前哨戦の参
「三成? 起きれるか?」
自身の体を揺する手と、よく知った声に促されてわしは目覚めた。
場所は先程まで戦っていた場所から少し離れたビルの屋上。隣にはあかねっち殿やよみよみ殿が倒れたままで、わしはというと吉継に体を揺さぶられている。
どうやら吉継がわしらをここへと運んでくれたのじゃろう。例の高速道路ではすでにお巡りさんが到着し、パトカーのランプが近隣の建物を照らしておる。
だけどもはやあっちは関係ないので、事後処理はお巡りさんに任せておこう。
「ぐ……しびれが残っておるな」
わしはそう答えながら体を起こす。
とはいえ延髄に綺麗な一撃をくろうたため、まだ体の各所にしびれが残っておった。
でもこれも大したダメージではない。
「そうか。まだ寝ておけ」
「おう、そうする。勇殿の体は?」
「勇多の体なら大丈夫じゃ。致命傷は免れた」
「ほかの2人は?」
「左近と直継の2人も無事じゃ。もうしばしすれば2人も目覚めよう」
「そうか。なら一安心じゃ」
そしてわしは再度体を横にする。
「ふーう」
大きくため息をつき、意識がはっきりしてくるのを待って思考に入った。
「……」
あの状況。わしらは命を取られてもおかしくはなかった。
薄れゆく意識の中で聞こえてきた会話……卜伝……。
あの男は間違いなく剣聖として名高き“塚原卜伝”の転生者じゃろう。
“剣豪”に“剣聖”……なんというやっかいな組み合わせじゃ。
いや、今は卜伝について考えておる場合ではないな。
華殿の命。
敵は華殿をさらっただけであり、やはりその命が目的ではないようじゃ。
わしらの命ですらかろうじて生き長らえたこの状況じゃ。
華殿の命が目的なら“さらう”などという面倒なことはするはずがなく、さっさと華殿を殺害するであろう。
それをしなかったゆえ、敵の目的は華殿の誘拐にあると断言できる。
では何のために華殿をさらった?
何かのための人質?
しかし、どんなに考えてもその答えは出ない。
わしはあかねっち殿とよみよみ殿の様子を確認し、そして視線を吉継に戻す。
一応2人は気を失ったままうーうー唸っておる。この様子じゃもうあと数分もすれば目覚めるじゃろう。
なので2人はそのままにしておこうぞ。
「吉継よ?」
「なんじゃ?」
「なぜ華殿がさらわれたか……わかるか?」
「こっちが聞きたいぐらいじゃ」
まぁ、そうじゃろうな。
しかし相手はわかっている。宮本武蔵。そして塚原卜伝。
あやつらはおそらくどの勢力にも属していないじゃろう。
いや、そういう輩は決まってある組織に属しておる。
京都陰陽師勢力。
そうじゃ。
この時代において、あのような輩は決まって陰陽師の諜報員となっておる可能性が高いのじゃ。
源義仲たる三原や、上杉景虎たる虎之助殿のようにな。
さすれば――いや、やはりといったところか。
ここは三原に聞いてみようぞ。
「どうしたのじゃ?」
「今から義仲に電話をかける。少し待ってくれ」
「あぁ。しかしなぜ義仲殿に?」
「聞いてみたいことがある。今回の敵はおそらく京都陰陽師勢力。義仲もその一員じゃ」
「ぬう。面倒なことになりそうじゃな」
「この世は常に面倒ごとばかりじゃ。ふっ」
と、わしは体を横たえたままズボンのポケットに手を伸ばす。携帯電話を手に取り、三原に電話をかけた。
呼び出し音が数回鳴り、三原が電話に出た。
「何が起きてる?」
電話に出るなりこのセリフ。どうやら三原も異変に気付いておるようじゃ。
いや、わしの一軒家城の周囲に展開していた警備の関ケ原勢力メンバーはすでに武蔵たちと一戦やらかしておる。
この事件がすでに小さなものではないことは明白な事実だし、その関ヶ原勢力の誰かが三原に連絡してくれたとも考えられる。
またはジャッカル殿たちのうちの誰かとも……。
ただ、ここで1つ大きな問題がある。
三原はいくつもの顔があり、京都陰陽師勢力の諜報員という顔もそのうちの1つにあたる。
ゆえに発生する大きな問題じゃ。
三原は……敵か味方か……?
