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在城の弐


 その日の夜、わしは一軒家城の居間で、康高と一騎討ちをしておった。
 2人ともすでにゆうげを食べ終え、食後の一休みも終えてからの決戦じゃ。
 少し離れた所では、さっき帰城したばかりの父上が飯を食い、母上も父上の晩酌に付き合っておる。

「うりゃー! とりゃー!」

 武器はもちろんわしが京都で購入した木刀。
 お互いの木刀がぶつかる瞬間に発生する“こんこん”という乾いた音が耳によく、握った瞬間に掌に吸いつくような木の感触も素晴らしい。
 流石は天下に名高き新撰組の木刀じゃ。

 戊辰の時新撰組が徳川方におったというのが気にくわんけど、武士の鑑となるようなあやつらの生き様は敵ながらあっぱれだと思う。
 その魂がこの木刀に込められていると思うと、感傷的な気分になるのも無理はない。

「おっと! ほい!」

 こん!

 あっ、やっちまった。
 考え事しながら康高の攻撃をさばいておったら、ついつい反撃しちゃった。

「ぐ……ぐぅ……とーう!」

 いや、康高は少しだけおでこの痛みに耐えた後、すぐに攻撃を再開した。
 うむ。なかなか気丈なわっぱじゃ。その気丈さをわしに対する執着心にも応用してほしいぐらいじゃ。

 ちらりと母上を見れば、いぶかしげな顔でこちらを見ておる。
 今にも怒られそうだけどわしは康高をボコボコにする気はないし、周囲の壁や家具にも危険は及ばん。
 今のわし法威を覚えてから武威の出し入れも格段に速くなったし、もし康高の木刀が周りにぶつかりそうになっても、瞬時にそれを抑え込めるのじゃ。

「はぁはぁ……もういっちょう……」
「よし、強いぞ康君! もっとかかっておいで」

 ところで、わしにじゃれついてくる康高はやっぱ可愛いな。

 わしが京都から戻ってきた時は母上と一緒に一軒家城の最寄りの駅まで迎えに来て、改札口の近くでわしに抱きつきながらわんわんと泣いておった。
 その、一軒家城に戻る途中も泣きっぱなしだったし、一軒家城でわしが荷物の後片付けをしておる時も泣いておった。

 さらに――
 一軒家城に着いた時はまだお日様が高かったので、わしは暗くなる前にジャッカル殿たちの元へお土産を届けようとしたんだけど、康高はやっぱり泣きながらそれに付いて来て、冥界四天王から「やっぱりお兄ちゃんが1番なんだね」とか言われる始末じゃ。
 そして一軒家城に戻っても泣き、ゆうげの時も泣き、わしのお風呂タイムに泣きながら乱入し、寝る時も泣きながらわしの布団に入ってきた。

 ……もうさ。然るべき医療機関でカウンセリング受けさせるべきだと思うんじゃ。
 京都から戻ったら母上がげっそりしておったけど、マジで心中察するわ。

 でもさすがに次の日にまで康高の号泣は続くことはなかった。
 その代わり、ストーカー行為が始まったけどな。

 その日のわしは華殿の宿題のコーチをする約束になっていたから、朝一で三原の事務所に向かったんだけど、康高はわしの50メートルぐらい後を尾行し、わしが事務所に入った後はきっちり30分たったところで、偶然を装いながら事務所に入ってきおったのじゃ。

「たまたま散歩してたら、お兄ちゃんの姿が見えて……きちゃった!」

 って……。

 魂胆見え見えだし、そもそも尾行がバレバレじゃった。
 それにこの事務所は4歳の康高が独りでうろついていい範囲を超えておるから、大至急母上を呼び、康高を回収してもらうようにお願いしたんじゃ。

 でも勇殿も華殿も康高とは見知った仲だし、母上が迎えに来るまで3人揃ってきゃっきゃきゃっきゃ騒ぎ始めておったわ。
 勇殿は1人っ子だし、華殿はお姉ちゃんがいるだけだから、康高から「勇お兄ちゃん」「華お姉ちゃん」とか呼ばれるのが嬉しいんじゃろうな。

 唯一わしから“弟が転生者かもしれない”という相談を受けておった三原が、品定めをするような視線で康高を見つめておったのが印象的だった。
 三原は観察の最後に「ふっ」って笑い声を洩らしていたけど、それ以上は何も言わずに事務所の開店作業に入りおった。

 「ふっ」ってなんじゃ、「ふっ」って……?

