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前哨戦の弐


 宮本武蔵。

 言わずと知れた剣豪じゃ。

 しかし現代の宮本武蔵はどうやらそのイメージと程遠く、恰幅(かっぷく)のよいおじさんじゃ。
 見た目は50代半ばといったところか。

 とはいえわしもこやつについては日の本屈指の剣豪だということ以外はよく知らん。
 歴史資料によれば、関ケ原の合戦に出ていたとか出ていないとか。
 でもやつが活躍し始めたのは、わしが前世で死んだ後のことなんじゃ。
 ゆえにわし自身もやつのことをよく知らんのじゃ。

 いや、そもそもこやつが宮本武蔵でいいのじゃろうか?

「初めてお目にかかる。貴殿が宮本武蔵か?」

 わしの問いに対し、相手はにたーりと薄気味悪い笑みを浮かべる。

「そうですねぇ。その質問に答えるためには……なぜ、私たちを追いかけてこれたのか? という問いを返さなくてはいけませんねぇ」

 くっそ! なんじゃそのひょうひょうとした態度は!?
 やりにくいんじゃ!

 ――いや、相手のペースに飲まれてはならん。ここは冷静にいこうぞ。

「我々の情報網をなめるな」
「ほう。そうきましたか……。しかし、我々の車を確実に特定しつつ、後を追ってきましたよねぇ? さっきまで追跡の気配はなかったのに。
 これは一体どういうからくりなんでしょう?」
「それはじゃな……。わしの武……」

 武威センサーによる追跡じゃ! ……なんてことをばらしている場合じゃない!
 つーかなんでわしは質問攻めにあっておるんじゃ?
 おかしいじゃろ! どっちかっていうと、わしらがいろいろと聞きたい状況じゃろ!

 あと、そのキャラ気に入らんのじゃ!
 なんでそんなに物腰柔らかいんじゃ!?
 剣豪なら剣豪らしくどしっと構えておれよ!

「言えるか!」
「そうですか……それは残念……」

 うーむ。これがかの剣豪の本当の姿か。
 危うく油断しそうじゃ。

 いや、油断なんてしておる場合ではないんだけどな。

 そう――油断……。

 物腰柔らかく、なんだったら軽く頼んだだけでアイスの1本でも奢ってくれそうなほど気のいいおっちゃんキャラ。
 しかしその周囲に広がる武威は果てしなく深く、それでいて静かなものじゃ。

 いや、“武威が深い”という表現もなかなかに分かりにくいな。
 でもそう表現するしかないのじゃ。

 ただ深く……底の見えないような武威の気配。
 これは武威センサーを広げたわしだけではなく、隣に立つ吉継も肌で感じておるようじゃ。
 油断なんて決してできるものではない。

 さて、それはそうとそろそろ会話の主導権を握ろうぞ。
 相手がかの有名な剣豪だとしても、話術などの駆け引きにおいては知将の類に属するわしの方が上のはずじゃ。

「もうよい。わしはおぬしを宮本武蔵と定めた。いや、相手が誰であれ華殿をさらった敵には変わらん。
 それ以上でもそれ以下でもないからな」

 んでもって自然な流れで華殿をさらった理由について問いかける。

「何故華殿をさらった? その子はただのおなごぞ?」

 しかしながら嘘を交えたわしの問いに対して、宮本武蔵はただにたりと笑い返すのみ。
 華殿がただのおなごではないことを重々承知し、それについてわしがちっちゃい嘘をまいたことも一瞬で看破しておるようじゃ。

 さすればこれ以上の問答は無用じゃな。

「まぁよい。その車の中に華殿がおるのじゃな?」

 と、わしが最後に確認しておこうとして……

 そしてその言が終わる前に……


 吉継が動き出した。


「せいッ!」

 敵の背後に回り込み、右手に持ったプラスドライバーで武蔵の延髄を狙う。
 これはちょっとしたコンビネーションのようなものなんだけど、わしが相手の気を引いておる隙に吉継が敵の背後を取るという算段じゃ。

 しかし相手もやはり只者ではない。
 頼光殿並みの動きで背後に回った吉継の一撃をいとも簡単にかわし、次のタイミングで奇襲第2陣のごとく動き出していたわしの金属バットも防御する。

「くッ!」

 と悔しそうに短い声を出しつつ、これもわしの演技。
 その頃には吉継がワゴンタイプの車へと接近し、華殿の救出に向かう。

 ――しかし。

「ぐおッ! くッ! せい!」

 武威を開放しておるわしの意識をもってしてもほんの一瞬じゃ。
 敵は三原並の速度で吉継を回り込み、2、3の打撃戦をもって吉継を阻む。

 つーか武蔵の右手には木製バット。
 前世のあやつは木の棒を武器にしておったと聞いたことがあるけど、この時代にしっくりくる武器としてやはりそれを選んだか。
 わしと武器が被っておるんじゃ!
 でもそんなことは今この状況で問い詰めておる場合ではない!

