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支城の壱


 股間が熱い……熱くて痛い……。

 いや、これは下ネタではない。物理的に、本当に……股間が熱くて痛いんじゃ。

 うーん。順を追って話そう。

 訓練が終わり、わしらは三原の家へと移動した。
 今日は三原の家に泊まる予定なんじゃ。
 というか寺川殿の家に泊まるといっても差し支えない。

 ……

 ……

 うん。この2人さ。結婚したんじゃ。
 2人のなれそめを知っているわしとしては大爆笑なんじゃけどそれは内緒だとして、何はともあれわしらは訓練用の倉庫を後にし、この2人の住処へと向かった。

 んで街中を20分ほど歩くと、大坂城の天守閣のような高級タワーマンションが見えてきた。
 ここの28階。三原夫婦は9LDKという都内では聞いたこともないような広々とした陣地を占拠し、住処としておる。
 そこで今宵はすき焼きパーティーをしてくれるそうじゃ。

 三原を先頭にわしらはマンション内へと侵入する。
 セキュリティばっちしなエントランスホールを抜け、ガラス張りのエレベーターを上がると、三原家の部屋の玄関まですぐじゃ。

「おっ、おかえりーッ! ささっ、早く入りなさい!」

 玄関で旧寺川殿の――じゃなくて三原の奥さんとなった……えぇーい。面倒じゃ!
 寺川殿は“寺川殿”でいこうではないか!

 んでその寺川殿の歓迎を受け、わしらは玄関へと入る。
 といってもわしや勇殿、そして農業三騎衆と冥界四天王はここに来るのが初めてではない。
 なんだったら月2回ぐらいの頻度でこのような会合を開いておるし、それぞれも個々に三原家を訪れたりしておるので、皆はまるで自城に帰ったかのようなノリでずんずんと廊下を進む。

「先にシャワーでも浴びてきなさい。順番にね」

 寺川殿の指示を受けあるものは浴室へと赴き、あるものはベランダで風に当たる。
 しかし、わしはというとそんな指示も無視して真っ先にある場所へと向かった。

「おぎゃー……おぎゃー……」

 リビングの端に置かれたベビーベッド。
 そうじゃ。そこで泣き声をあげるこの赤子こそ、三原と寺川殿の子息なのじゃ。

「明光(あけみつ)くーんッ! 泣いちゃってどうしたのかなぁー!?」

 もちろん赤子はいと可愛いので、わしは猫なで声を出しながら武威の速度でその赤子に迫る。
 ちなみにこの子の名付け親はわし。名前にわしの字を一文字入れておる。
 その際わしは何かに操られたような感覚もなかったし、この子は新田殿の転生術を施されておらん普通の赤子……のはずじゃ。
 だが、それゆえにいと可愛い。

 なのでわしは本能の操るままにベビーベッドへと直行し、明光をあやそうとした。

 しかし次の瞬間、わしの首筋に包丁の冷たさが伝わる。

「佐吉? あんた、手ぇ洗ったの……? 明君(あけくん)に触るんなら、先に手を洗いなさいっていつも言ってるわよねェ?」

 くそ。寺川殿じゃ。
 寺川殿がわしの首に包丁を当て、明光への接近を阻んでおる。
 しかしながら寺川殿の言も至極当然。
 ならばここは惜しまれつつも一度キッチンへと向かい、この手をキレイキレイしてこようではないか。

「わ、わかったから……ほう、包丁を下げてくれ、寺川殿。すまんかった……く、首が本当に切れるから……離して……」

 武威の速度で走ってたわし。それを上回る速度で回り込んだ寺川殿。
 わしがいくら油断しておったからと言って、こうも簡単にわしの首に包丁を当てられたらマジでちょっと怖い。
 世に言う“鬼嫁”とは寺川殿のような人間のことを言うのじゃろう。

 なのでわしは恐る恐る後ずさりし、キッチンへと足を進める。
 そこではすでに華殿たちが手を洗っていたので、順番を待ちつつもしっかり手を洗うと、わしは再度ベビーベッドへと向かった。

