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上洛の陸


 法威の修行を始めてから6日目の夜。
 わしは輪生寺の本堂で座禅を組んでいた。

 ……

 時間はもうすぐ8時になろうかというところ。
 ゆうげもたらふく食べ、勇殿と一緒に風呂も入った。
 今寺川殿と華殿が一緒に風呂に入っており、勇殿は別室で三原とプロ野球を見ておる。

 でもキャッチャーたるわしが言うのもなんだけど、息詰まる投手戦はわしにとってやっぱり面白くない。
 ここ最近座禅をしておらなかったゆえ、こうして1人本堂に来たわけじゃ。
 いつもと違い、わしの目の前にはでっかい仏様の像が鎮座しておる。
 やっぱこういうところで座禅を組むと考え事がはかどるわ。

 ちなみにこの後華殿たちが風呂から上がり次第みんなで花火大会を行い、それで今日は消灯とのことじゃ。
 わしらと同様寺川殿はこの寺の一室を借りておったけど、三原は京都市内の知り合いの旅館に泊っておるので、花火が終われば三原は旅館へと帰るじゃろう。
 この6日間寺川殿もこの時間から外出することが多く、陰陽師勢力の各所を回ったり旧友との会合など楽しんだりしておるらしい。
 流石に京都でよからぬ仕事はしてなさそうじゃ。

 そしてわしらも過酷な修行をこなす一方、京の都もしっかり楽しんでおる。
 2日目は金閣寺などを観光し、3日目は勇殿のお誕生日会。あと、わしに限っては4日目に寺川殿と佐和山城跡に行った。

 泣いてたまるかと気を張っておったけど、佐和山の変わり様を見てしまったら、やっぱダメだったわ。
 分かってはいたけど建物どころか城壁も石垣もまともに残っておらず、うっそうと生い茂った木々が四百年の時の流れを伝えるだけ。
(あぁ、ここには三の丸があったな。んでここを上がれば二の丸じゃ)
 みたいなこと考えながら歩いていたけど、でもその建物が存在しないんじゃ。
 冷静でいられるわけなかろう。

 寺川殿が一緒に行ってくれたんだけど、帰りの電車の中でおいおいと泣き、京都駅のホームでついに崩れ落ちるわし。
 そりゃ駅員さんにも心配されるし、わしと寺川殿は親子に見えるから、駅員さんに児童虐待の類かと疑われた。

 まぁ、普段のわしはある意味もっとえげつない折檻を寺川殿から受けておるといっても過言ではないんだけどな。
 泣いてるわし本人が虐待を否定したから事なきを得たんだけど、京都駅の駅員さんにまた迷惑をかけちゃったんじゃ。

 でも佐和山を訪れてよかったと思う。
 家族とか家臣とか。
 城の面影がほとんどなかっただけに、逆にそういう人物の顔をはっきりと思い出すことが出来た。
 一人旅が許されるような歳になったらまた行ってみようと思う。
 嬉しさと寂しさが混ざる気持ちになる。そんな1日じゃった。

 んで法威の修行に関しても、有意義な時間を過ごしておる。
 初日に行った法威を認識する修行。
 わしはなぜかあっさりとその課題を乗り越え、次の日にはさらに難しい修行へと進むことが出来た。

 でも勇殿も華殿も第1段階でつまづき、それを乗り越えるために3日間を要する必要があったのじゃ。
 とはいってもその先の段階の修行は本来何年もかけて行うものだし、各段階の達成条件みたいなのも明確に決められておるわけではない。
 第1段階以降の修行は修行というよりは“修行のやり方”を体験し、確認しただけじゃな。

 荒ぶる武威を静かに抑える法威。
 本来は異なるこの2つの力を同一の感覚として認識し、両方を同時に違和感無く操れるようにするための修行。
 武威の周りに法威の膜を作り、それを拘束器具とすることで武威の垂れ流しを抑える修行。
 武威の出し入れの速度を上げるため、体内に納めている武威を法威でぺしぺし体の外にはじき出す修行。
 などなど。
 あとわしの特技である敵探知能力の有効範囲も、法威を併用することで格段に広がっておる。

 そのほかにもいろいろと教えてもらったけど、どれも一朝一夕で出来るものではないのじゃ。
 逆に言うとこれから日々たゆまぬ修行を続けることで、どこまでも強くなれるという意味でもあるんじゃ。

 今回の件で勇殿と華殿に疑われないようにするための朝の演技シュミレーションはあまり必要なくなったから、今後わしは毎朝座禅を組みながらこの訓練を行っていこうと思う。
 他のわっぱにばれないようにするのは今後ももちろん必要だけど、一緒にいる時間の長いこの2人に過剰な気を使わなくてよくなったのは非常に助かる。
 あと英単語の習得もあと数ヶ月で終わる予定だから、その時間をまとめて法威の修行に当てようと思うんじゃ。

 あっ、英単語で思い出した。
 康高じゃ。
 毎晩母上の携帯電話から寺川殿の携帯電話に“康高コール”が入っておる。
 んで寺川殿から携帯電話を渡され、わしは康高と話すんだけどその前に電話の向こうにいる母上から言われるんじゃ。
 今晩も康君がぐっすり寝れる様に一声かけてあげて、って。
 付き合って1ヶ月のバカップルじゃあるまいし、いちいち面倒くさくてたまらん。

