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13話 運命が決まる夜

「いよいよ、今夜だ」



 決行を前に、ガブリエルの表情が引き締まる。

 大国におもねる貴族たちを支配下に置いた、王妃との衝突が迫る。

 

「大国に囲まれているからと言って、いつまでも迎合するばかりでは、ゲラン王国の成長は望めない。祖国の威を借る王妃の出鼻を挫き、ゲラン王国を食いものにする大国とは袂を分かつ」

「殿下の仰る通り、現状では王妃殿下の祖国に甘い法律ばかりが議会で可決されています。おそらく殿下がブリジット皇女殿下と婚姻を結べば、カッター帝国との間に同じことが繰り返されるでしょう」

 

 ガブリエルの発言に相槌を打つのはロニーだ。

 王妃との反目は、なにもガブリエルの私怨だけが原因ではないのだ。

 周囲を取り巻く大国に足元を見られ、ゲラン王国は搾取され続けている。

 大国に頭が上がらない状況を打破したいと考えたガブリエルは、内政干渉を防ぐ第一歩として、ブリジットとの婚約の解消を目論んだ。

 政治的な思惑があるからこそ、この計画には国王の黙認も得られている。

 ひそかに第一王子とも連携を取りつつ、ガブリエルは協力者を募り策を講じる。



「国民のためにも、ゲラン王国がれっきとした独立国家だということを、貴族たちは思い出すべきだ。大国のご機嫌うかがいに終始していた長年の因習を、この代で断ち切るぞ」

 

 そのために払う犠牲は、すべてガブリエルが背負う。

 これまで寝たきりで、何の役にも立たなかったのに、王族の一員として扱ってくれた恩を返すときだ。

 

「そして、シルヴェーヌを離宮に呼び戻す。……指輪の返事を聞かせてもらうまで、僕は死ねない」

「その意気です、殿下。必ずや、成功させましょう」



 ◇◆◇◆



 陽が沈み始めると、王都の住民たちが、城のバルコニー前に集まる。

 今夜ここを舞台に、ガブリエルとブリジットの婚約が正式に発表され、二人の顔見せが行われるのだ。

 さらにはその後、カッター帝国特製の打ち上げ花火が夜空を彩ると聞いて、今か今かと群衆は賑わっていた。

 

「ガブリエルさま、わたくしの要望を聞いてくれて嬉しいわ!」

「カッター帝国の昔からの文化と聞きました。お祝い事があるたびに、盛大に花火を打ち上げるそうですね」

「そうなの、王族のお誕生日だったり、帝国の記念日だったり、それはもう頻繁に打ち上げるのよ。だから、こういうおめでたい場に、打ち上げ花火がないのはどうしても寂しくって」



 ブリジットが離宮のバラ園で、朗々と語ってくれた結婚式のアイデアの中に、打ち上げ花火の話が出てきたのをガブリエルは覚えていた。

 これは使えそうだと思い、ブリジットに水を向けてみると予想通り、婚約発表の場でも打ち上げたいと言い出した。

 

「構いませんよ。すべてカッター帝国が準備してくれて、こちらの負担は何もないのです。むしろ、初めて帝国の打ち上げ花火を観覧する民は喜ぶでしょう」



 ブリジットをエスコートしながらガブリエルが姿を現すと、拍手と歓声が上がる。

 国民へ親しげに手を振るブリジットは、いつもより護衛兵の数が多いことに気づかない。

 国王が前に進み出て、ゲラン王国とカッター帝国の友好を願い、このたびの婚約が交わされたと宣言する。



「では、ガブリエルよ、前へ」



 国王が場を譲る。

 ブリジットと共に、最前へ移動したガブリエルは、民に向けて挨拶をする。



「これまで長らく寝たきりで、みんなには心配をかけたと思う。ようやく王族として、公務もできるまで回復した。今後はもっと国の役に立てるよう、精進するつもりだ。――今日という日が、ゲラン王国にとって大きな一歩となることを、心から願っている」



 次にブリジットが挨拶をした。



「みなさま、これからゲラン王国の一員となるブリジットです。ガブリエルさまとの素晴らしいご縁に、わたくし感謝していますのよ。この場をお借りして、病める時も健やかなる時も、お互いを支え合って仲の良い夫婦になると誓いますわ」



 相変わらず気の早いブリジットは、本来ならば結婚式で宣誓する言葉を披露してみせる。

 バルコニー前に集まった民は、これに感極まった。



「お人形さんみたいに可愛い皇女さまだけど、しっかりしてるねえ」

「まだ15歳なんだろう? ガブリエルさまとの結婚は、もう少し先だろうな」

「カッター帝国と言えば、この大陸で一、二を争う強国だ」

「そんな国とご縁が繋がるなんて、めでたいことだよ」



 自分が褒められているのが聞こえてきて、ブリジットはご満悦だ。

 空が薄闇に染まると、ロニーからガブリエルへ合図が送られる。

 

