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どうにかこうにか直樹を落ち着かせて、涼佑達はもう帰ることにした。これ以上、ここにいても変に直樹を刺激するだけで、却って不安を助長させてしまうと思ったからだ。直樹には「自分が何とかするから、信じて待ってろ」とだけ言い残し、涼佑は夏神を連れて廊下にいる真奈美達へ帰るよう言った。真奈美達も同じことを思っていたのか、特に食い下がるようなことは無く、無言で一緒に階下へ降りて行った。直樹の母に帰ると伝えると、彼女は申し訳なさそうに一礼する。
「ごめんなさいね、涼佑くん。あの子、どうだった?」
「……早く色々、思い出してくれれば良いんですが」
それだけ言うと、直樹の母は自分が悪い訳ではないのに、「そうねぇ」と相槌を打った後「ごめんなさいね」と謝った。あまり気に病まないようにと言う涼佑に対して、直樹の母は「ありがとうね」と言い、その後すぐにかっと笑って涼佑の背中を叩いた。
「一丁前に大人の心配なんかしてんじゃないよ」
そう言うと、玄関脇に置いてあったビニール袋をそれぞれ涼佑達みんなに持たせた。
「ほら、涼佑くんもお母さんとみきちゃんに持って行きな。これで夕飯、一品できちゃうから」
「え? わ、ありがとうございます」
渡された袋の中をそっと見ると、そこには透明のビニール袋に入った野菜の漬物とお菓子が少し入っていた。おそらく貰い物だろう、お洒落な包装のラスクもいくつか入っている。涼佑は密かに直樹の母が心配だったが、この分なら、暫くの間は大丈夫だろうと思った。なるべく早く解決しようと決意して、涼佑達はそれぞれ礼を言ってから岡島家を後にした。
「それじゃあ、僕はこれで」
「え? 夏神くん、帰っちゃうの?」
岡島家から出てすぐに帰ろうとする夏神に、絢が名残惜しそうに訊くと彼は「うん、家の手伝いをしなくちゃいけないから。ごめんね」と謝る。申し訳なさそうな顔をする彼に大丈夫と返して、見送った絢だったが、彼の姿が見えなくなると、分かりやすく残念そうに項垂れた。
「私らも帰る?」
「帰らない。あの梅の木に行くよ、絢」
友香里のその言葉に絢は「えぇー!?」と抗議の声を上げた。夏神が帰ってしまったので、もう猫を被る必要も無い。なんでなんでと駄々をこねる絢に友香里はきっぱりと言った。
「直樹君がああなったのは十中八九、あの梅の木が原因でしょ。だったら、もう一回調査しないといけないでしょ」
「そうだけどさぁ……!」
「……いや、その必要は無い」
ふと、それまで黙って成り行きを見守っていた巫女さんが呟いた。彼女の声は涼佑にしか聞こえないので、分かりやすく「どうした? 巫女さん」と話しかける。それにこくりと頷いて、彼女は続けた。
「今回、ちょっと確かめたいことがあってな。だから、次の調査は私と涼佑だけで行きたい」
いつものようにそのまま伝えようとした涼佑だが、絢に「あ、大丈夫。今の巫女さんでしょ? 聞こえた」と遮られた。
「え? 聞こえた?」
「うん。次の調査は巫女さんと涼佑だけで行きたいって言ってたでしょ?」
「う、うん。そうだけど」
「そうなの?」
「うん。なんか確かめたいことあるんだって」
そういえば、絢は耳が聞こえやすくなっていたと思い出した巫女さんは、そのまま涼佑から少し離れ、絢に直接彼女達にやって欲しいことを伝えた。だが、絢は霊の声を聞くことはできるが、姿が見えないので、だいぶ驚いていた。
「うん、うん……分かった。そういうことなら、私らの出番ね!」
「なになに?」
「良いなぁ。巫女さんの声が聞こえるの……」
羨ましがる真奈美に苦笑いを送って、絢は巫女さんに言われた言葉そのままを伝えた。
「二人が梅の木を調べる前に、あの梅の木に近付いて休んでる生徒はどんな生徒が多いのか調べて欲しいんだって」