 でも母上の話によると、最近康高に新たな友達ができ、楽しい日々を送っておるらしい。

 ……うん。

 わしにかかる負担が少なくなりそうだけど、この件についてもわしは素直に喜ぶことは出来ん。

 この夏休み。
 わしらの野球と同じように、サッカーも夏の大会や遠征といった大きなイベントを終えておる。
 あと以前わしは“自由課題をあらかた終えた”と言っておったけど、それはつまり完全には終わっていないということじゃ。
 わしと勇殿は特別に京都に来させてもらったけど、最後の詰めの作業はまだ終わっておらず、わしらがこっちに来ているうちに冥界四天王がそれをやってくれていたのじゃ。

 んでその作業の途中、冥界四天王はわしのまとめた調査結果の元データが必要となったらしい。
 もちろんわしは父上の書斎のパソコンを使わせてもらっていたから、そのデータは書斎のパソコンに入っておる。
 それを求めて冥界四天王が2、3日前に我が一軒家城に来たとのことじゃ。

 でも……。
 その時は父上が対応してくれたらしいけど、父上と冥界四天王が書斎でデータの受け渡しを行っておる時に、部屋には1人の部外者がいたのじゃ。
 その部外者は兄を失った悲しみを埋めるように、冥界四天王へと近づき……。

 そして、

 最近の康高は、冥界四天王の4人に混ざって遊んでおるらしい。

 ……。

 もうさ。
 最悪わしにはどんなに迷惑をかけても構わんけど、さすがにわしの友人にまで迷惑かけられたらたまらわんわ。
 ここはぜひともガツンと言って、康高にそのような行いは辞めさせねばならん。

 と康高を叱ってやろうとしたら、母上から止められた。
 なんでも康高が冥界四天王の遊びに無理矢理混ざっているわけじゃなく、冥界四天王の方からわざわざ我が一軒家城に来てくれて、康高を遊びに誘ってくれているらしいんじゃ。

 うーむ。

 徳川家康と、4人の愉快な仲間達。
 すっごい嫌な予感がするけど、これ以上は考えないようにしよう。

 あと大したことじゃないけど、現金書留で追加のお小遣いを送るから、冥界四天王のお土産も買ってくるようにとも言われておる。
 木刀4本の追加。
 昨日その軍資金が届いたし、追加の木刀もすでに買ってある。
 でも帰りの荷物が重くなりそうだし、宅配便で送ろうかと迷っておるところじゃ。
 まぁよい。それは明日考えよう。

 最悪三原にでも運搬を頼んでみれば、快く引き受けてくれそうな気がする。
 ここ数日の三原が見せる、熱心な仏教徒っぷりはそう思わせるに十分なものだったのじゃ。

 対照的に毎晩のように地元の旧友と呑んでおる寺川殿は、朝帰りに二日酔いという下劣なフォーメーションを見せておる。
 それを介抱するわしの身にもなってほしい。

 あと勇殿はまだ武威に目覚めておらん。
 生存本能を刺激すれば覚醒するかもと思い、いろいろと試してみたけどダメじゃった。
 わしらで三原に悪戯を仕掛け、と見せかけて事前にわしと打ち合わせておった三原が勇殿に激怒するふりをし、三原のおぞましい武威と殺意を勇殿に向けさせる。
 または勇殿の本堂の屋根の上から飛び降ろさせ、地面に落下する直前に三原に拾わせる。

 などなど、勇殿の生存本能を刺激するようなことをいろいろやってみたけど、ダメだったんじゃ。
 多分勇殿は基本的に三原に大して全幅の信頼を置いておる。
 どんなに危険な状況になっても、深層心理で三原のことを信じてしまっておるから、命の危険を感じないのじゃ。

 じゃあ、寺川殿なら……?

 と思ってみたけど、あんな酔っ払い、わしの複雑な謀に組み込むわけにいかん。
 勇殿も武威に目覚めない自分に焦りを感じて始めておるけど、こればっかりはじっくり待ってもらうしかない。

 たまにキャッチボールをしたり、お宝がないかと寺の倉庫を探検したり。
 そんな感じで修行の合間に寺の敷地内で気分転換もやりながら過ごしておる。

 んで華殿も似たようなもんじゃ。
 巨大な武威を持っておるということで、試しに三原にぶつけてみた。
 もちろん奇襲じゃ。

 けど華殿は武道というものがからっきしダメなので、三原の足元にも及ばんかったわ。

 悔しさ滲む顔で地面に伏す華殿。
 そんな華殿の頭を踏みつけながら、「10年早えよ」と吐き捨てる三原。
 さらには「おのれぇ……殺すならさっさと殺せ……」と唸る華殿。

 本人たちは楽しいんだろうけど、これこそが立派な児童虐待じゃ。

 と瞳を閉じながら考えておったら、背後から華殿に声をかけられた。

「わっ!」
「うわっ!」

 くっそ、このガキ。
 元々わしを誤魔化すぐらい武威操作が上手かっただけに、その上法威を覚えた華殿の動きは以前と段違いになりおったわ。
 がさつだった動きが静かになりやがったんじゃ。
 人を背後から脅かすなど企み自体はがさつなわっぱそのものだけど、いやはやこれならば学校でもしっかり普通のわっぱを演じきれ……じゃなくて!