 でもそんな康高も徐々に落ち着きを取り戻し、3日目ともなればほとんど以前の康高じゃ。
 わしも康高を毛嫌いしておるわけではないから、風呂に入るまでのこの時間、康高と戯れて過ごそうということになったのじゃ。

「ほい! ほい! ほい!」

 うーむ。
 もしかして4歳の竹千代ってすでに武道を始めておったのか?
 力もないしスピードもないし、トリッキーな動きももちろんしないけど……こう、なんてゆーか、木刀の振り方が結構しっかりしておるのじゃ。
 わしは野球の道を選んだけど、こやつは剣道が似合っておるのかも知れん。
 今度あかねっち殿に相談してみよう。

 それと……。
 つけっぱなしのテレビのニュースでは、やっぱり関東圏で起きる爆発テロの情報が放送されておる。

 最初の頃は横浜のあたりと足立区のあたり。
 先に都内の中心部に陣を構えた北条さんが、鎌倉源氏と奥州源氏を南北二方向で迎え撃ったのじゃろう。
 でもわしらが京都に行っておる間に、南北に分かれていた戦線の距離も品川と豊島まで狭まり、最近は港区や中央区のあたりで戦いが繰り広げられておるようじゃ。

「物騒ねぇ。いつになったらこの爆弾テロ終わるのかしら」

 母上がテレビを見ながら独り言のようにつぶやいた。
 それに父上が缶ビールを飲みながら答える。

「んー。でも被害者が1人もいないんだから、いうほど危険じゃ無くね。壊された建物の所有者はたまったもんじゃないけどさ。
 あれ? 爆弾テロの被害って保険降りるんだっけ?」
「えぇ? 知らないわよ」
「でもさ。これ、不思議なのが爆弾の残骸や火薬の燃えカスが見つからないんだって。噂じゃ証拠を残さない新型爆弾ってやつらしい」
「へぇー。じゃあ、その新型爆弾が量産体制に入ったら、もっとひどい爆弾テロが多発することになるのかしらね」
「うーん。こえぇな」
「あなた、会社の行き帰り気をつけてね。どうする? これを機会に電車通勤やめて自転車で通う? 2年前に買った無駄に高価なロードバイクが物置で眠ってるけど」
「それは言うな。でも、そうだな……電車が狙われたら……」

 相変わらず仲のいいことで。
 でも話の根本が間違っておる。

 あぁ、言いたい。
 今東京でなにが起こっているか。武威とは何か。
 康高の攻撃が相変わらず単調なのでそろそろ飽きてきたけど、代わりに父上と母上に忠言したい。

 ……でも、それはしない方がいいんだろうなぁ。

 知れば逆に危険が及ぶ。
 なぜ? どういう理屈で危険が迫る?
 というのははっきりと言えないけど、この件はおそらくそういう類の秘密じゃ。
 わしの勘だけど転生者云々、武威云々の話は“知らない方がいい”というのがぴったり当てはまることだと思うんじゃ。

 さすれば、父上たちにはあくまで爆弾テロだと認識してもらい、民間人が出来る程度の自衛だけしてもらうのがよかろう。
 それにやつらはどうやら夜に戦っておるらしい。
 戦地も東京の東の方に移っておるから、中野に住むわしらと、その中野から新宿に通う父上が戦場に居合わせてしまうことはあるまい。

 さて、それはいいとして――そろそろ康高がよろよろとしてきた。
 わしも三原の体罰によるダメージが残っておるから、これ以上はなかなかしんどい。
 まぁ、訓練の後、三原がショッピングモールに入ってるアイス屋さんで高級ソフトクリームをおごってくれたから、心は回復してんだけどな。
 わしら3人明らかに三原の飴と鞭に操られておるけど、美味しいものは仕方あるまいて。

