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決戦の肆



 くっそ!
 油断しておった!
 まさか今PTA総会が開かれておるとは!?

 なぜじゃ?
 なぜ急にそんなことになった?
 由香殿の父上が総会の開催を強固に阻害しておったはずじゃ。
 それなのに、なぜ急にそんなことになっておる!?

 くっそ……
 1泊2日の病院旅行など楽しんでおる場合じゃなかった。
 いや、入院したのはわしのせいじゃないけどな。
 あと真夜中の病院観光は非常にスリリングで、楽しかったけどな!

 ――じゃなくて!
 昨日の夜の時点で、わしの付き添いとして病院に泊まった母上に問うておくべきじゃった!
 なぜあの時母上はわしにPTA総会の開催を教えてくれんかったのじゃ?

 あと父上もじゃ!
 病院に泊まりはしなかったけど、見舞いに来てくれたじゃん!
 そん時に教えてくれてもいいじゃん!
 いや、2人は入院しておるわしの身を気にかけてくれたのかもしれんけど!

 そうじゃなくて!
 そういう配慮は要らないから!

 あと今宵の急な仕事とは嘘じゃ!
 父上が仕事を早めに切り上げてPTAの会合に参加することになったから、その穴を埋めるために母上が代わりに仕事に行ったのじゃ!
 そんな嘘をつく配慮も要らんのじゃ!
 むしろわしに一声かけろって!

「はぁはぁ……こんちくしょう……」

 日がすでに隠れ大人たちが家路を急ぐ道を、わしは息を切らしながら走っていた。
 薄暗い夜道を独りで走る5歳のわっぱに気が付き、何人かの大人が心配そうな顔でわしのことを見てきたが、そんなもんにいちいち説明してはおれん。
 不審者ごときに連れ去られるわしではないし、むしろ不審者でもいいから幼稚園までわしを車で運んでほしいぐらいじゃ。
 そう考えると勇殿の父上に幼稚園までの送迎をお願いした方がよかったような気もするが、飛び出してしまったものは仕方ない。

 一軒家城と幼稚園の距離は、トラさんバスにておよそ30分。
 でもトラさんバスはいくつかの回収ポイントを経由しての時間だから、わしの一軒家城から幼稚園までの最短距離を選べば、車で10分というところじゃ。
 それをわしの足で考えたなら、徒歩40分といったところじゃろう。
 でも途中のショッピングモールのど真ん中を突っ切れば10分は短縮出来ようし、徒歩じゃなくて全力で走りきればさらに時間を短縮できるはず。

 勇殿の家を出てすでに10分。
 つまりはここから勇殿の城に戻るとしても10分。
 勇殿の父上に車を出してもらうよう頼むならば、さらに数分かかるじゃろう。
 一度戻ってから勇殿の父上の車で幼稚園に向かっても、このまま走って幼稚園に向かっても、時間はほとんど変わらんのじゃ。

 ならば走るべし。

 わしから没収したからくり道具の中身を寺川殿が公開してくれておれば話は早いけど、寺川殿のあの様子じゃ穏便に事を済ませようとしかねん。
 そうなればわしらが煮え湯を飲まされる日々が続くだけじゃ。

 そんな未来あってたまるか!
 わしらの明るい未来のため、わしはあのデータを父上に渡さねばならんのじゃ!


 と、走りながら思わず武威を放っておったら、そのわしの体を包むに凶悪な武威に気づいた。


「誰かと思ったら……お前、この前会ったやつだな?」


 三原じゃ。

 最悪じゃ。
 三原がわしの武威に気づき、脇道から姿を現したのじゃ。
 場所はもう少しでショッピングモールに到着しようというところ。逆に人の流れは全てショッピングモールに吸い込まれ、周囲に人の行き来がない閑散とした住宅街。
 そんなところで、最悪のやつに会ってしまった。
 誰かに助けを求めようにも求める相手が近くにいないし、それを叫んでる間にも殺される可能性もある。

 最悪の状況じゃ。

「ぐっ」

 わしの体を包む三原の武威に、わしは焦りと恐怖の交った武威で対抗する。
 でもこんなもんで三原の武威に抗うことなどできん。
 全盛期のわしの武威の数十倍。今のわしの数千倍。
 そんなすさまじい気配を三原は放っておるのじゃ。

「お前は……たしか、三原……。じゃなくて源義仲……いや、木曽義仲というた方がいいのか……?」

 唯一の有利はわしが三原のことを多少なりとも知っておるということじゃ。
 寺川殿から聞いておるからな。
 三原のことをわしが知っておると伝えるだけで口封じに殺されかねないから、状況によってはそれを隠しておくべきじゃろう。