その懸念が頭に浮かんでいたため、三原に電話するときのわしは少し緊張しておったわけじゃが、三原の第一声はそんなわしの懸念を払しょくするものであった。
状況が飲み込めず、わしに即座に情報提供を求める三原。
これ、完全に華殿誘拐作戦が三原抜きで行われたという証拠じゃ。
三原よ、疑ってごめん。
「華殿が誘拐された」
「それは聞いている。相手は? 逃したか?」
「あぁ、逃してしまった。すまぬ」
「ほう。お前が敵を逃すとは珍しい。怪我は?」
「大丈夫じゃ。わし以外の3人にも深い傷はない」
「その犯人にめぼしはついているのか?」
「あぁ。宮本武蔵に塚原卜伝。知っておるじゃろ?」
お互いに短いやり取りで情報共有を試みるわしたち。
しかしわしが2人の名前を出したら、三原が少しの間沈黙した。
「……」
そして何かを覚悟したように三原が言った。
「わかった。今回は“対陰陽師戦”というわけだな? それでお前たちはどこにいる? 一度俺の事務所に戻ってこい。来れるな?」
うぉーい! 三原よ、思考の展開が早すぎるんじゃ!
おぬし陰陽師勢力の諜報員じゃろ!? なんでそんなに早く裏切りを決定できるんじゃ!?
ありがたいけども!
ありがたいってゆーか三原とわしの関係も決して短くはないし、なんだったら寺川殿含め家族みたいな関係になっておるから、三原がこちら側についてくれる可能性は決して低くなかったけども!
そこらへんはむしろあっさり裏切りを決めないでくれ!
――いや、落ち着け、わし!
「ふーう……ふーう……」
どうでもいいけど、頭の隅で“いざとなったら明光を人質にとってでも三原をこちらに引き入れよう”などと考えておったわしは下衆じゃな。
この作戦を思いついてしまったことは墓場まで持っていこうぞ。
「どうした? 怪我でも負ったか?」
「いや、大丈夫じゃ。すぐに事務所に向かう」
「あぁ、詳しくはそこで」
「それじゃあ」
そしてまたしても短いやりとりで会話をこなすわしと三原。
それにしても、やはり宮本武蔵と塚原卜伝は京都陰陽師勢力の諜報員だったな。
くそ、道三殿の言っておったことが現実になってしまった。
京都陰陽師よ。いったい何を狙っておる?
わしは唇を噛みながら携帯電話をポケットへとしまい、吉継に話しかけた。
「吉継? これから義仲の事務所へ向かう。よみよみ殿を運んでくれ。わしはあかねっち殿を運ぶ」
「あぁ、わかった。しかし……義仲殿は……? あやつは敵勢力の一員だったのでは?」
「その心配はない。むしろ率先してこちらにつくと言ってくれた。しかもじゃ。“対陰陽師戦”。やつはすでに壮大な戦を仕掛けようとしておる」
「お、おう。すごいな、源義仲という男は……」
「うん、化け物じゃ。あっ、そういえばジャッカル殿たちも呼ばないとな」
そしてわしは再度携帯電話を手に取り、クロノス殿に電話をする。
着信履歴の2番目にクロノス殿の名前があったからじゃ。
そんでもってクロノス殿に事情を話し、三原の事務所へと来るように伝えた。
「よし、行くぞ!」
「おう!」
その後、わしらはすぐに跳躍の準備へと入った。
パトカーや事故処理車が十数台到着し騒然とする高速道路の事件現場を横目に、わしらは再度跳躍移動を開始する。
数分後、親しみ深き例のショッピングモールが見えてきた。
一般客がまだ行き来するモール内を走り抜け、わしらは三原の弁護士事務所へと駆け込む。
「こっちだ」
そして三原に促されるまま、事務室の隣にある小さな会議室へ。
三原の他に、寺川殿も明光を抱きながら待っていてくれたけど、今は明光をあやす余裕などない。
いや、余裕がなさ過ぎて心があらぶっておる。ここは明光の頭でも撫でながら心を落ち着けようぞ。
「華殿が……華殿がさらわれた……」
明光の頭を優しく撫でながらそういうわしに対し、寺川殿は穏やかな笑みを返してくれた。
「大丈夫。華代ちゃんは絶対大丈夫。というか追跡はあなたの十八番(おはこ)じゃない? あなたたちが絶対助けるんでしょ? だから絶対に大丈夫よ!」
そうじゃ。わしの武威センサーは追跡行動にもその威力を発揮する。
うん。大丈夫じゃ。華殿は絶対に助ける。
そう、絶対に……!