「やめてよ! 心臓止まっちゃうじゃん!」
「あはは! ビックリした? ねぇ、ビックリした?」
「ビックリした! もう二度としないで!」
「さぁ、それはどうでしょう!」

 本当にやめて。
 夜の本堂って静かでいい場所だけど、結構怖いんじゃぞ。

「何してんの? ん? 座禅してたの?」
「うん。まぁそんな感じ」
「でも、そろそろ花火の時間だよ。だから迎えに来たんだぁ」
「ん? あぁ、もうそんな時間?」
「そんな時間だよ。みんなもう外出てるから、早くいこ!」

 さすれば今宵の座禅タイムは終わりじゃな。
 京の都で過ごす最後の夜じゃ。
 華殿に限っては、明日から地獄の日々が待っておるから、今宵が“楽しい夏休み”の最後の夜なんじゃ。
 花火の業火に炎に身も心も焼かれながら、みんなでわいわい騒いで楽しい思い出を作ろうぞ!

 華殿の後を追い、わしは暗闇広がる本堂の外に出る。
 寺川殿や三原、新田殿、鴨川殿が本堂の前に集まっており、勇殿にいたってはすでに手持ち花火の1本目に火を付けておるところだった。

「ほれほーれ!」
「ちょ、華ちゃん! 危ないから振りまわしちゃダメ……こっち向けるなぁ! それ打ち上げ花火だからぁ!」

 およそ1時間、わしらはきゃっきゃ騒ぎながら楽しい時を過ごし――んで、ここまではよかったんじゃ。

「花火無くなった? じゃ、私たちはこれから打ち上げしに行くから、あなたたちはもう寝なさいね。帰ってくるのは多分夜遅くだから、私たちの帰りを待ってないで、早く寝るんだよ」

 どうやら大人4人は夜の街に繰り出すらしい。
 ちょっと待て、と。
 そんな楽しそうなイベント、なぜ今まで黙っていた?
 新田殿と鴨川殿に聞きたいこともいっぱいあるし、わしも行きたいぞ!

「え? なにそれ? 僕も行きたい」
「僕も―! 僕もー!」
「私も―! 私も―!」

「えぇー。ダメよー。子供はもう寝る時間よー」

 わしらの願いに、寺川殿がすっごい嫌そうな顔を浮かべた。

 もちろん勇殿と華殿はまだわっぱだから、飲み屋に連れていくことなど出来ん。
 それは当然じゃ。
 でもわしは大人じゃ。
 この体はまだ酒を受け付けんけど、美味しいつまみなどつっつきながら、夜の宴を楽しみたいぞ!

 加えてわっぱ2人だけをここに置いて行くのは、治安上望ましいことじゃない。
 それも重々分かるけどこんな山寺に押し入る強盗はおらんだろうし、強盗の百人や千人ぐらい華殿の敵ではないのじゃ。
 せめてわしだけでも――大人の飲み会というならば、せめてわしだけでも連れてってくれてもいいはずじゃ。

「光成? 諦めろ」
「で……でも……」
「夜遅いから、子供のお前は店に入れないんだ」
「そんな……でも……もしかすると」
「そういう条例なんだ。お前を連れていくと、俺らも店に入れねぇしな。今晩はもう大人しく寝ろ」
「いや、そこを何とか……わしでも入れる秘密の地下バー……みたいなのとか。こう……あるじゃろ? 法律の及ばぬ秘密のお店が……?」
「ねぇよ、そんなの。諦めろって……帰りにコンビニでアイス買ってきてやるから。明日の朝、1番に食っていいからそれで我慢しろ」
「うん、わかった! 行ってらっしゃい!」

 くっそ!
 ここで物に釣られるわしが情けない!

 でもアイスとあらば、仕方あるまいて!

「僕も―! 僕の分もー!」
「あぁ、小谷と宇多の分も買ってきてやるから。がっつくな」
「私、美味しいやつがいい! 三原コーチぃ? 私、高くて美味しいアイスがあれば、この件から手を引くよーう!」
「ちっ、分かったから。高いやつ買ってきてやるから。だからお前らはもう部屋に戻れ!」
「はーい!」
「はーい!」

 勇殿も華殿もアイスの魅力に負け、わしらはこれにて撤退じゃ。
 ウキウキ気分でいつも寝泊まりしてる部屋に戻り、ほどなくして外から新田殿の車のエンジン音が聞こえてきた。
 その音を聞きながらわしらは3人並ぶように布団を敷き、その上に横たわる。
 とはいっても、さっきまで騒いでおったわしらがすぐに寝付けるわけもない。
 わしが(眠くなるまでテレビでも見ようかなぁ)と考えておったら、華殿が口を開いた。

「さて、邪魔な大人はいなくなりました。待ちに待った“肝試し”の時間です」


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