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遠征の壱


 次の週末になり、わしらは動物園へと出陣した。
 それに先立ち、わしらは中野駅で待ち合わせる。
 もちろん康高も一緒じゃ。

「ふんふーん♪ ふんふん♪」

 鼻歌交じりのご機嫌マックスモードたる康高がちょっとうざいけどな。
 あとまだ残暑厳しいこの季節にもかかわらず、康高がわしにぺたぺた引っ付いてくるのもなかなかにうざいんじゃ。

 こやつ小学3年生にもなってこんな甘えん坊でいいのか……?
 いや、これこそが徳川家康たる康高の人心掌握術なのかもしれん。

 ……

 ……

 まぁよい。今日はそんな細かいことを気にしている場合ではない。
 動物園じゃ。動物園に行くのじゃ。

「よし、みんな揃ったね。じゃあ電車に乗りましょ」

 全員が揃ったところであかねっち殿がまたしてもリーダーシップを発揮し、それぞれが勇ましい掛け声でそれに応える。
 ちなみに今日は頼光殿のいとかっこいい黒塗り高級車の出番はない。
 あの車は5人乗りのセダン車じゃし、そうなると全員が乗れないからな。

 それにわしらはまだほとんどが齢15を過ぎたばかりのわっぱじゃ。
 わっぱはわっぱらしく電車を使って移動すればいいのじゃ。

「わぁ! 電車だぁ! 電車が来たよぅ、お兄ちゃん!」

 駅のホームであまり電車に乗ったことのない康高がいと興奮し、わしがそれをなだめる。

「いや、ちょっと待って、康君! 前に出ちゃダメ! 電車に轢かれるから! って武威を!? ぬぉぉおおぉおぉぉ! さ、下がって!」

 駅内アナウンス殿が「白線の内側に下がれ」とおっしゃっておるのに康高がそれを聞かず、前に出た康高をわしが力任せに引っ張っておる姿を冥界四天王が微笑ましいものを見るような笑顔で――っておい、おぬしらも手伝えよ! このままじゃ康高が死ぬじゃろうが!

 つーかその暖かい視線を今のわしと康高に向けるのもおかしいじゃろ! おぬしらが将来子を授かったときにでも、その赤子に向けておけよ!

 とわしが思わぬ裏切りに――ん? これは“裏切り”でいいんじゃろうか。
 まぁいいか。その“裏切り”と康高の無謀さにわしが苦労しておると、ここでやっぱりやつがその力を発揮した。

「康くーん。電車の運転手さんを驚かせちゃかわいそうだから、もうちょっと後ろに下がってねー!」

 あかねっち殿じゃ。

「はぁーい!」

 くそ……康高の野郎、あかねっちの言うことは素直に聞きやがる。
 つーかあかねっちのこの才能、なんとなくじゃが寺川殿の持つ統率力と似ておるな。
 さすがは謙信公亡き後の混乱極まる越後を支えた直江兼続といったところか。

 学力が絶望的にひどいのがちょっと気になるけど……。

「よし、電車も空いてるね。じゃあ乗りましょ」
「おー!」

 結局こんな感じでわしらは電車へと乗り込み、それぞれの椅子を確保する。
 しかし電車に揺られながらのんびりと旅を楽しむことができないのが、大都市東京の電車事情じゃ。
 というか電車のダイヤマニアなるこれまた厄介な趣味を持っておるクロノス殿が、ここでその本領を発揮した。

「みんな、のんびり座ってる場合じゃないよ。2分後に乗り換え。あと、そのまた4分後にまた乗り換え。ほかにも2回乗り換えが待っているからね」

 わしとしては中野駅から新宿まで行き、そこで乗り継ぎつつ山手線か中央線あたりを利用して上野に行けばいいと思っておったんだけど、クロノス殿がそれを許さん。
 結局、私鉄・地下鉄……それとよくわからんローカル線を駆使し、わしらは中野駅から上野までを最速で移動した。

 しばしの徒歩を経て動物園の入口へと到着し、んでここで頼光殿一行と合流じゃ。

「おはようございます。いやぁ、動物園なんて久しぶりですね」

 頼光殿は今も健在。というかこの男、坂上田村麻呂殿亡き後の出雲勢力を見事に束ねあげ、今じゃ日本屈指の有力者じゃ。
 しかしながらその温厚な性格は――たまに好戦的になるけど普段の温厚な性格は相も変わらず、今もこうしてわしらの保護者役を買ってくれておる。

 まぁ、わしらに保護者なんていらんのだけどな。

 でも小学生たる康高の存在がそれを許さんし、“幼き徳川家康”なんて存在は敵対する転生者勢力にとっては格好の的じゃ。
 武威の豊富な康高もそんじょそこらの誘拐犯ぐらいなら軽くぶっ殺すぐらいの武力も持っておるけど、そういう事情もあって頼光殿には康高の護衛をお願いしておるのじゃ。