「所謂、洗い出しね」と何故か得意げに言う絢に、少し呆れていた友香里だったが、依頼されたことに関しては特に不満は無いらしく、「分かった」と苦笑した。真奈美も了承したが、やはり彼女は巫女さんの声が聞こえる絢を羨ましがっていた。
今後の方針も決まったところで、今日のところは解散しようということになり、皆真っ直ぐ自宅へ帰って行った。互いに気を付けるように言い合った帰り際、涼佑は傍らの巫女さんに何故二人で行くのかと詳しく聞き出そうとしたが、「まだ確信が持てないから言えない」と言われ、仕方なくそれ以上追求することは無かった。
次の日もやはり直樹は欠席で、真奈美達にばかり頼り切りになっては悪いと思った涼佑は、自分の教室の欠席者だけでもリストアップしておこうと、授業中や休み時間にノートに名前を書いていった。
昼休みにいつもの中庭に集まった涼佑達は、リストアップした生徒達の名前を一覧にした物をそれぞれ見せ合う。「オレも一応、まとめておいた」と言って取り出した涼佑に絢が「当然でしょ。でも、ありがと」と言って受け取った。昼食を食べながら、一人一人の名前を確認していく。こうして全体で見ると欠席者はかなりの人数に昇っており、何故今まで気が付かなかったのかと思う程だった。思ったより広範囲に被害が広がっていると分かると、改めて涼佑達はぞっとした。これは予想より残された時間は少ないのかもしれない。焦りを禁じ得ないが、今までの経験から考えて、焦っても仕方がない。むしろ焦れば焦る程、良くない方向に行った。
涼佑が密かに深呼吸をし、何とか落ち着こうとしていると、不意に友香里がぽつりと呟いた。
「これ……なんか偏ってる」
「ん? なに?」
「偏ってるって……?」
友香里の言うことがまだよく分かっていない皆は一旦手を止め、友香里に注目する。リストを見てもう一度、一通り目を通した後、やはり彼女は同じことを言った。
「被害者の名前、全員男子生徒じゃない?」
「え!?」
友香里に指摘されて、皆自分の目で確かめてみると、なるほど確かに彼女の言った通り、リストに上がっているのは男子の名前ばかりだ。これは一体、どういうことだろうと皆互いに顔を見合わせるが、答えが分かる筈も無い。考えても仕方ないので、結果を巫女さんに伝えると、彼女は「ふむ……本当に男子ばかりか?」と再三確認を取り、一人も女子がいないと分かると、何事か考えているようだった。そして、思案が終わったのか、巫女さんはやはりと切り出した。
「今夜、もう一度あの梅の木を見に行くぞ。涼佑」
「え? ……もういいのか?」
「もう一度、あの梅の木を調べたいからな」
「分かったよ、巫女さん。じゃあ、真奈美達も……」
「いや、今回真奈美達は控えてもらおう」
今までいつも一緒に調査をしていた彼女達を、今回は連れて行かないと宣言した巫女さんに涼佑は驚いて思わず、彼女をまじまじと凝視した。彼の視線の意味を理解した巫女さんは、簡単に説明する。
「こうも被害者が男子ばかりだと、今回の相手は意図的に男子ばかりを狙っている可能性が高いだろ? 女子がいると、却って相手は姿を現さないかもしれない」
「あ、なるほど。そういうことか」
「じゃあ、今回私達はこれで仕事終わりってこと?」
「う〜ん……いや、真奈美達はもし何かあった時の為に待機しておいて欲しい。今までは何とかなってきたけど、毎回上手く行くとは限らないからな」
「……何か、って……?」
「まぁ、『もしも』の時の為だよ」
涼佑はそう言うが、真奈美達は心配そうに彼を見つめる。そして、何かを決意するように頷いた真奈美が口を開いた。
「分かった……けど、涼佑くんだけじゃ心配だから、私達も離れたところで待機しておきたい。それでも、ダメ?」
真奈美達の気持ちに密かに嬉しく思いながら、涼佑と巫女さんはそれなら大丈夫だろうと頷いた。