第35話 『不殺不傷』の誓い
「話は変わるが、お前さんの『不殺不傷』というご立派な信条。神前が一人前になるまで……中断と言うことにしてくれねえかな」
頭を下げた嵯峨はそういうと静かにランを見つめた。ランは先の大戦での虐殺行為を強制されたことを思い出して苦笑いを浮かべた。
何も好き好んで無抵抗の市民や捕虜を虐殺したわけでは無い。だが、その事実は消しようが無かった。
ランが東和共和国に亡命した理由も『不戦中立』を国是としていたところにあった。彼女は東和陸軍に入る時の条件も『戦闘には参加しない』と言う軍人としては奇妙に見える一文がその契約書に含まれていたのを思い出した。
そんなランに嵯峨はあざ笑うような下品な笑顔で見つめながら頭を下げた。
「俺の得意の『土下座外交』って奴だよ。頼むわ。人間、生きてりゃなんとかなるもんだ。すべての人間は『生きなおせる』ってのが俺のポリシーだ。お前さんには『英雄』を作れとはいわねえよ。アイツなりに成長してくれればそれでいい、駄目ならやり直す。それが人生さ」
嵯峨の言葉にランは子供のような顔に戻り、ニヤニヤ笑いながら嵯峨を見つめた。
「『不殺不傷』を置いておいてくれってことは……軍関係の『英雄』を自称する『修羅』は斬っていーってことだな?」
そう言うとランは黙って嵯峨をにらみつけた。
「いいぜ。死んでご立派な『護国の神』にでもなりゃあいい。それが俺達の仕事だ。『英雄』は自分の引き起こした『悲劇』の責任を感じて『切腹』でもしてろってところかな」
嵯峨はそう言って冷めたお茶を飲んだ。そして、下世話な雑誌の下から一枚の男の写真を取り出した。
そして手に持ちランから見えるように、長髪の美丈夫の顔写真をつまみ上げた。