「ふーう。康君? 今日はここまで。疲れたし、汗かいたから、お風呂入ってくるね」
「ぼぐもー! ぼぐもお兄ちゃんど一緒におぶろはいるーー!」

 くっそ。
 クライング康高。突然の登場じゃ。
 風呂くらいゆっくり1人で入りたいのに……。

「あら、康君? 今日もお兄ちゃんと入るの? ならお風呂はもう湧いているから、入ってきなさい。光成? 康君を頼むわね」

 しかも、康高の育児を押しつけられたようなこの感じ。

 まぁよいか。
 今日は充実し過ぎるぐらいに色々あった日だから、その締めくくりとして康高とお風呂でちゃぷちゃぷするのも悪くはなかろうぞ。

 わしは2階に上がり、着替えの下着とお気に入りの甚平を棚から取り出す。
 ついでに1階の中級武士の部屋に行き、クローゼットの中から康高の着替えも用意してあげた。

「いざ! 入浴!」
「イエス! イントウ ザ バスルーム!」

 その時、居間の方から電話の鳴る音が聞こえた。
 そんなもん知ったこっちゃないと、わしらは脱衣所で装束を脱ぎ始めるけど、20秒ほどして母上の声が聞こえてきた。

「みーつーなーりー? 電話だよー!」
「誰からぁっ?」
「寺川せんせーだよー!」

 じゃあ無視しちゃおう。

「あとでかけ直すって伝えておいて」
「急ぎなんだって! 今おねが―いって!」

 くっそう!
 急ぎなんて絶対嘘じゃ。寺川殿は自分の用事をさっさと済ませたい時とかにそういうちっちゃい嘘を言うのじゃ。
 わしは今、康高と楽しいお風呂タイムをしようとしておるところだし、むしろこっちが急ぎの用事じゃ。

 しかし……。

「寺川せんせーからでんごーん! “北条さんがうちに来ているからすぐ来て”ってさ」

 それを聞き、わしは即座に脱衣室を飛び出る。
 全身まっぱだし、可愛い可愛いわしのちっちゃいわしがぷらんぷらんしておるけど、関係ない。

「ちょ、あんた! なんて恰好で出てきたの!」
「ぎゃっはっは! 光成ぃ! それでこそ男だ!」

 居間にいた母上から叱られ、ゆうげを食っていた父上から爆笑されたけど、それも関係ないのじゃ。
 母上が手に持っていた受話器を奪うように手にとり、わしは叫ぶように話しかけた。

「テラ先生!? どういうこと!?」
「あっ、もしもし? 佐吉? 何してたの?」
「お風呂入ろうとしてたとこ!! そうじゃなくて、どういうこと!?」
「あらそう。1人で?」
「康君とだよ! 康君もうお風呂入っちゃってるし、1人で頭洗えないから僕が洗って……そうじゃなくてどういうこと!?」

 なんでわしだけ焦ってんのじゃ?
 寺川殿、わしのことからかってねぇ?

 もしかして……酔っ払ってるとか……?

「あぁ、じゃあさ。お風呂上がったくらいに迎えに行くわ。ちょっと本当に困ってて……私どうすればいいのかわからないから、あなたの意見を頂戴」
「わか……わかったけど、そんなにゆっくりしてていいの? 今すぐ行った方がいいんじゃないの?」
「いや、大丈夫かな」
「大丈夫って……そこに北条さんがいるんでしょ? 何人?」
「……? ん? 北条の人? えーとねぇ。1、2、3……7。男の人が7人ね」

 寺川殿はいい歳だけど、おなご1人の部屋に大の男が7人押し入っておるじゃと?
 おいおい大丈夫か?
 寺川殿の強さがあれば大丈夫かもしれんけど、相手だっておそらく武威を持っておるじゃろうし、なにが起きるか分からんじゃろ!?

「わかった。今からそっち行く」
「え? あっ、じゃあ迎えに行こうか?」
「大丈夫。お父さんに送ってもら……あっ、やっぱダメだ。お父さんもうお酒飲んじゃってる」

「おーにーちゃーん! 早くお風呂においでよーう」

 その時、風呂の方から康高の叫び声が聞こえてきた。
 ふんぬぅ。
 どいつもこいつも!