 まさか頼光四天王が全員そろってこの動物園に来るとは思わなかったけど。
 ひ、暇なんじゃろうか……? いや、そんなはずはない。
 であるとすれば頼光殿たちは間違いなく無理をしてこの場に来てくれたはず。
 ならばその苦労に一言申してやらねばなるまい。

「あぁ、おはよう。今日は無理を言ってすまんかった。まぁ、たまには多種多様なアニマルさんたちを眺めて日ごろの疲れを取る癒しの術とするもよかろう」
「ふっ。そうですね。チケットは買っておきました。さぁ、早速入りましょうか」

 頼光殿の挨拶にわしが言を返し、坂田金時殿が続く。

 ちなみに5年前のあの戦いの後、わしは坂田金時殿と碓井貞光殿にも出会っておる。
 しかしこの2人もかなりの武威の使い手。もちろん法威も習得しており、やはりというか当然というか、頼光殿は部下の質も十分じゃ。

 さて、それはいいとしていざ動物園へ。

「みんなぁ、はぐれないようにね」
「うぃー」
「もしはぐれたら……園内放送で迷子の呼び出しかけるからね!」
「それはやめようよ!」

 そんな感じであかねっち殿がまたしても偽りの委員長キャラを発揮しつつ、ついでに15歳のわしらにとって恥ずかしさ極まる行いをあかねっち殿が提案しつつ、わしらは動物園へと進軍する。

 もちろん康高はわしにべったりくっついておるので、迷子の心配はない。かつそんな康高を冥界四天王が何気に囲みつつ、さらにはそれを頼光四天王がガードしておるので警備は万全じゃ。

 わしも右手を康高の左手に添えつつ、キリンさん、カモノハシちゃん、カバ殿を観察する。さらにはチュパカプラに似たよくわからん気味の悪い生物、その他もろもろの動物を堪能し、わしらは仲良く園内を回った。

 しかしとあるエリアでわしの目は釘付けになってしまった。

 ライオン様……いとかっこいい。

「ちょっと待ってね、康君。お兄ちゃん、ライオンさんをじっくり見てみたいから」
「うん、わかった。……かっこいいねぇ、ライオン」
「そだね」

 威風堂々たる姿はもちろん、そのあごの力たるや大型重機を思わせる。太い足とその先に君臨する大きな肉球は四輪駆動のSUV車を思わせるようじゃ。

 うーむ。いつかわしにもこのような威厳が身につくのじゃろうか。

 およそ10分。
 わしはその場にしゃがみ、ライオン様の動きをじっくりと観察する。
 たまに目的の個体にのみ目がけてわずかに武威を放出し、ライオン様の野生の防衛本能を刺激してみたりした。

 とその時、後ろから頼光殿に話しかけられた。

「皆さん、あっちに行ってしまいましたよ?」
「うむ。知っておる。あっちでは巨大なにょろにょろさんを首に巻くという忌まわしき体験コーナーをやっているとのことじゃ。わしは興味がない」
「蛇……嫌いでしたっけ?」
「まぁな」
「逆に……ライオン、好きなのですか?」
「あぁ、チーター殿やヒョウ殿も好きじゃ。この四足歩行具合が、おぬしの高級車の足回りに似ておる。完璧に制御された四輪駆動。安全運転の第一歩じゃ」
「はぁ……」

 あれ? 伝わらんかったか? 一応頼光殿の乗っている高級車も交えて双方を褒めたたえてみたんじゃが。

「でも……華代さんが三成様を呼んで来てくれって」
「マ、マジか?」
「えぇ、マジです。みんなで度胸試しをしようっておっしゃってましたよ」

 ここでわしはライオン様の観察を諦め、立ち上がる。
 いつの間にか勇殿たちと少し離れてしまっていたのでとことこと走りながら後を追うと、勇殿たちはやはりにょろにょろさんを首に巻く体験コーナーへと向かっていた。

 んで、ここで事件発生じゃ。

「みなさーん。このニシキヘビはアミメニシキヘビといって、ニシキヘビの中でも長さが最大のヘビでーす! 原産国はアフリカで……」

 動物園の飼育員殿が4人がかりで巨大なにょろにょろさんを持ち、そのうちの1人が生態の説明を始める。
 わしらはその周りにできた20人ほどの人だかりの輪に混ざって話を聞いておったが、説明の最後に飼育員のお姉さんが笑顔で言い放った。

「じゃあこのヘビを首に巻いてみたい人ー? いるかなぁー?」

 いるわけなかろう。飼育員のお姉さんはドSか?

 と思ったのつかの間。

「はい!」
「はーい!」
「俺もー! はーい!」
「はい、はーい!」

 わし以外の全員が勢い良く手を上げ、お姉さんにアピールし始めたのじゃ。

 正気か? と。
 おぬしら、それでも転生者か? と。

 いや、転生者うんぬんはこの際関係ないのだけど、もちろんわしは手を上げずに沈黙を守る。
 しかしここで華殿がそんなわしに気付いた。

「光くーん? ふふっ! もしかして……怖いの?」

 こここ、怖いことなんてあるかぁ!
 いや、怖いけども!
 そんなにやけ顔で挑発されたら、わしだって黙っておらんぞ!?

