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第12話 夏休みの予定

 期末テストが終わると、直後に水泳記録会があってすぐに夏休みとなる。
 今年と去年の一番の違いは、言うまでもなく明菜の存在だ。

 去年は新しい天体望遠鏡が欲しくてバイトに勤しむ傍ら、数回観測旅行に行っている。ただ、泊まる場所などはお金がもったいないので主にキャンプ場など問題のないと思われる場所で、ほぼ野宿だった。ただ、今年はそれは難しい。
 さすがに明菜を野宿させるわけにもいかないだろう。
 第一、学校の観測会ならともかく、男女が、それも付き合ってもいないのに一緒に旅行に行くとかはない。
 付き合っていてもいいわけではないが。
 かといって、一人で行くと明菜は絶対に不満に思う。これは確信できる。
 こういう時、まだ子供に分類される高校生である身がもどかしい。

 明日は終業式。
 だが、夏休みの予定は未だに空白だった。

「近場で何とかするしかないかなぁ」

 今年はペルセウス座流星群が特によく見えるらしい、と聞いているので、その時はぜひ空がきれいな場所に行きたいが――。
 などと思っていると、スマホがメッセージの着信を知らせてきた。
 明菜からか、と思って画面を見て――思わず目を見開く。

「父さん!?」

 実に三カ月ぶりだ。
 二年生になった直後に夫婦ともに三日ほど帰ってきていたが、それ以来である。
 放任主義ここに極まれり、というところだが、とにかく急いでメッセージを開く。

「……母さんと一緒に帰ってくるのか。って、俺の誕生日覚えてたんだ」

 夏輝の誕生日は八月十三日。
 ちょうどお盆の頃だ。
 どうやらその頃に合わせて両親共に帰ってくるらしい。
 さらにそこに、夏輝としてはとても嬉しくなる話がついていた。
 ちょうどその頃にペルセウス座流星群が極大化するので、長野にキャンプに行く、とあったのだ。
 思わず飛び上がりそうなほど嬉しくなる。

「これって……俺の誕生日にかこつけて、流星群の写真撮りたいだけか?」

 冷静になって考えると、その可能性も否定できない。
 両親は星の写真もよく撮る。それで夏輝は星に興味を持ったのだ。
 とはいえ、夏輝にとっても嬉しい話なので、すぐに承諾の返事を出そうとスマホを操作し、『長野行、了解』と入力したところで――。

「夏輝君、長野行くの?」
「明菜さん!?」

 いつの間にかすぐ背後に明菜がいた。
 振り返った時、ほぼ目の前に彼女の顔があって、思わず飛びずさる。
 扉を開けっぱなしだったとはいえ、全く気配に気付けなかった。

「い、いつの間に背後に」
「今。なんか夏輝君、嬉しそうにスマホ見ているから何かなぁ、と思って」
「人のスマホ覗き見るのは……マナー違反かと」
「うん、それはごめんなさい」

 もっとも見られて困る内容ではないので、「まあいいけど」と言ってから、彼女が話の続きを聞きたそうにしているのに気付いた。

「ああ、うん。来月うちの親が久しぶりに帰ってくるみたいでさ。で、長野に旅行というかキャンプ行こうって。ちょうどペルセウス座流星群が最大化する頃と重なるし、俺の誕生日がその頃なんだ」
「え? そういえば夏輝君の誕生日って、いつ?」
「ああ、言ってないか。八月十三日」

 明菜が驚いたように目を見開いた。

「びっくり。私と同じだ」
「へ?」
「私も八月十三日」
「すごい偶然……だな」

 名前が紛らわしいお互いが誕生日が同じとは、さすがに偶然もここまで重なるとすごい。

「いいなぁ、長野って星空綺麗そうだし。そこで流星群かぁ」

 明菜の声にわずかに寂しさが感じられた。
 彼女の両親は海外赴任で、滅多に帰ってこれない。
 おそらく誕生日であっても同じだろう。
 つまり彼女は、一人で誕生日を過ごすことになる。
 そう思うと、自分だけが両親とキャンプに行って好きな星を見ることが、とても申し訳なく思えてしまった。

「……キャンプ、一緒に来る?」

 だから、自然に――ほとんど無意識にその言葉が出ていた。

「え?!」
「あ、いや、その、うちの両親と一緒でいいなら、なんだけど」
「それはもちろん。でも、いいの? 親子水入らずじゃないの?」
「それは別にいいよ。……ホントに行く?」
「うんっ」

 それに対する明菜の返事は、この上なく可愛い笑顔だった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 その後、両親にメッセージで一度伝えたところ――夜になって母親から電話が来た。