 加えて、電話の向こうから盛り上がってる声も。

「氏康さん! そこ違う! 東の海に行って! そっちに行けば戦艦あるから!」

 あっ、こいつら、ゲームしてやがるな?

 なら知ったことか。
 わしは康高と楽しいお風呂タイムなのじゃ。

「テラ先生? 僕お風呂入ってくるから、30分ぐらいしたら迎えに来て……」
「おっけい。それじゃまた後で! あっ、お父さんとお母さんにも一言言っておいてね」

 がちゃり……

 ……

 ……

 うん、お風呂入ってこよう!

「廉くーん。おまたせー!」
「わー、お兄ちゃんだー!」

 その後、わしと康高はお風呂で“太平洋の孤島ごっこ”なる不可思議な遊びを行う。
 今日の入浴剤が白かったから、ちょうどよかったのじゃ。
 康高なんて孤島の中心にある火山を噴火させちゃうしな。
 この後、何も知らずに風呂に入る父上たちが可哀そうで仕方がなかったわ。

 といってもゆっくりつかっている場合ではないので、わしらは早めに風呂から上がることにした。
 康高の着替えを母上に任せ、わしはお泊り道具の準備に取り掛かる。
 その途中、寺川殿の来城を示す電子音が鳴った。

「夜分遅くすみませーん! 光成君を迎えに来ましたァ!」
「あらあら、これはどうも。いつもうちの光成がお世話になっておりますぅ。ささ、これさっき小谷さんとこのお母さんから頂いたパンです。うちじゃ多すぎるから、どうぞ持って行ってください」
「あーらー! 本当にすみませーん。いっつも美味しいもの頂いちゃってぇ」
「いーえー。うちの子がお世話になってるんですから、これぐらい当然ですよー」

 今さらなんだけど父上と母上。わしと寺川殿の関係にそろそろ違和感持ってくれてもいいんだけどな。
 男女関係になるような年齢差じゃないし、かといってわしはもう寺川殿の生徒じゃないし。
 4年も前に卒園した幼稚園の担任と今もこんなに仲いいなんて、絶対おかしいじゃろ。
 しかも寺川殿の1週間の里帰りに、わしふっつーに付いて行ったんじゃぞ?

 と思ったけど、玄関でわしの頭を撫でながら2人のおばさん会話を聞いておる父上。
 ちらりと目があったけど、この感じは“お前にもいろいろあるんだろ? 気にしないで行ってこい”って雰囲気を匂わせておる。
 もしかするとわしのいないところで、父上が母上をいろいろ言い聞かせてくれておるのかも知れん。
 わしが今宵外泊するということを知り、背後で泣き始めた康高は放っておくとして、やはり父上は徐々にわしの秘密に近づいておるのじゃろう。

 知られても嫌だし、かといって父上が何も知らなかったら、わしの転生者活動にも支障が出る。
 そういうことも察してくれている父上の眼は、わしとしても嬉しいような怖いような――そんな感情を覚える不思議な瞳じゃ。

「んじゃ、行ってきまーす!」

 なので、この件はこれ以上思考の意味なし。
 父上と母上に元気よくあいさつし、その後わしは寺川殿の車に乗り込む。
 長屋へと向かう車中、わしはいてもたってもいられず運転中の寺川殿に話しかけた。

「北条さんが何しに来たんじゃ? 増援か? 寺川殿が巻き込まれるぞ?」

 いわずもがな、わしと寺川殿は豊臣家の人間じゃ。
 その豊臣家の天下統一に最後まで抵抗したのが北条さんとこじゃ。
 破竹の勢いの豊臣軍を相手に一戦交えようなどと、考えようによってはあっぱれとも言えよう。
 でもどう考えても豊臣に勝てるわけなかったのに、臣従するどころか無駄な抵抗を続け、戦にまで発展させた。
 あの戦いで北条方の兵も数千数万の死者を出したし、開戦に踏み切った北条方はとてもじゃないが褒められる判断ではない。