「んな、んな……んなわけないじゃん!」
「じゃあ手ぇあげなよ?」
「い、いや、今日はみんなに譲ろうと……」
「あははっ! やっぱり怖いんだ!」
「怖くないってば!」
「じゃあ手ぇあげて、ほら! 早く!」
「う、うぅぅ……は、はい……」

 まぁ、手を上げるぐらいならよかろう。何もそれで“首巻き係”が決定するわけじゃないからな。
 とわしは恐る恐る手を上げる。
 できる限り静かに……なるべく目立たないように……。

 しかしこれが失敗じゃった。

「ん? あれ?」

 最初に気付いたのはミノス殿。
 わしが手を上げておるのを見るや否や、自身の手を即座におろしやがった。

「みんな……光君がヘビを首に巻きたいってさ」

 そして他のメンバーも。

「あ、あぁ、そう」
「じゃあ光君に……譲ろう」
「そだね。光君にはいっつもお世話になってるし」
「おねーさーん! こっちこっち! この男の子にさせてあげてェ!」

 いやいやいやいや、待て待て待て待て!!
 そんな気の使いようはいらんのじゃ!
 しかもジャッカル殿に限ってはわしのことを飼育員殿にアピールし始めやがった!

「ふふッ!」

 おんのれぇー! 華殿、その憎たらしい笑顔をなんとか……

 とわしは即座に手を下ろしながら、華殿への仕返しを思考し始める。
 しかし、わしの思考速度は華殿の動きの速さに勝てるものではなかった。

「おいしょっと」

 華殿が武威を使っていつの間にかわしの背後に回り、わしの体を持ち上げたのじゃ。
 しかもそのままの態勢で前に進み始めるときたもんだ。

「んな! 何を!?」

 もちろんわしは抵抗する。
 四肢をじたばたと動かし、華殿の両腕から逃れようと試みた。

 しかし――。

「わっしょい! わっしょい!」

 華殿の掛け声がその場にこだまし、それとほぼ同時に冥界四天王が動き出す。
 わしの手足をがっちりと掴み、まるで神輿を担ぐかのような勢いでわしを運び出したのじゃ。

 いや、待てと。
 冥界四天王の4人も悪意のある薄ら笑いをしておるし、これ絶対わしに対する嫌がらせと認識しておるじゃろ!!

「ぬおぉぉぉおおおぉぉぉぉ!」

 しかしわしの体は神輿の中心におる華殿の足運びにより、一歩、また一歩とにょろにょろさんへと近づく。
 このままではまずい。本当ににょろにょろさんを首に巻くはめになってしまう。
 と、わしはここで一つの案を決意した。
 武威の全開放。そして法威による武威の完全制御。この技術を全力で駆使して、皆の手からの脱出を試みた。

 だけど、華殿は悪魔じゃった。
 そんなわしの意図に気付き――あと飼育員殿たちに持たれたにょろにょろさんまで数メートルというところで、とんでもないことを言いやがった。

「みんなぁ! 光君が暴れるからこっから投げるよ! せーの!」
「おいしょー!」

 華殿が冥界四天王にわしの体を投げるよう促し、冥界四天王もそれに従ったのじゃ。

 結果、宙を浮くわしの体。

 しかし、ここであきらめないのが石田三成という男じゃな。
 つーか1人でこんな地獄を体験するのが嫌じゃったから、わしは投げられながら適当にそこらへんにある腕をつかんでみた。
 これにより、わしはもう1人の道連れを得ることに成功した。

「え? あ? うそ!?」

 ふっふっふ。
 今日の道連れはカロン殿か。

「いや、ちょっと待って! 俺は別にヘビを好きなわけじゃ……! 光君に譲るよ!」
「そんなん僕だって一緒だよ! でももう遅い! カロン君も一緒に地獄を見よう! ふぇっひっひっひ!」

 というかな。カロン殿も嫌じゃったのか? 案外簡単に暴露しやがったな。なのにわしを無理矢理運ぶなんて、意外と性格悪いわ。

 でももう遅いんじゃ。わしとカロン殿、にょろにょろさん体験コーナーにできた人だかりの輪の中心に躍り出てしまったからな。

「みみみ、光君。どど、どうするの?」
「どうするもこうするもないよ。覚悟を決めよう! ねぇ、お姉さん?」
「そ、そうね。じゃあ今回は君たち2人でこのヘビさんを首に巻いてみようね!」

 ちなみにな。わし以外のメンバーがさっきめっちゃアピールしておったから、他のお客さんからの立候補はなかったのじゃ。
 ゆえに結果選ばれたのはわしとカロン殿。
 2人体を寄せ合い、そしてビクビクしながら固まっておると、飼育員さんたちが巨大なにょろにょろさんをわしらの首に巻き始めた。

 んでじゃ。ここでわしらの脳内によくわからん現象が起きた。

『ん? お前たち、武威を持っておるな?』

 にょろにょろさんがしゃべったぁ!

 いや、そうじゃない! こやつ、わしらの脳内に直接話しかけてきおったぁ!


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