「少し下がりましょう。今から花火が打ち上がります」



 ガブリエルの言葉に従い、ブリジットが数歩、バルコニーの最前から後ずさる。

 もっと後方では、国王や王妃が室内へ戻っていた。

 近くで見たいという王妃の我がままに、国王が屋上への道案内を買って出ているのだ。

 だがこれは、ガブリエルの想定内だった。



(権力を振りかざすのが大好きなあの人は、絶対に高い所で花火を観たがると思った)



 そしてバルコニーに残されたのは、ガブリエルとブリジット、二人を取り巻くには多すぎる護衛兵だった。



 ◇◆◇◆

 

「見て、ガブリエルさま! あれは三色に変化するのよ!」



 誇らしげな顔つきのブリジットは、花火に誘われるように、だんだんと前のめりになっていく。

 バルコニー前に集まった住民たちも、ぽかんと口を開けて、大きな音と共に打ち上がる花火に夢中だ。

 ガブリエルはその隙に、控えていた護衛兵たちと目線を交わす。

 ――今からこのバルコニーが、大惨劇の現場となる。



「そろそろ最後の大玉が打ち上がります」



 ガブリエルが、バルコニーの手すりにもたれかかるブリジットを、そっと引きはがした。

 肩を抱かれたブリジットは、ガブリエルの紳士な振る舞いに顔を赤くする。



「ガブリエルさま、結婚式の日には、もっとたくさんの花火を打ち上げたいわ。まるで夜空が、昼間のように明るくなるのよ」

 

 ブリジットがその台詞を言い終わると同時に、ドンと腹に響く音がした。

 この夜一番の、大きな花火が打ち上がったのだ。

 ガブリエルはブリジットを後ろに押しやり、バルコニーの前面に立つ。

 そして腕を広げ、飛んで来るものを待ち受けた。



 ドオオオオーンッ!!



 真っ暗な夜空に、大輪の花が咲く。

 わあっと大喝采する民。

 しかし、それに隠れて、小さな花火がバルコニー目がけて放たれていた。

 低空を飛んできた花火は、バルコニーに当たると、ぱっと弾けて開花する。

 

「きゃああああ!」



 護衛兵たちに囲まれたブリジットが、飛び散った火花に悲鳴を上げた。

 それが聞こえたバルコニー付近の民たちは、散り始めた夜空の花火から目を離し、「何事だ?」と声の元を見上げる。

 そこで、炎に巻き付かれたガブリエルの姿を目撃するのだ。



「うわあああ!」

「大変だ! ガブリエルさまに火が!」

「体が燃えているぞ!」



 現場は阿鼻叫喚となった。

 服に燃え移った火が、舐めるように這い上がり、美しい金髪を黒く焼いている。

 

「早く消火しろ!」

「ガブリエルさまを救え!」



 石で作られた頑丈なバルコニーは別として、その周囲に延焼しなかったのは、あらかじめ水が撒かれていたからだ。

 冷静にそれを確認したガブリエルは、胸を撫で下ろす。



(上手くいった。これで僕だけが被害者だ)



 ガブリエルの意識が保ったのは、そこまでだった。

 襲いかかる激痛に、気が遠くなる。

 決められていた手順に則り、ガブリエルは膝をつく。

 その段階で、護衛兵たちが水をかけて火を消し止めた。

 

「いやあああ! ガブリエルさま!」



 護衛兵たちを押し退けて、ブリジットが倒れたガブリエルに縋りつこうとして――。



「ひいいいぃ! これは、わたくしの王子さまじゃないわ!!」



 焼けただれたガブリエルの顔や、黒く焦げた頭に怯えて絶叫した。



「誰か! こんなおぞましいもの、わたくしは見たくないわ! 帝国へ連れて帰って! 早く!!」



 べしゃりと尻もちをつき、必死で後ずさるブリジットの姿を、バルコニー前の多くの民が見ていた。

 医師が待ち構えている離宮へ、慌ただしくガブリエルは運ばれていく。

 そして泣き叫ぶブリジットもまた、駆け付けた侍女たちによって、隠すように連れ去られていった。



「どうなるんだ、この婚約?」



 まだ喧騒が残るバルコニー前で、民のひとりが呟いた疑問に答える者はいない。



「とにかく、ガブリエルさまの容態が心配だ」

「せっかく健康になられたのに、あんな火だるまになって……」

「花火が間違ってバルコニーに落ちたのか?」

「ブリジットさまは無事だったみたいだ」

「きっとガブリエルさまが、庇われたのだろう」

「しかし……ブリジットさまは……」



 火傷を負ったガブリエルを、おぞましいと言い放ったブリジット。

 そこに集まっていた民たちは、互いを見合い、それぞれの表情を確認する。

 浮かんでいたのは、ブリジットへ対する不快感だけだった。

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