 でもこの状況は逆じゃ。
 あやつの方からわしに興味を示し、接近してきた。
 この前の偶然な遭遇とは違い、やつが意図してこちらに接近してきたのじゃ。
 まぁ、おそらくわしの武威にただ反応しただけだろうけど。
 その発生源を確認したらそこにわしがいた。みたいな。
 でもこの状況なら、わしがやつのことを知っておるという旨を匂わせる方が生き残れる気がするのじゃ。

 と思っておったら……

「お前は……確か織田方の誰か……5年前に話題になったやつ……なんだよな? そうだろ?」

 わしのこともばれてるー!

 いや、落ち着けわし!
 三原のこの感じは、長屋で寺川殿が見せたわしに対する警戒と似たものじゃ。
 さすれば三原の持つ情報も、あの時わしが寺川殿に正体をばらす前のレベルじゃろうて。

 階段で会ったあのガキ、軽く調べてみたら5年前の“是非に及ばず”事件の赤ん坊っぽい。
 でも、誰なんだろうな?
 ――っていうぐらいの。
 つまりわしが石田三成ということはまだばれておらんのじゃ。

 いやはや。
 一瞬寺川殿がわしのこと裏切ったのかと真剣に思ってしまったけど、そうではないらしい。
 最近寺川殿に対する不信感が強まってるからそう思ってしまっただけかもしれんけど、さすがに寺川殿といえどもわしの本性をぺらぺらしゃべることはしなかろうて。
 昨日、それを脅しに使われたけどさ……。

 まぁいい。
 さて、どうするか?
 今ここで三原と戯れておる暇はない。
 でも、こやつがはたしてわしをあっさりと通してくれるのか……?

「……」

 声の感じからすれば、今の三原の機嫌は以前寺川殿の長屋で遭遇した時よりも良さそうじゃ。
 まぁ、それでもなにがきっかけで殺されるかわからんレベルの相手だけどな。
 ここは言の1つ1つに細心の注意を払わねばなるまいて。

「そうじゃ。文句あるか?」
「くくっ。そんなに怯えんなよ。今日は別にお前を始末しようってわけじゃねぇんだから」
「そんなもん信じられるか。お前はこないだわしを殺そうとしたじゃろ!」
「じゃあ、今殺してやろうか……?」

 失敗したーッ!

 誰じゃ!? 強敵には強気な態度で当たれってゆうたやつ!
 そうすれば好敵手として認められやすいってゆうたやつ!
 絶対違うやん!
 なぜか堺の商人のような口ぶりになったけど、絶対違うやんけ!

「すまぬ。殺されとうない。さっきの言は聞き流してくれ」
「ふん。まあいい。それで……そんなに焦ってどこに行こうとしてたんだ? そんなちんけな体で……くっくっく!」

 ふーう。ふーう。
 どうやら機嫌を直してくれたようじゃの。よかったよかった
 でも、ほんっとーに怖い。
 心臓がバッコンバッコンいうておる。
 すさまじい緊張感じゃ。
 この気配。この威厳。
 まさに信長様を目の前にしているような。
 そんな緊張感が漂っておる。

 まぁわしと信長様に直接の関係はないし、信長様に呼び出された殿下の付き添いをした時に廊下とかですれ違ったり、遠目で見たことがあるだけじゃ。
 そもそも信長様はわしの主人の主人だから、このように敵対心丸出しの緊張感で相対することなどありえんかったしな。

 さて、どう答えるか……?

「体の大きさなんぞ関係なかろう。いずれ大きゅうなる」
「その口調と発言……お前、やっぱり心は大人なのか? 前世の記憶もまるまる持って転生したのか?」

 やっちまったー!
 そういえばこないだ遭遇した時、わしはわっぱを演じておった。
 だから今もちゃんとわっぱの言葉使いをしなくちゃいけなかったのじゃ!
 なのにそれをすっかり忘れておった!
 そのせいで前回と今回のわしのキャラにブレが生じて、三原にいらぬこと気づかせてしもうた!

 だって急に出てくるし!
 ただでさえ急いでる時に、急にこんな悪魔に出会ったら誰でもパニクるわ!

