バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

ツインズ

橋本沙織(はしもとさおり)独白(モノローグ)

 わたしには詩織(しおり)という名の、別居中の双子の妹がいる。

 一卵性双生児なので容姿は瓜二つ、特に子供の頃はよく見間違えられたものだ。

 見た目はそっくりのわたしたちだけれど、性格や趣味嗜好は正反対。同じ家庭環境で育ってきたはずなのに、なんでこんなに違うのか、自分でも疑問に思う。

 例えば――
 わたしは気の長い慎重派なのに対し、詩織は短気で気分屋。
 わたしは節約家で詩織は浪費家。
 わたしは内向的で詩織は社交的。
 ――など。

 あらゆる面が真逆のためか、常に言い争いの絶えないわたしたち姉妹だが、異性の好みだけは不思議と一致していた。

 そして、正直そのことが一番厄介な問題でもあるのだが……。


 わたしには今、交際中の男性がいるのだけれど、どうやら詩織も彼、賢一(けんいち)のことが気になっているらしい。

 それどころか、自分勝手で我儘(わがまま)な詩織は賢一を奪い取ろうと、わたしに隠れて彼に近づき、色目を使っているとの噂も聞く。

 ついこの間も、たまに顔を合わせたと思ったらいきなり、

「姉さんが死んでくれたら、賢一さん、わたしの彼氏になってくれるのに。顔もスタイルも同じなんだし、賢一さんからすれば何も変わらないものね」

 などと、笑いながらのうのうと話す始末だ。

 冗談ではない。優柔不断なところがある賢一をわたしの方へ振り向かせるため、どれだけの時間と労力を費やしたと思っているのか。

 本当にふざけた女だ。とても身内とは思えない。

 こういう手合いは一度痛い目を見ないと分からないのだろう。

 わたしは「話をつけよう」と、()()に連絡を取った。


橋本詩織(はしもとしおり)独白(モノローグ)

 わたしには沙織(さおり)という名の、別居中の双子の姉がいる。

 一卵性双生児なので容姿は瓜二つ、特に子供の頃はよく見間違えられたものだ。

 見た目はそっくりのわたしたちだけれど、性格や趣味嗜好は正反対。同じ家庭環境で育ってきたはずなのに、なんでこんなに違うのか、自分でも疑問に思う。

 わたしと違い、姉はいつも家に引き篭っているような、根暗なところがある。

 そんな姉にも、少し前に彼氏が出来た。

 あらゆる面が真逆のためか、常に言い争いの絶えないわたしたち姉妹だが、異性の好みだけは不思議と一致していた。

 わたしも姉の恋人、賢一さんに、いつしか強く惹かれるようになっていた。

 姿形は姉と変わらないかも知れない。だが、「女」としての魅力は姉以上である自信が、わたしにはある。

 姉には悪いけれど、賢一さんの気持ちがわたしに移るのも時間の問題だろう。


 そんなある日、姉から電話があった。賢一さんのことで話があるということだ。いよいよ決着をつけようと言うのだろうか。望むところだ。

 夜、家まで来て欲しいとのことなので、わたしは取り決めた日時に姉のアパートに向かった。

 姉の住むアパートは繁華街から離れていて、周囲は夜になると人通りが少なく、途端に淋しくなる。

 途中に大きな公園があるが、周りを迂回するとかなり時間が掛かってしまう。
 姉からは公園の中を通った方が近道だと聞いている。面倒だと思ったわたしは近道することにした。

 街灯のまばらな公園内は暗く、鬱蒼とした木々が風にざわめく音が不気味だった。

 早く通り過ぎてしまおう。足早に出口へ向かうと、突然、木の陰から何者かがわたしの前に現れた。

 黒いフードを被っているので顔ははっきりと見えない。だが、体格的には間違いなく女だ。それもわたしとほぼ同じ背格好の。まさか……。

「姉さん? 姉さんなの?」

 相手は何も答えない。だが、こんなことをするのは姉に違いない。

「脅かさないでよ。まったく」

 しばらくの沈黙の後、相手は口を開いた。

「あなた、橋本さん?」

 え? 姉の声ではない。誰?

「え、ええ。わたし、橋本ですけど……」

 あなたは? と聞き返す間もなく、相手はわたしに向かって身体を密着させてきた。

 強くぶつかってきたわけでもないのに、腹部を中心に強い衝撃が広がる。

「え?」

 間近に迫った相手の、フードの奥の顔がはっきりと見えた。やはり姉ではない。知らない女だ。

()()()()()()()()()()

 憎悪に満ちた目をわたしに向け、女が囁いた。

 直後、先ほどの腹部に受けた衝撃が激痛に変わった。

 女が身体を離すと、足の力が抜けて、わたしはその場に(ひざまず)いた。一瞬の出来事で、何が起こったのか理解が追いつかない。

 激痛が走る腹部を両手で押さえる。服はなぜかその部分だけ濡れていて、ドロリと嫌な感触。手のひらは赤黒い液体で(まみ)れていた。

 女を仰ぎ見ると、彼女は血で真っ赤に染まったナイフを手にしてわたしを見下ろしている。顔に満足そうな笑みを浮かべながら。

「そうか、そうだったのね。姉さんも……」

 次第に薄れて行く意識の中で、わたしは全てを理解した。

〈了〉

しおり