「あーけみつくーん!」

 そしてぎゃあぎゃあ喚く赤子を優しく抱き上げ、猫なで声であやす。
 と思ったら背後には華殿とあかねっち殿がいつの間にかいて、3人で明光を可愛がることにする。
 よみよみ殿は赤子の扱いに慣れていないらしく、勇殿と一緒にさらに背後からニコニコしながらわしらの行動を観察しておる感じじゃ。

 んでそんなことをしておる間にもシャワーを浴びに行っておったジャッカル殿たちが続々とリビングへと姿を現し、入れ替わる形でわしと勇殿が浴室へと駆け込んだ。
 その後農業三騎衆も入浴し、これにて全員がきれいさっぱり。
 わしらはリビングの中央に鎮座する大きなテーブルの周りに座り込む。

「さ、食べなさい。お肉はいっぱいあるからどしどし食べなさいね」

 寺川殿の下知を合図に、わしらはすき焼きをむさぼり食う。
 成長期を迎えておるわしらはやたらと腹が減るんじゃ。
 三原もこの時ばかりは異様な気配を抑え、ただのお父さんっぽい雰囲気でわしらの食事に混ざっておる。

 って、おっと。忘れておったわ。

「三原? まずは一杯」
「おう、すまねぇ」

 わしは缶ビールの栓を開け、三原へのお酌を買って出る。
 まぁ、三原は別に“目上の者”というわけではないけど、これは今日の訓練に付き合ってくれた三原に対するせめてものお礼じゃ。
 そんな感じで平和なすき焼きパーティーが催され、食事をひと段落終えたあたりでジャッカル殿が動き出した。

「今日は何のゲームにしようか?」

 思えば今まで数々のゲームをこなしてきたわし。
 その過程で寺川殿と衝突することもたびたびあったけど、わしは過去の過ちを犯したりはせん。
 今日のゲームはパーティゲーム。みんなで平和に仲良く遊べるやつじゃ。

 とはいっても、さすがに人数が多すぎてゲーム機のコントローラーの数が足りん。
 なので9人いるうちの4人がゲームを楽しみ、残りの5人は交代の時間まで他のことをして時間をつぶすというルールにすることにした。
 空いているメンバーは明光をあやしたり、寺川殿の料理を手伝ったり――そしてわしはこの時とばかりに三原を捕まえ、怪しいひそひそ話を展開する。

 んでその頃にはすき焼きの第2陣が到着し、手の空いているメンバーは再度すき焼きをむさぼり食い始める。

 だけどな、これがいけなかったのじゃ。
 いや、何がいけないかと問えば運が悪かったとしか言いようがないのじゃが、わしが酒の入った三原とついつい話し込んでしまったのが運の尽きというやつじゃ。


「ほう。それじゃあの時入手した拳銃を今後の戦闘で武器として使ってみたいと?」
「あぁ、そうじゃ。こう――なんというか、あれじゃな。わしってば法威の制御が得意じゃろ? それを利用してなんとかこの拳銃に武威の威力を持たせたいんじゃ」
「面白い。確かに我々武威使いの戦闘に銃火器が威力を発揮したことなどない。お前が武威で拳銃の威力を増大させたら、それこそ大発見ものだ」
「そうじゃろそうじゃろ」
「しかしそう簡単にできるものではなさそうだが? 成功する算段はあるのか?」
「一応あの後、拳銃を分解して内部の構造を詳細に調査しておる。それを頭の中でイメージし、小さなねじ1本に至るまで武威を送り込む。法威でしっかり武威を制御したうえでじゃ。どうじゃ?」
「むう。一理ある。試しに発砲は?」
「まだしておらん。家でも倉庫でも人目があるからな。頼光殿に見つかったら怒られそうだし。試し打ちをする機会がないのじゃ」
「じゃあここでやってみろ。持ってきてるんだろ?」
「え? あ、いや……一応リュックの中に入っておるけど……ここは……まずくないか?」
「なぁに。このマンションはお隣さんと防音壁で仕切られている。でも貫通したときのこと考えて、こっちの壁にしろ。この壁なら3部屋向こう側まで俺んちだ。ついでにベランダの窓を閉めておけば大丈夫だろう」
「ま、的はどうするんじゃ? 壁に穴をあけたら修理が面倒ぞ?」
「じゃあキッチンからフライパンでも持ってこい。たしか3つぐらいあったはずだからそれを重ねて、そこに目がけて撃てば大丈夫だろ?」
「そ、そうじゃな。では寺川殿から借りてくる」