 しかもじゃ。
 小田原征伐の時に北条方を指揮していた氏直は責任を取って切腹するどころか高野山に出家しやがって、しかも数年後にいきなり殿下の前に出てきて、“やっぱ大名にさせてもらえませんかねぇ”とかほざいたのじゃ。
 やつの処遇に関しては、裏ににっくきくそダヌキ――康高のことじゃなくて徳川家康の方だけど――その家康がちゃちゃ入れておったからそれも気にくわん。
 氏直本人は大名として復活する前に死んだけど、結果、氏直の死後すぐにやつの従兄弟が1万ちょいの石高で復活しておる。

 おそらく殿下から氏直に与えられる予定だった石高が1万ちょいだったんだろうな。
 そんなちっちゃい領土で納得するなら、はなから抵抗すんなよ、と。
 殿下は服従する大名には領土を保証する方針だったから、最初っから素直に臣従の意を示せば北条家は本来持っていた二百五十万石を確保できたし、無駄な戦も避けることが出来たのじゃ。
 小田原征伐の時に死んだ部下に申し訳ないと思わんのか?

 ――って感じで、わし、実は北条さんとこはあまり好かん。
 だから源氏を相手に劣勢になっておる北条さんとこを助けようとも思わんし、寺川殿がそれを匂わすことを言ったら、事前に辞めさせるつもりじゃった。

 でも、この感じじゃやつらは突然長屋に来て、寺川殿に助けを求めたっぽい。
 とはいえねね様といっても今の寺川殿は前世の記憶や判断力を、あくまで30半ばまでのものしか持っておらん。
 普段寺川殿がわしにいちいち繰り出す策略はウザすぎるぐらいに完璧だけど、こういう政治の絡んだ判断は豊臣政権を切り盛りした頃の記憶のあるわしの方が適任じゃろう。
 わしもそう思っておるし、寺川殿もそう思ってわしに電話してきた。

 でも……あぁ、やっぱり気が乗らん……。
 これが上杉だったら、わしテンションマックスで力になるんだけど……。

「だから、それをあなたに決めてもらいたいの。つーかビックリしたわよ。いきなり押しかけて、“ねね様の御仁徳を我らの力に。是非!”とか言われてさ。“ねね様だったら全国に散らばる戦国武将をまとめることが出ましょうぞ”って……都合良すぎるわ」
「そうじゃな。百歩譲ってねね様の名を出せば、相当な数の戦国武将が集まってくるはず。でもそれは寺川殿がそう考えた時にすべきことであって、北条さんとこにとやかく言われる筋合いではない。助けてほしいんだったら、源氏との争いが起きる前にするべきだし、負けたんなら負けたで一度地方に逃れるべきじゃ。劣勢になったとたんそんな話を持ってきたあたりも気にくわんし、往生際の悪さも気にくわん」
「あははッ! ちょっと待って。佐吉? 佐吉ってそんなに北条さんとこ嫌いだったっけ? 私より機嫌悪くない?」
「あた、当たり前じゃ! わしが素の態度でくつろげるとっておきの秘密基地に、ずかずかと入られたのじゃぞ! これが許せるわけ……そうだ。なんでやつらは寺川殿の長屋を突き止めたのじゃ? 元々親交あったのか?」
「それも不思議。なんでここが分かったの? って聞いても首を横に振るだけだし。私の住所調べられていたなんて、1人の女の子として不安すぎるわ」

 30半ばにもなって、自分のことを“女の子”と言い張る寺川殿の方が不安すぎるわ。

「じゃあそれも無礼の極みじゃな。人に助けを求めておいて、こちらの質問には答えないなんて。三原にでもチクってやるか? あやつは源氏だし、その男たちは多分源氏側から懸賞金掛けられてるだろうから、三原喜ぶぞ!」

 次の瞬間、寺川殿が急ブレーキをかけた。
 わしはシートベルトをしておったから、フロントガラスにダイブすることはなかったけど……。
 今の急ブレーキ、わしの大事なタイヤちゃんがだいぶ擦り減ってしまったんじゃなかろうか。

「あいつ……絶対そうだ。三原が私のことバラしたんだ! 三原は心の底から鎌倉源氏の一員じゃないし、戦いが長引けば長引くほど儲けられるんだ! だから北条側に隠れ家提供したんだ!」

 う、うん。そうかも。
 た、多分……京都の時の仕返しじゃな……。

 お互い似た者同士……。
 この2人は、そろそろ結婚しちゃえばいいと思う。

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