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28話 星が見守る中の再会

「もう何度もお伝えしましたが、私たちの要求はただ一つ、弟エアハルトの解放です」

 

 エアハルトによく似た容貌のカロリーネは、謁見室へ入る前につれてきた兵士を控えさせ、腰に帯びていた剣を王城の騎士へ預けていた。

 しかし、素手でも国王の首を掻くだけの技術は持ち合わせている。

 それが分かっている国王もシュテファンも、カロリーネと対面して背中に汗が流れた。

 王城にいる護衛騎士が、ベルンシュタイン辺境伯家の一族に形無しなことは、もうエアハルトで実証済みなのだ。

 クラーラの持参した訴状を読んだ国王は、顔色が悪いまま口を開いた。



「遠路はるばる、足を運んでもらってすまなかった。ベルンシュタイン辺境伯もクラーラ王女も、どうか気を静めて聞いて欲しい。――エアハルトは今、高熱を出して寝込んでおる」

「っ……!」



 息を飲んだのはクラーラだ。

 小さな口に両手をあてて声をこらえたが、心配でたまらないのだろう。

 見開かれた青い瞳が、小刻みに揺れていた。

 思い合う者同士を引き割いてしまったのを、国王は申し訳なく思う。



「容態が回復し次第、エアハルトには帰宅を促すつもりじゃ。儂が軽率にヨゼフィーネの婚約に条件をつけてしまったばかりに、今回はとんでもない騒動となってしまったことを心から詫びたい」

「詫びるだけですか?」



 国王としては例のない、頭を下げての謝罪だったが、そこへカロリーネの鋭い声が飛ぶ。

 エアハルトもそうだったが、カロリーネも威圧感がすごい。



「こちらは数か月もの間エアハルトと連絡が取れず、安否を心配し続けました。何度も何度も、身柄を解放して欲しいとお願いもしました。それに対してなしのつぶてで、私たちは王家の不誠実さに、ほとほと愛想を尽かしたところなんですよね」

「想定はしていたが、容赦がないのう」

「父上、声に出ていますよ」



 国王とシュテファンのやり取りに、カロリーネが眦を吊り上げる。



「同じ目に合ってみれば分かります。それぞれの大切な人を、ベルンシュタイン辺境伯領で一年ほどお預かりしましょう。そしてその間、外部と連絡を取り合うのは禁止です。等しいルールにしないと、不公平ですからね」

「それは……厳しすぎじゃろ」



 国王が減刑を願おうとしたが、すぐ隣から賛成の声が上がってしまう。

 

「分かりました。我々の大切な国王と、国王の大切なヨゼフィーネを差し出しましょう。ただし、国王については私が譲位してもらった後になりますが――」

「お、おい! シュテファン! 話が違うじゃないか! 情に訴えるのではなかったか!?」

「どのみち父上には、蟄居してもらう予定だったのです。早めに場所が決まって良かったではないですか。しかもあれと一緒なら、父上も安心でしょう?」

「……おぬしの考え方、ちょっと非情で合理的すぎんか?」

 

 親子の間で、ひと悶着が起きていた。

 ここで長く時間を取られるつもりのないカロリーネの、こめかみがひくつく。

 そして、それまで黙っていたクラーラだったが、ついに我慢ができずに割り込む形で質問した。



「エアハルトさんを見舞うことは可能でしょうか? 高熱ならば、誰かがそばで看病をしていますよね? よければ私に、その役をさせてください!」

「クラーラ王女が自らですか? それは……」



 エアハルトが熱を出している理由は不明だ。

 なにしろ少し前までは、恐ろしいほどの健康体だったのだ。

 シュテファンは悩み、歯切れ悪く答える。



「エアハルトが何の病気にかかったのか、まだ医師にも分かっていないのです。その状況で、王族である王女が近づくのは、あまり得策ではないと思います」

「私は修道院で生活している間に、孤児院の子どもたちの看病をした経験があります。エアハルトさんが何らかの感染症にかかっていたとしても、マスクや手洗いをすることで、ある程度の予防が出来ると知っています」



 大人しそうな外見のクラーラに反論されて、シュテファンは目を見開く。

 

(思っていたよりも芯がある。……やはりエアハルトの選ぶ相手は、ちゃんとしているな)



 シュテファンはクラーラの印象を書き換えた。

 大国の王太子であるシュテファンに言い返すなど、なかなか気概がある。

 これが以前のクラーラだったら、恐れ多くて考えもつかなかっただろう。

 しかし――。

 

(院長先生なら、身分が違うからと言って、態度を変えたりしない。イライザさんなら、間違っていないと思うことを、口に出すのを躊躇わない。そして……エアハルトさんなら、こうした場面ではきっと、堂々としているわ)