 ほらな。話の流れがヤバい感じになっておる。
 でもそれに気づかなかったのがこの時のわしと三原。今考えても後悔しかない。

 んでじゃ。わしはすき焼きの第3陣を作っておるキッチンの寺川殿のとこに行き、大・中・小、3つのフライパンを借りてくることに成功してしまった。
 それを壁に重ねて立てかけ、準備はOK。

「なになに? 光君、何始めたの?」

 ミノス殿がわしらの不可解な行動に気付き、興味津々で問うてきた。
 その言に気付き、他のわっぱたちもゲームを一時中断。わしらに注目しておる。

「いや、ちょっとしたテストだよ。発砲音が鳴るから、みんな耳ふさいでね」
「えぇ! それ本物!?」
「すげぇ、光君! そんなのどこから……?」

 いや、今は1から説明しておる場合ではない。

「ちょっとしたつてから手に入れたの。それより……行くよ? みんな、心の準備はいい?」
「おっけーッ!」
「いいよーッ!」

 さて、勇殿たちの心の準備も万端。
 では次はわしの武威と法威の準備じゃ。

 まずはフライパンから1メートルほど離れ、ずっしりと構える。
 んでもって体から武威を放出し、それを法威で覆う。

 イメージは拳銃の内部構造。小さな部品1つ1つに至るまで、細かく武威を――しかしながら均等に送り込むイメージじゃ。

「……」

 よし、武威と法威は大丈夫。
 では……安全装置を外し……。

「本当にいくよ!」
「いいよーッ!」
「レッツゴー!」

 わしは皆に声をかけ、皆もノリノリでわしを促す。

 だけどさ……


 ちゅどーん!


 試しに発砲してみたら、フライパンは粉々に……あげく壁に2メートル大の大穴が空いてしまった。
 しかもその壁の穴は隣の部屋、そしてさらに向こう側の部屋まで続いておる。

 ま、まさかこれほどとは!?

 いや、冷静に……。
 わしの銀行口座には数千万円の貯蓄が入金されておる。この程度の穴、わしの資産力をもってすれば修理はたやすい。
 それよりも威力じゃ。
 たかが小指程度の弾丸がこれほどまでの破壊力を持つようになるとは!?

 使える。武威と法威を駆使することで、小さな拳銃でも武威同士の戦いの大きな武器となる!
 これは大発見じゃ!

「ふははははッ!」

 拳銃の威力を確信し、高笑うわし。
 と同時にキッチンの方からものすごい速さで寺川殿が接近してきた。

 ごんっ!

 んでわしの頭にいたーいげんこつをくれやがった!

「んな、何するんじゃ!? 寺川殿!?」
「そりゃこっちのセリフだッ! 佐吉ッ! あんたなんてことしてくれたの!?」

 まぁ、冷静に考えると、寺川殿の言ってることの方が正論なんだけどな。
 でもこの時のわしは嬉しさのあまりちょっとおかしなテンションになってしまっておったのじゃ。

「大人の実験じゃ!」
「ふざけんな! 下の毛も生え揃ってないガキのくせに! あーもう、本当になんてことを……」

 おっと! 寺川殿よ!
 日本男児たるわしに向かって、言ってはならんことを言ってしまったな!
 聞き捨てならんぞ、今の言葉は!

「なにおう! めっちゃ生えてきておるっちゅーに! 見てみよ!」

 んでさ。わしが下半身のちっちゃいわしを出したら、みんな爆笑だったんだけどさ。
 華殿だけは違ったんじゃ。
 いや、華殿だけではない。あかねっち殿とよみよみ殿も似たような反応じゃ。

「光君の変態! えい!」

「ぎゃー!」

 んで、華殿からぐつぐつ煮込まれたばかりのあっつい松坂牛を股間に投げつけられた。


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