 ふーう……ふーう……。

 うん。これは失敗。
 なんかずっと失敗続きのような気もするけど、これは明らかな失敗じゃ。
 いまさら後戻りはできんからこの口調で行くしかないけど、失敗は認めねばならん。

 じゃなくて……。
 不自由な今の体を大人の理解力で冷静に受け入れておるという――そんな節を匂わせてしまったわしの発言も失敗じゃ。
 器としての小さな体と、その器に入る精神の成熟具合。
 このギャップを敏感に察知し、あとわしの口調のブレも加味することで、三原にわしの秘密を気づかせてしまった。
 ここはわっぱの体である今の自分を悔しがる――そんな反応を見せるべきだった。

 でも……源義仲。
 頼朝、義経をさし置いて真っ先に京都に乗り込んだ男。
 わしの言の細かい違和感に気づくなど、やはりやつの才覚は本物か……?

「それは言えぬ。あとわしの正体も言えぬ。それはおぬしも分かっておろう?」
「ふっ。そんな答えじゃ、逆に前世の記憶持ってるって肯定してるようなもんじゃねぇか。正体は……まぁいい。虫けらのごとき今のお前じゃ、正体を伏せたくなる気持ちも分かる。でも、そう怯えんなよ。獲って食いやしねぇって」

 さっき殺そうとしてたじゃろ!
 こやつ、わしをからかっておるのか!?
 いや、マジで勘弁してほしい。今わしは急いでおるのじゃ。
 早よう幼稚園に行かねばならぬのじゃ。

「用がないならこれにて。わしは急いでおるのじゃ。これから権威を笠に着る憎たらしい貴族をぶっ潰さねばならんのじゃ!」

 これ以上の会話は無理じゃ。
 なんとなく……なんとなくだけど、三原がわしに緩やかな尋問を仕掛けておるような気がする。
 前世の記憶を持ったまま転生したわしは、それほどまでに興味深き存在なのじゃろうな。

 でもその尋問にゆっくり答えておる時間はないし、こちらから尋問を急がせるように促してみても、こやつはこやつでなかなかにキレ者じゃ。
 だから会話のペースを上げてしまうと、やり取りの中でわしが答えを誤る可能性もある。
 わしの正体がばれるような事は絶対したくはない。

 ならば仕方なし。
 たまたま街中で会っただけじゃ。
 長話するような間柄でもないし、かといってそっけなくあしらったわけでもない。
 今の段階で5つ、6つの言を交わしたぐらいだけど、これで十分じゃろ。
 そろそろわしは先を急ぎたい。
 なのでここでやんわりと会話を終わらせ、場を去らねばなるまいて。
 まぁ、こやつがそれを許してくれたらだけど……。

 許してくれるわけなかったな!

「ふーん」

 そう言いながら三原は両腕でわしの胴体を優しく持ち上げ、“たかいたかーい”してくれた。

 ふっざけんな!
 何故じゃ! 何故このタイミングでわしの体を持ち上げる!?
 おかしいじゃろ!
 あと、さっきまで5メートルぐらい離れてたはずなのに、一瞬で間合い詰めんなや!
 怖いっちゅーに!

 それ、あれじゃろ?
 武威をマックスに開放して、戦闘モードの動きにしたら、もっと速いってことじゃろ!?
 そんなん勝てるかぁ!
 一生無理じゃ!
 今も全然瞳に捉えられんかったからなぁ!

 ふーう……ふーう……

 いや、落ち着……なんか疲れた。疲れ過ぎて心が勝手に落ち着いた。
 でもこやつは一体何をし始めたんじゃろうな?
 幼児誘拐でもする気か?

 とわしのことを持ちあげる三原の顔を、ぐったりした表情で上から見つめ返しておると、三原が感心したような声色で言った。

「すげぇな。見た目は完全に子供なのに、頭ん中に大人の記憶持ってるなんて。脳だけ移植したのかとも思ったけど、手術の後も見当たらねぇ」

 そんでもって三原は腕をいくらか降ろし、わしの頭蓋をいろんな方向からまじまじと見始めた。
 顔が近い。
 捕食者の顔が……。
 ライオンさんに食われる直前のインパラさんとか、こういう気持ちなんじゃろうか……?

