「まずは水でも飲め。ほら、これをくれてやる」
「ありがとうございます」

 もちろん、その人影は新田殿。過酷な山中移動の結果、まだ息が乱れておるが――あと、やっぱり日本語がおかしくなったままじゃが、紛れもなくわしの知っておる新田殿じゃ。
 幸運にも新田殿の四肢は健在、目立った傷も見当たらな……ってあれ? 鴨川殿は?

「鴨川殿はどうした?」

 なんとなくそう問いかけたわしじゃったが、その言を聞くや否や、新田殿が飲んでいた水を「ブシャーッ」って綺麗に吐き出しやがった。

「げほッ! げほッ!」
「お、おい! 大丈夫か!?」
「そう! 大変なんです! 鴨川さんが……鴨川さんが……」
「どどど、どうしたんじゃ? 鴨川殿に何か?」
「私を救うため、あえて自ら“柳生一族”に捕まりました!」

 ……

 ……

 もうさ。嫌じゃ。
 柳生一族って……。

 おいおい……どうするよ……? 日本最強の剣客集団やんけ……。
 なんでこうもまた厄介な敵が次から次へと……。
 こんちくしょう……。

 しかもその柳生一族に鴨川殿が捕まっておるじゃと?
 めっちゃ苦境やんけ!

「まーじーかーぁ……」

 状況を飲み込んだのはわしだけでなく、わし以外の皆も一気にテンションを落とす。
 しかしそれを知ってしまった以上、鴨川殿を放っておけるわけなどない。
 わしや勇殿、そして華殿の生みの親である新田殿。そしてわしらに法威を授けてくれた鴨川殿。
 このコンビには決して小さくはない恩義があるんじゃ。

 なのでわしは無理矢理テンションを上げ、新田殿に問うた。

「そうか、わかった。して、鴨川殿の行方は?」
「分かりません……」
「敵の数は?」

 その問いには三原が答える。

「相手が柳生なら、その数はおよそ40……皆一流の剣客揃いだ……」

 多いな。
 しかも三原が褒めるぐらいじゃ。相応の戦力なのじゃろう。

 しかし、それならば鴨川殿の居場所は把握できる。
 わしの武威センサーの限界範囲ぎりぎり、ここから西南西におよそ10キロ離れた地点に40近い武威反応が集まっておるんじゃ。
 他にこれほど大所帯の武威反応はないから、この反応が十中八九柳生一族じゃろう。

 そして鴨川殿はまだ生きておるということも明確じゃ。
 今回の事件――敵の狙いは確実に華殿じゃ。
 いや、華殿を攫った先に何が待っておるのかはまだわからんけど、今のところ敵の目的は華殿の誘拐にある。

 そんでもってその目的を無事に達成するため、敵にとって邪魔なのはわしら。わしらが華殿を取り返そうとするのは敵にとっても容易に想像しやすいし、わしらもその通りに行動してきた。
 んで鴨川殿と新田殿はそんなわしらをおびき出すための“エサ”として選ばれ、狙われることとなる。

 ここまではわしの想定内。

「罠だな」
「罠だね」
「罠よ」
「わ、罠かも……」
「罠じゃね?」

 みんなうっさいなぁッ! 分かっておるわ!

 しかしここでけんかをおっぱじめておる場合でもない。
 わしは皆の言に耳を傾けておるふうを装いつつ、思考を続けた。

「光君? どうするの?」

 武威センサーに意識を集中しながら「うーむ」と唸っておると、いつの間にか吉継と入れ替わっておった勇殿が話しかけてきた。

「敵の居場所……多分そこに鴨川さんもいると思うんだけど、その場所は分かっているんだよねぇ」
「え? ほんと?」
「うん、こっちの方向……西南西かな? その方向に、ここから10キロぐらい離れた場所……そこに40人ぐらいの武威反応があるんだ。これ、確実に鴨川さんを攫ったやつらの反応だよね?」

 そしてここで三原も会話に入ってきた。

「くっくっく。光成……? 相変わらず便利な能力だな」
「今更褒めるな、三原よ。それで……ここから西南西に10キロ離れた場所というと?」
「ちょっと待て。今調べる」

 そんで三原がスーツのポケットからスマートフォンを取り出す。
 よくよく考えたら武威センサーを持つわしこそ、ガラケーではなく地図表示が簡単にできるスマートフォンを持つべきなんじゃないか? 今度寺川殿にお願いしてみよう。
 とか考えておったら、三原が再度口を開いた。

「わからん……その場所にはこれといった陰陽師勢力の施設はない。鴨川が流れているが……その周囲に我々を待ち構えて、その上柳生のやつらが十分に戦えるような広い場所はというと……特にないんだよなぁ。鴨川の河原ぐらいしか……」

 ぶぁっはっはっは!
 鴨川殿が鴨川のほとりで捕まっておるじゃと!?
 鴨川殿だけに、捕まっている場所がピッタリすぎて面白すぎる!? もうなんだったらそこで死ねれば本分じゃろ! この罠、無視するか!?

 ――じゃなくて! そんなふざけてる場合じゃないんじゃ!

 ふーう……ふーう……。

 わしは極度に上がりかけたテンションを一度収める。
 戦のせいかな? 先程からテンションの上がり下がりが激しいけど……まぁ、華殿が攫われたんじゃ。これぐらいの精神の不安定さは仕方なかろう。
 むしろそれを自己認識できてるあたり、わしの感情もだいぶ落ち着いてきたと見える。

 じゃあ気合を入れ直し、次は“対柳生一族戦”じゃ。

 と、わしは皆に下知を出す。

「とりあえずそこに行ってみよう。行かなきゃなんにもわからないからね。敵は柳生一族。みんな、気を引き締めていくよ!」
「うぃー!」
「いぇーい!」
「うっしゃー!」

 わしの言に冥界四天王の3人――いまだ精神の回復をはたしていないクロノス殿以外の3人が威勢よく答え……そして新田殿が慌ててわしらの会話に入ってきた。

「三成様? 私は……私はどうしましょう?」
「うーん。新田殿はしばらくここに隠れていてくれ。はい、これ。食料と水じゃ。これで一晩耐え忍んでから、明日の朝にでも滋賀県側に下山して……あとは佐和山あたりまで逃げれば大丈夫だと思うぞ」
「そうですか……わかりました……ご武運を」
「ありがとう。でも、また後でいろいろと連絡すると思うから、その都度よろしく頼む」
「はい」

 最後、そんな感じで新田殿と会話をし……ここでわしは重要な“疑問”を思い出す。

「あっ、そうだ。新田殿?」
「はい?」
「敵が華殿を攫った理由、わかるか?」
「すみません、今私の後輩が調べているところです。京都陰陽師勢力が真っ二つに割れるほどの事件。私としてもいったい何が起きているのやら……」
「そう、わかったら連絡をくれ」
「えぇ、もちろん。でも現段階で分かっていることが1つあります」
「おっ、何じゃ?」


「敵の首謀者……なんでも、“明智光秀”と“松永久秀”の転生者が絡んでいるとか……」


 嫌なコンビだなっ、おいッ!

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