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第22話 担任前夜。

 (にぎ)やかな食卓を後にし、玻璃は末っ子たちを風呂場まで誘導した。残りの世話は大柳に一任し、自室へと向かう。
 リラックスできる部屋着に身を包むと、玻璃は肩の筋肉をほぐしつつ、明日への準備準備に取り掛かった。
 玻璃は市島姫姫から渡された書類を手に取り、ページの最上部から丁寧に内容を追っていく。
 そして、書かれている生徒の名前を、ゆっくりと声に出して読み始めた。

 【一年一組自覚者リスト】

 ・挙田(あぐた)(あき)
 ・稲継(いなつぎ)奈央(なお)
 ・柏原(かいばら)(なごむ)
 ・新田(しんでん)物朗(ものろう)
 ・瀬加(せか)一図(ひとえ)
 ・童子山(どうじやま)るる
 ・比延(ひえ)叶実(かなみ)
 ・氷上(ひかみ)ひより

 玻璃は各生徒のデータを読み進めつつ、一人一人の顔と名前、そして印象的な特徴を結びつけていく。接客経験で培った記憶力と観察眼が、今この瞬間に存分に発揮されている。
 玻璃は軽く首を振り、頭の中の情報を整理するかのように、目を閉じてしばし黙考した。

 ――童子山は、保健室の一番の常連で、自分のことより他人のことで相談に来ることが多い。優しい子やな。
 この前は瀬加を連れてきて、二人とも真剣になって新田のことを相談してきた。
 新田の自覚が中途半端なことを気にしてたけど、私も正解を提示できるわけやないしな。あと、瀬加は新田のことが好きなんやろうけど。
  その新田も過去にいろいろ抱えているようやけど、本人がどこまで覚えてるのかわからん状態やな。

 ――挙田か。あの子はいつも男子グループで連れ立って騒がしくやってくる、やんちゃそうな子や。周りからアッキーと呼ばれてる。
 でも、いつも一緒にいる友達の名前がリストにないな。
 柏原とは仲ええはずやけど、一緒に保健室に来たことはないはず。
 挙田本人から自覚の話なんて聞いたことない。自覚者やったとはまるで知らんかったな。

 ――柏原と氷上か。あの子らはよう一緒におるな。保健室にも二人でやって来る。
 なごさん、ひよさんと呼び合って仲良さげではあるものの、カップルとかではないんよな。
 主に氷上のトラウマのケアが中心やったな。あの子、複雑な事情抱えとるから、私も気にかけてやらんとな。
 柏原自身も何か抱え込んでるんとちゃうかな。

 ――稲継と比延……この子らは正直よう知らんな。保健室にも来たことないし、どんな生徒なのかもわからん。
 なかなか誰にも相談できん状態の可能性もあるし、積極的に話しかけた方がええかもしれん。

 リストにはご丁寧にも生徒一人一人の顔写真まで貼ってある。 しかし同時に、センシティブな個人情報や詳細な背景などは慎重に省かれていた。玻璃自身が把握している情報、そして市島姫姫も当然知っているはずの詳細が記載されていないことに気づく。
「うーん、市島のこういう気遣いはいいな」
 玻璃は少し感心したように(つぶや)いた。
 玻璃がリストの最後まで目を通すと、そこには他の情報とは明らかに異なる、奇妙な一文が記されていた。

 ▲箸荷(はせがい)倫子(りんこ)……()()()、確実に自覚しているが警戒心が強く接触できていない

「捕殺師!? なんやそれ」
 玻璃は思わず声を上げた。初めて目にする言葉に、戸惑いを隠せない。
 玻璃は再度リストを確認したが、捕殺師についての説明は見当たらなかった。
「しゃあない、明日からゆっくり距離を縮めていくしかないな」
 そう漏らしながら、玻璃は自分のノートを開いた。ペンを手に取り、それぞれの生徒について自分の言葉で記入し始める。
 これからの接し方、警戒すべきポイント、そして自分の素性をどこまで明かすか。玻璃は慎重に言葉を選びながら、それぞれの生徒に対する方針を丁寧に記していった。
 玻璃はリストに載っていない生徒たちのことも忘れずに、ノートに新たな欄を設けていった。
 保健室への来訪経験がある生徒に関しては、その時の状況や対応を思い出しながら、詳細に書き記していく。微妙な表情の変化や、何気なく漏らした言葉まで、可能な限り詳しく書き留めた。
 すべての記入を終えた玻璃は、机の引き出しから電子タバコを取り出し、ゆっくりと吸い始めた。
 立ち(のぼ)る薄い煙を眺めながら、明日から始まる新たな挑戦に思いを巡らせた。

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