『夏輝。メッセージ見たけど、さすがにちゃんと説明して』
「あ……やっぱダメ、かな」
『ダメとは言ってない。けど無条件でいいとは言えない。一応だけど、どういう子なの?』
「同じ天文同好会の会員でクラスメイト。まあメッセージ送った通り、女の子なんだけど、その、悪い子とかじゃない、絶対」
『そこは疑ってないわよ。問題は……向こうの親御さんは承知してるの?』
「それは……本人が確認するって言ってたけど……」
『じゃあそれは待ちなさい。私たちはダメとは言わないけどね。それでも、それがルールだから。わかったらまたメッセージ頂戴ね』
「わかったよ、母さん」

 それで電話は切れた。
 確かに母の言うとおりだ。
 未成年である以上、外泊は本来親の許可が必須だ。
 お互い親が普段いないから、そこに関しては意識が緩かった。
 本来であれば観測会だって許可が必要なのだろう。
 ただそれでも、さすがに明菜も帰る際に、両親には確認はする、と言っていた。
 海外にいるなら時差もあるだろうから、明日結果を聞けるか分からないが。

 ただ、普通に考えたら――許可されるとは思えない気がする。
 彼女の両親がどのような人かは分からないが、あれほどの美貌を持つ娘がよくわからない男にひっかけられている、と知ったら……むしろ緊急帰国して呼び出されることすらあり得る気がした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 翌日。
 一学期最終日、終業式である。
 校長先生の話は、いつも通り短く、しかし生徒の笑いを誘う話でとても面白かった。
 むしろその後の教頭先生の夏休みの注意事項の方が長くて退屈だったくらいだ。
 その後は成績表が渡され、一学期は終わりだ。
 夏輝の成績は、当然去年よりは大幅に上がっているが、コメント欄に『実力を発揮できないことがあるのが気になります。安定して出せるように普段からの努力が重要だということを心がけましょう』と書かれていた。まあ当然だろうが。

「夏輝、またな。夏休み、どっかでは遊ぼうぜ」
「おう、賢太もまたな。課題またためんなよ」
「そこは努力する」

 去年、夏休み終わる時点でまた課題が半分も残っていた賢太は夏輝に泣きついてきたのだ。
 ただ、今年は彼女に手伝ってもらえ、とは思っている。
 他のクラスメイト何人かとも同じようなやり取りを交わす。

 期末試験後、夏輝の立ち位置はクラスでも大きく変わっていた。
 元々学級委員であったこともあり、誰とはなしに夏輝を認め、困った時に相談するようになっていたのだ。
 頼り切ってくるわけではない。彼らとて中学までは優秀で、クラスの中心になるような生徒だったのだ。
 良くも悪くも、夏輝が仮に中学の時のように振舞ったとしても、それに頼りきりになるようなことはないのである。

 一年以上かけて、ようやくそれに気付けた、というべきか。
 無論、一年以上目立たないように、としてきた癖がすぐなくなるわけではない。
 普段は無意識に集団に埋没しようとしてしまっているし、実際。埋没していた。
 ただそれでも、いざという時に頼りになる――そんな立ち位置になりつつあった。

「夏輝君、楽しそうだね」

 声をかけてきたのは明菜だった。
 その変化のきっかけになったのは、間違いなく明菜だろう。
 明菜が教室で普通に声をかけてくるようになったのも、変化の一つである。
 今まで教室で話す時は、基本的に学級委員としての仕事がある場合だけ――どさくさに同好会の話もしていたが――だったのが、それと関係なく普通に話すようになりつつあった。
 今でも若干嫉妬の視線は来るが、前よりは明らかに少ない。
 むしろ別の視線が増えている気がする。

「まあ、そうかな……多分明菜さんのおかげだ」
「そうだと嬉しいな。じゃ、またあとでね」

 明菜は学級委員の仕事で職員室に用がある。
 一人で事足りるとのことだったので、夏輝は先に準備室に向かうことにした。

 その途中で、メッセージの着信をスマホが知らせてくる。

「なんだ……明菜さんか。直接言えばいいのに……」

 メッセージには絵文字(スタンプ)で『やったー』というのが表示された後に、スマホの画面(スクリーンショット)が添付されていた。
 開いてみると――

『お前がそこまで言うのなら、相手の親御さんもいるとのことなので、許可する。楽しんできなさい』

 同じメッセージアプリの画面だ。
 発信者は『竜也』とある。
 続けて明菜のメッセージが着信した。

『竜也ってお父さんのことだから』

 つまりこれは、許可が下りたという事の証拠、という事なのだろう。
 特別棟へ通じる渡り廊下で――夏輝は思わず、ガッツポーズをしていた。

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