最後くらい
学校が終わって下校していた時、桜子が走って追いかけてきた。
俺たちはいつも一緒に登校して、別々に下校している。
登校が一緒なのは桜子が起こしに来るから仕方なくだ。
一緒に帰る理由はない。
いつもと違うことが起こるときは、必ずなにかしらのイベントが発生するというサインだ。
俺は逃げた。
迫りくる毒舌ヒロインから全速力で逃げた。
どうせ逃げ切っても家に訪ねてこられるだろうからあまり意味はないのだが、せめてもの抵抗だ。
前にも言ったが、俺は結構運動できる設定だし、桜子は運動が苦手な設定であるため、本来俺が走力で桜子に負けるわけがない。
……本来はね。
全力で足を動かしているというのに、桜子を引き離すことができない。
作者は好き勝手にキャラの能力をいじることができる。
この作品は特にそういうことが多い傾向があるのだ。
時々キャラ設定に反して、桜子はあり得ない身体能力を発揮する。
今がまさにそうだ。
作者によって一時的に凄まじい脚力を与えられた桜子は風のように走り、とうとう俺に追い付いて肩を掴んできた。
頼むから設定を遵守してくれよ作者ァ……。
「……はぁ、はぁ。ちょっと。なんで逃げるのよ」
「追いかけられたら、普通、逃げるだろ、はぁ……はぁ……。あー疲れた。で、なんなんだよ」
俺が訊くと、桜子は顔を背けた。
「……えっと。その……」
「なんだよモジモジして。小便ならそこの公園のトイレにでも行ってこいよ。俺は帰るからさ」
「違うわよボケ! ……そ、そういえば来週花火大会があるらしいわね」
……。
俺は桜子のその言葉を聞いた瞬間、直感的に悟った。
きっとこれが最後のイベントになる。
なぜなのかは分からないが、そういう確信があった。
俺は酷く動揺しながら焦点の定まらない目で桜子を見つめた。
「……桜子」
「な、なによ」
「花火大会、一緒に行こう」
自分でも信じられない言葉が口から飛び出た。
桜子は宇宙人でも見るような目で俺のことを見てきた。
「へ、へぇー。あんたがどうしても私と一緒に行きたいなら」
「どうしてもだ」
「え……あ、うん。わかった」
桜子はこくりと頷いた。
俺から桜子のことをなにかしらのイベントに誘ったのは初めてだ。
でも今回はどうしても自分からが良かった。
いつもみたいに受動的な、不可抗力で巻き込まれるだけっていうのが嫌だったのだ。
最後くらい本当の意味で自分の意思によって物語に関わりたい。
作者がどう考えているのかは知らないが、多分次回が最終回だ。