やはりねね様たる寺川殿の言はわしの心に響くな。
響くというか、前世でわしらの母親代わりだったねね様の声は、本能的なレベルでわしや吉継の心を落ち着けるんじゃ。
「光君! そうだよ! 絶対に華ちゃんを助けよう!」
いつの間にか吉継と入れ替わっていた勇殿にも励まされ、わしは平常心を取り戻す。
平常心――いや、これは戦の前の高ぶりに似ている。
よし、いつもの調子が戻ってきた。
「ジャッカル君たちが着き次第、作戦会議を始めよう」
そう言いながらわしは椅子に座り、ここであかねっち殿とよみよみ殿が順番に目覚めた。
「ち……ちくしょう……」
目が覚めるや否やよみよみ殿が悔しそうにそうつぶやいたけど、無理もない。
続いてジャッカル殿たちが到着し、少しの騒然の後に各々が静かに席に着く。
「じゃあ会議を始める。けど、その前に……確認をしておかねばいけないことがあるんだ」
わしの言に全員が不思議そうな表情を浮かべる。
でも先にこの人物に連絡――というか確認を取らねば、戦いようにも戦えない。
「京都の新田さん……皆、覚えているでしょ?」
そうじゃ。京都陰陽師の……引退でいいのかな? その、陰陽師を引退した新田殿に確認を取らねばならんのじゃ。
果たして京都陰陽師勢力の中で何が起きておるのか?
またの場合、新田殿と鴨川殿はわしらと陰陽師勢力のどちら側につくのか。
もしあの2人が陰陽師側につくとして――その場合は宣戦布告をせねばなるまい。
願わくば三原のようにこちら側についてもらいたいものじゃが、ある意味武威お化けたる華殿の生みの親みたいなものだから、マジで新田殿の立ち位置は重要じゃ。
と、そこまでを認識し、わしはまたまた携帯電話を手に取る。
プルルルル……プルルルル……。
数度の呼び出し音の後に、電話がつながった。
「はぁはぁ……ちょうどよかった……三成様? 助けてください……追手が……」
うぉーい! 新田殿、めっちゃピンチっぽいやんけ!
新田殿、おそらくは京都陰陽師勢力の刺客から逃げ回ってる最中じゃな!?
これ、敵か味方かを聞く以前の問題じゃ。
「大丈夫か? 今どこにおる?」
「比叡山の山中です……この歳で登山は……はぁはぁ……ひーひー……鴨川さん? ちょっと待って」
「しっかりしてください! 早く!」
電話の向こうから鴨川殿の声も聞こえてきた。
あっちはあっちで大変そうじゃ。
さすればのんびり作戦会議をしておる場合ではないわ。
「新田さんがピンチっぽい。今すぐ京都へ行こう! クロノス君? 東海道新幹線のダイヤは……知ってるよね?」
「うん。もちろん覚えてるよ」
「京都行の最終便は」
「東京発、新大阪行、新幹線のぞみ265号。東京駅の出発は21時23分だから、まだ間に合うよ」
ちなみに新幹線のダイヤは在来線と同じく、毎年の春、微妙にダイヤ改正を行っておる。
それを毎年覚えて何の意味があるかと問えば、クロノス殿は「だからこそ覚える意味がある」と答えておった。
多分これは哲学じゃ。
いや、今はそんなことどうでもいいな。
問題は京都へ乗り込むメンバーの人選。
華殿がさらわれたぐらいじゃ。わしの家族やみんなの家族にも護衛をつけなくてはならないからな。
「少数精鋭で行かないとね。大所帯でどしどし京都へ乗り込んだらそれこそ敵にとっていい的だからさ」
じゃあ結局京都に乗り込むのは……?
もちろんこの話もすんなり決まるわけがない。
わしとしては、さすがに京都に連れて行くのは無理であろう康高に対する相応の護衛を残して東京におきたかったのじゃが、誰一人として留守役を引き受けようとせん。
すったもんだの議論の末、行くのはわしと勇殿、そしてあかねっちによみよみ殿。それと絶対に助けに行くと意気込んでいる冥界四天王の4人。
康高の警護は東京に残ることとなった寺川殿に任せるとし、計8人のわっぱチームと保護者役の三原で敵陣に乗り込むことにする。
こうして、わしらは久しぶりに京都へ上洛することとなった。