 だからクラーラは胸を張り、声を震わせず、毅然とした態度をとった。

 それはシュテファンから見ても王女然としており、ヨゼフィーネが罵るような、物をたかる女性などでは決してなかった。

 ふっ、と表情を緩めると、シュテファンは珍しく口角を持ち上げた。



「クラーラ王女、あなたが数年前に行方不明だったのが悔やまれます。ぜひとも、弟マルセルの婚約者になっていただきたかった」

「……何のお話ですか?」



 唐突に始まったあずかり知らぬ事情に、クラーラは不思議がる。

 すでに妃のいるシュテファンはもとより、マルセルにも政略で決まった婚約者がいる。

 クラーラをキースリング王家へ取り込めないのを、シュテファンは心底惜しいと思った。

 だが、こうなる運命だったのだろう。

 その証拠に、クラーラはエアハルトに対してひたむきで一途だ。



「見舞いについては、すぐに手配しましょう。――クラーラ王女を、エアハルトの部屋へ案内するように」



 シュテファンは控えていた騎士に合図を送る。

 すぐさま騎士はクラーラを伴い、謁見室を出て行った。

 それをカロリーネは満足そうに見やると、国王とシュテファンに視線を移す。



「後処理は年長者の間で、さっさと片付けてしまいましょう。早く領地へ帰らないと、私も夫を待たせていますから」



 その言葉に、ひやりとしたものを感じたのは国王だけではあるまい。

 この謁見室へ控えている騎士たちも、カロリーネの夫が元騎士団長ローラントだと知っている。

 それまで女性を一切寄せ付けなかったローラントが、唯一跪いて愛を乞うたのがこのカロリーネだ。

 扱いを間違えれば、王城は戦禍に見舞われるだろう。



「も、もちろんじゃ! 先ほどの要望は、快諾させてもらおう!」

「それとは別に、そちらへ与えた損害に対する補償額を決めましょうか」



 ヨゼフィーネの希望は鑑みられず、粛々と話し合いは進んだ。



 ◇◆◇◆



「こちらで、エアハルトさまがお休みになっています。医師も間もなくやってくるでしょう」

「案内していただき、ありがとうございます」



 騎士に導かれたクラーラは、エアハルトのいる客間へ到着した。

 看護をしていた年配の女性から渡されたマスクを、しっかりと装着したクラーラは、薄暗い室内へと足を踏み入れる。

 眠っているエアハルトのために、遮光カーテンが引かれていて、クラーラは僅かな灯りを頼りに寝室へと向かった。



(倒れる寸前まで、お元気だったと聞いたわ。そんなに突如、急変する病気があるのね……)



 ここへ来るまでの間に、騎士がエアハルトの様子を教えてくれた。

 国王や王太子の近辺を護る騎士だけあって、がっしりとした体格をしていたが、なぜかエアハルトに怯えているように感じられたのはなぜだろう。

 

「エアハルトさん、失礼します」



 おそらく眠っているだろうが、クラーラは一声かけて入室した。

 そして、そろりそろりと足音を忍ばせ、寝台に近づいてみると――。



「クラーラ? 本物か?」

「っ……! エアハルトさん、大丈夫ですか!?」



 頭に手をやり、つらそうに顔をしかめたエアハルトがいた。

 駆け寄ったクラーラは、エアハルトの額へ手を伸ばす。

 熱の高さを確認しようとしたのだが、それをエアハルトに掴まれてしまった。

 マスクをつけたクラーラの顔を、エアハルトがジッと凝視する。



「――本物だ。王家の星が、美しく瞬いている」



 クラーラの瞳を覗き込んだエアハルトが、嬉しそうに顔をほころばせた。

 どうやら薄暗い室内のおかげで、クラーラの橙色の星が輝いて見えるらしい。

 クラーラもまた、エアハルトに会えた嬉しさに、目を細めて喜んだ。



「エアハルトさんに、会いに来ました。ずっと連絡がなかったから、心配で心配で……」



 堪えていたが、ここでクラーラの声が震える。

 そして青い瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

 ぎょっとしたエアハルトが、起き上がってクラーラの眦に手を当てる。



「ずっと連絡がなかった? そんなまさか……」

「私だけじゃなく、フリッツさんにも手紙が届かなかったんです。だから、エアハルトさんが自由を奪われて、監禁されているんじゃないかと思って、私――!」

「俺が受け取っていた手紙も、何かおかしかった。クラーラのようで、クラーラでない、違和感のある手紙だったんだ。最後の手紙だけが、正真正銘クラーラの手紙だと分かって――そうか、そういうことか」

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