「吉継! 華殿は一度諦めろ。先に4人でこやつを倒すんじゃ!」
「あぁ、そうじゃな。くそっ、華代を解放してやればもっと楽に戦えるのに!」
「でもそれはこやつが許さんようじゃ」
「さようでございますよぅ」

 わしと吉継の会話に武蔵が割って入り、お互いの緊張感が増す。
 わしらの奇襲に乗り遅れていたあかねっち殿とよみよみ殿が、ここでじわりじわりと動きながら左右に展開した。

「光君と勇君? 準備はいい? あとよみよみも。行くよ?」

 あかねっち殿がいつものようなリーダーシップあふれる言を吐き、わしらも頷く。
 一応わしら準備はとっくに終わっておるし、なんだったら奇襲に乗り遅れておった2人にわしが言いたかった台詞だけど、それを訂正しておる余裕もない。
 つーか本当に余裕がない。くっそ。三原を連れてくるんだった。

 しかし三原と合流してたら、武蔵たちを東名高速に逃がしてしまっていたじゃろう。
 それを思い出したわしは三原の顔を脳裏から消し去り、目の前の敵に集中した。
 集中しながらも、皆に声をかける。

「オッケー。吉継は左近と組んで前衛な?」
「あぁ」
「あかねっちは僕と後衛。よみよみは勇君と組んで」
「りょ、了解……!」
「じゃあいくよ! レディー……ゴー!」

 会話の最後、またしてもリーダーシップを奪い取りやがったあかねっち殿の掛け声で全員が動き出す。
 事前の話通り、吉継とよみよみ殿が一気に敵との距離を詰め、乱打戦に入る。
 と見せかけてスタッドレス武威を用いたわしも蛇行しながら敵との接近戦に入り、あかねっちもわしの指示を無視して接近戦に入った。

「ほう。そうきましたか……!」

 ふっふっふ。わしら4人じゃ前衛も何もあったもんじゃないんじゃよ!
 つまりこれもわしのついたちっちゃい嘘。訓練時、三原を相手にこういうわなを仕掛けたりしてたんだけど、兼続たるあかねっちがよくそれに気づいてくれたゆえの、4人一斉攻撃じゃ。

 んでそんなわしらの総攻撃を受け、武蔵が少しばかりひるむ。
 その隙にわしはスタッドレス武威を駆使して武蔵の背後に回り込み、四方を取り囲んでの猛攻撃を始めた。

 しかしそれを防ぐのが伝説の剣豪というものなんじゃろう。

 敵はやはり三原クラスの力を持っており、そう簡単に守りを崩せん。
 武威の充満した木製バットが優雅に宙を舞い、わしらの武器と甲高い衝突音を奏でる。

 などという表現が似合うほど、武蔵の動きは洗練されていた。

 しかしじゃ。わしら4人の猛攻ともあらば、たとえ相手が宮本武蔵であってもしのぎきれるわけではない。

「はぁはぁ……これは困りましたねぇ……はぁはぁ」

 武蔵から次第に余裕の表情が消え、やつの荒ぶる呼吸もはっきりと聞こえてきた。

 だけどじゃ。

「遅い……! いつまで待たせる?」

 とん……

 わしの背後から突然声が聞こえ、その少し後にはわしの延髄に激しい激痛が走る。
 首を通る中枢神経をやられたのじゃろう。四肢がしびれとともに脱力し、わしは地面に倒れこんだ。

「くそ……なにやつ……?」

 倒れこむ途中そう聞いてみたものの、わしの声は小さすぎて相手には届かん。
 薄れゆく意識の中、吉継たちも順番に倒されていくのを武威センサーで認識。
 戦闘がにわかに終わり、わしが完全に意識を失う寸前にはこんな会話も聞こえてきた。

「はぁはぁ……卜伝(ぼくでん)さん? あなたまで出てこなくてもよかったのに……はぁはぁはぁ……」
「こんな子供たちの相手をしている場合ではないだろ。いいから先を急ぐぞ」
「車はどうしますか? タイヤをパンクさせられましたが?」
「そこらへんの車を適当に奪う。お前たちはあの娘を運び出せ」


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