「当たり前じゃ。生まれた時からこの記憶じゃ。もし脳髄を移植できるなら、こんなわっぱの体に移すもんか。もっと大人の体に移すわ」
「じゃあ、やっぱり前世の記憶はあるんだな?」

 ちなみに2つ、3つ前の言のやり取りのあたりからその事実はわしも暗に認めておる。
 なので否定することもなく、わしは首を縦に小さく振った。

「そうか。前世の記憶まるまる持ってんのは、なかなか羨ましいことだな。前世ではいくつで死んだんだ? 何歳までの記憶を持ってるんだ?」

 そう言いながら、三原はわしの体をゆっくりと降ろす。
 これで一安心。

 と思っておったら、やつはわしのか弱いおててとあんよをぺたぺたと触り始めやがった。

「……手足は……まぁ、手足も普通だな……」

 事案じゃ。
 はよう誰か来てくれ。
 言い逃れようのない犯罪現場が今まさに絶賛放映中じゃ。

 あと没年齢まで教えることはできん。
 それを教えたら、織田方の武将の記録と照らし合わせることで、わしの正体がばれかねんからのう。

「40過ぎぐらいじゃ。生まれた年がわからんから、前世では正確な年齢を知らずに過ごしたのじゃ」

 ウソじゃ。
 わしは桶狭間の戦いがあった年に生まれたのじゃ。

「そうなのか。俺は31で死んだから、ここ数年は前世の記憶が止まったままだ。これもこれでなかなか辛……いや、やめておこう。
 それで、お前は織田方の誰かであることは間違いないのだな?」

 この質問はどうしようか?
 これぐらいなら頷いてやってもいいし、そもそもこやつは寺川殿の正体を知っておる。
 そこに出入りするわしの姿を見ておるんだから、織田方というかむしろもっと詳細に、わしが織田の後継となった豊臣方の家臣であることまで予想してそうじゃ。
 でもこんなにド直球に問いかけられると、根性の歪んでおるわしとしては誤魔化したくなるな。

 なのでわしは口をへの字に曲げ、答えたくないという意志を暗に示す。

 じゃなくてさ。
 なんでわしはこんなやつと楽しそうに会話しておるのじゃろうな。
 いや、楽しくなんてないけど。
 早よう幼稚園に行きたいんじゃが。
 でも三原の雰囲気が楽しそうなのじゃ。

 やつはいまだにとてつもない武威を放ち続けておるし、わしもこないだ食ろうたひざ蹴りの恨みは忘れてないから、お互い敵意は満々じゃ。
 でも予想以上に場がなごんでおる。
 こやつ何がしたいんじゃ?

 とわしは予期せぬ雰囲気に、思わず警戒を緩める。
 だけど次の三原とのやり取りによって、やっぱこやつが修羅の申し子だったということをわしは再認識した。

「じゃあ、お前がいつか織田方の誰かに会って、石田三成ってやつにも会うことがあったら伝えておいてくれないか?」

 わしじゃ。
 いや、誤魔化そう。

「ん?」
「石田三成。あいつの使っていた旗印が、前世の俺を殺したやつと同じなんだ。一体何のつもりなのかわかんねぇけど、絶対俺に喧嘩売ってんだろ。だから……会ったらとりあえず殺す。覚悟しとけよ。ってな」

 ……

 ……

 石田次郎為久。
 わしと同じ旗印を掲げておった源平合戦の武将じゃ。
 つーかわしがそやつの旗印をパク……インスパイアされて、あれしたんだけど……。
 これ、わしの正体ばれたら殺されるよな……?

「う、うん。わかったよう!」

 ……

 ……

「お前、何で急に子供の言葉使いになった? まさか……お前が……?」

 やっちまったー!
 あと急に殺気めいた気配に戻った三原に首をつかまれたから、もう1つやっちまったー!

「うご……すまぬ……別に深い意……味はなか……なかったのじゃ。言葉の意味が素晴らしくて……おぬしを討ち取った武将のことなど……」

 本当に怖くて、言わなくていいことまでべらべら喋ってしまったのじゃ。

 ちなみにわしが使っておった旗の文言は“大一大万大吉”という言の葉。
 “ワンフォアオール。オールフォアワン”みたいな意味じゃ。
 わかりやすく言うと“領民の、領民による、領民のための武家社会”って感じじゃな。
 なんか違うような気もするけど……ま、いっか!

 今のは本当にヤバい……。
 石田三成……いや、石田三成の一生はもう終わってるから、石家光成“一生”の不覚じゃ。
 と思っておったら、ここでわしらの間に取り巻く風の向きが変わった。

「そうか……それなら……まぁいいか。つーか、お前が石田三成だったのか……? 偶然ってあるもんだな」

 なぜか急に柔らかな口調になる三原。しかも、わしの首をつかんでいた手の力を緩めてくれたんじゃ。

「げほ……げほ……」
「大丈夫か?」
「あぁ……頼むからこの体に暴力はやめてくれ。本当にダメージが大きいのじゃ」
「そ……そうか……すまない」

 あれ? なんか三原がわしに気を使い始めておらんか?
 立場も逆になっておらんか?
 まぁよい。さすればわしはその流れに乗るだけじゃ。

「おぬしの事もよう知っておる。頼朝より、そして義経より先に京都に乗り込んだのじゃ。部下の狼藉を問われるどころか、源氏として最も功績のあった武将として、永劫に讃えられるべき勇将。それなのに……」
「それ以上は言うな。俺だって悔いてんだ。あの時なぜ我が軍の乱暴狼藉を抑えることが出来なかったのか……」
「なぜじゃ!? 平家を……京都で盤石の地盤を敷いておったあの平家を都落ちさせたのじゃぞ!? それがなぜ責められねばならん!? 義経ぇッ!? 頼朝ぉっ!?
 義経なんておぬしの軍が創った勢いに後乗りしただけじゃし、頼朝なんて後方でふんぞり返っておっただけじゃ!
 親同士が仲悪かったからって、おぬしの代になってまで目の敵にされるいわれがあろうか! おぬしじゃ! おぬしが一番の功績じゃ!」
「お、おう」
「あと、さっきも言うたように、わしは今貴族を失脚させるために急いでおる! おぬしも貴族はムカつくじゃろう!? そやつを退治するのじゃ! そのために今すぐ幼稚園に行かねばならん! 藩立……じゃなくて区立の西幼稚園じゃ!
 そうじゃ! おぬしがわしを運べ! この体じゃ機動に乏しいから、わしのことを足止めしたおぬしが責任とって、わしの体を幼稚園まで運ぶのじゃ!」
「あんまり調子に乗んなよ……!」

 うん。
 調子に乗りすぎました。ごめんなさい。
 でも……。

「まぁいい。俺もお前のことを知っている。俺は略奪に狂った武士どもに足元をすくわれ、お前は保身に目のくらんだ大名どもに足元をすくわれた。人生で一番重要な局面だったのに、そこで周りのバカに足引っ張られたって意味じゃ、俺たちは似てるっちゃ似てる。その境遇と、お前がさっき言っていた貴族をどうこうするという楽しそうな謀に免じて、今ぐらいは力になってやろう。どっちだ? お前の行きたい幼稚園ってのは……?」
「恩に着る。あっちじゃ!」

 次の瞬間、三原はわしの胴体を小脇に抱えすさまじい速さで走り出した。

 うーん。“走り出した”というよりは“跳んだ”っていう方が正しいな。
 わしとしては(華殿の走行技術の上位バージョンを見れるかな)とか期待しておったけど、三原は最初の1歩目で空高く跳び上がり、その後はわしの指差した方向に向けて、家々の屋根を超人的な脚力でつたい始めたのじゃ。
 直線で幼稚園に向かうその移動速度たるや、車やバイクの比ではない。

 いやはや、なんという脚力。
 しかもこの時代にそういう動きをすると、空中で電線などにぶつかってしまう可能性もあるけど、こやつはそれらを綺麗に避けておる。
 着地した瞬間に障害物の位置を把握し、同時に次の着地点を見定めて脚力を適切に調整する。
 この判断の速さが武器の操作に用いられるならば、本当に戦場で当千なりうる逸材じゃ。

「おぬし……やはり相当に強いな……?」
「当たり前だ。道端の草に当たって腹下してなかったら、義経ごときひと捻りだったわ」
「道端の草って……。腹壊しておったのか?」
「あぁ。飢饉の京はまともな食いもんがなかったからな。俺だけ贅沢するわけにもいかんだろう……?」
「そうか……でも、なんでそんなに鎌倉源氏を恨んでおるのに、やつらに手を貸すのじゃ?」
「どこで聞いたんだか……まぁいい。俺が本当にやつらの下僕になり下がったと思うか?」
「……なるほど。さすれば納得じゃ」

 少しの間空中散歩を楽しみながら、わしは三原に問いかける。
 その問いに三原も怪しい笑みを浮かべながら答えた。
 なんとなくだけど……今の会話。だいぶ打ち解けた感じじゃな。

 ふーう。
 上手くいった!
 でも途中四苦八苦したけど、最後には相手をしっかり丸めこむわし。
 さすがじゃな!

 まぁ、そう簡単にこやつを我が手下に迎えることはできんだろうし、それは今の時点で諦めた方がよい気もする。
 こんなじゃじゃ馬、乗りこなせる自信はない。
 そもそもひざ蹴りのお返しもしてないしな。
 でもこの時できた繋がりはいずれ何かの役に立とうぞ。

「ふっ!」

 三原の腕の中で顔に吹きつける強風に目をしかめながら、わしもにやりと笑う。
 1分と経たずに、見知った建物の見慣れぬ屋根が眼下に見えてきた。

しおり