14 はめられた先生
ジンの敵であるという商人ギルド・
彼らと揉めた発端まで聞いたミチルは、この後の話もきっと血みどろな感じなんだろうと覚悟した。
「儂が鐘馗会を半壊滅してから数ヶ月のち、後宮に新しく妃が迎えられた」
「へへえ……」
その言い方だとアレでしょ? どうせ鐘馗会の息がかかった人なんじゃないの?
ミチルはラノベ脳を発揮してそんなことを考えたが、とりあえず黙って聞いていた。
「地方では評判の美姫でな、性格もお淑やかで文句なしの女官だったらしい」
「らしい……?」
「後宮の女に、一介の軍人が会えると思うか? 会えたとて、儂は女に興味はない」
うわっ! ついに言ったね!
言質を取ってしまった!
ミチルはこのまま尻を触らせておく事に、急に不安になった。
「で、まあ、その女は見る見る内に陛下の寵愛を受け、懐妊した」
「それはおめでとうございます……?」
ミチルがそう呟くと、ジンは急に眉をひそめて苦虫を噛み潰したような顔になった。
「全然めでたくはない。何故なら、あの女は懐妊がわかった途端に泣き崩れ、あろうことか陛下の御子ではないと言ったのだから」
「ま、まさか……」
ほらーもー、ほんと血生臭いじゃーん。後宮ドロドロスキャンダルでしょー。お母さんが見てたドラマじゃーん。
ミチルが想像した通りの展開が、ジンの口から語られた。
「お腹の御子は、私と密通した時の不義の子だと、あの女は言ったのだ」
「ちなみに、心当たりは?」
「ない。儂は後宮に足を踏み入れたこともない。そもそも、儂は女ではたた──」
「わー! わかった、わかりました! ボクは先生を信じます!!」
「はあ……今思い出しても忌々しい……儂が女を相手にしたと思われるなど」
そっちかい! 気に入らないのはそっちなんかい!
ミチルが心の中でつっこんでいると、ジンの右手の動きが速くなった。
「ちょっと! 先生! お尻を揉む手が暴れてますよ! やめてぇ!」
「しばし我慢しろ。儂の怒りが収まるまで」
「はふーん!」
そんなに性急に撫で撫でされたら、おかしくなっちゃう!
「ああ……落ち着く……」
「ああああ、言い方が、変態、過ぎるぅ……!」
「シウレン、前はダメか」
「ダメに決まってんだろ!!」
ミチルは即答で叫ぶ。
しかし、この体勢は逃げたくてももう逃げられない。
ミチルの運命は、ジンの理性によって握られていた。
「むう……仕方ない。儂は嫌がる愛弟子に無理を強いるような外道ではないからな」
いや、オレ、ずっと嫌がってるよね!?
どこの世界に弟子の尻を撫で続ける師匠がいるんだ!?
あっ、ここ、異世界だった……
ミチルは自分で自分につっこんで、納得してしまった。
「先生、そろそろ続きをお願いします。あ、話のですよ!」
「うむ。その偽りを申した女の言葉は、まあ、全面的に信じられて宮中は大騒ぎになった」
「でしょうねえ」
「だが、幸いにも陛下と将軍は儂を信じてくださった」
「えっ、なんで!?」
上司ならあり得るかもしれないけど、皇帝まで?
ミチルはつい大声で聞いてしまった。ジンは耳を少しミチルから遠ざけながらも答えた。
「陛下も将軍も儂の嗜好はご存知だ。それこそ軍部の若く麗しい者を一人残らず、ちぎっては投げる武勇を持っているからな、儂は」
「サイアク! 最悪の上司です、あーたは!!」
ミチルはいっそう血の気が引いた。
やっぱり弟子入りしちゃダメな人だったのでは?
「……しかし、そんな儂の行動は何の証拠にもならん。ただの軍人と、寵姫の言葉。大臣達が信じる方は誰が見ても明らかだ」
「むむう、釈然としないけど、そうなんでしょうね」
「陛下も儂を庇って大臣全てを敵に回す訳にもいかん。やむを得ず、儂は処刑された事にして宮中から放逐された」
「やっぱりそうなりますかあ……」
ジンの行いが発端だったからではあるが、職を追われて都を去らなければならなかった事をミチルは思いやる。
自業自得な所もあるけど、可哀想だなあ。
「放逐されたその足で、儂は鐘馗会を全滅させて、田舎に引っ込んだという訳だ」
「全滅はさせるんかいっ!」
やっぱり同情は必要ないかも。先生は絶対的な強者だった!
「それから数年は穏やかに暮らしていたのだが、半年ほど前か。
「……今に至るんですね」
「その通り」
ミチルはこれまで語られた事柄を頭の中で整理しつつ、肝心の疑問が残ることに気付いた。
「先生と鐘馗会の因縁はわかりました。でも、今になってまた彼らが先生を狙う理由は?」
全滅させられたのだから、恨みは当然残っているだろう。
だが、女を使ってジンを破滅させたことで、そうなることも想像できそうなものだ。
そして、そんなに強いジンをしつこく狙って殺そうとするだろうか?
「おそらく、奴らの狙いはコレだ」
するとジンは左腕をミチルの頭からどけて、起き上がった。ちょっと淋しかったけど、絶対言わない。
ベッドから降りるジンを、ミチルも起き上がって見守っていると、小机の引き出しから何かを取り出してまた戻ってきた。
「これは……?」
ミチルの目の前に差し出されたのは、細かい装飾が施された青い色の石で出来た腕輪。
現代の地球のファッションで言えば、バングルのようなものだった。
「皇帝陛下が別れ際に儂にくださったものだ。いつか必ず呼び戻すから、とな」
えええー……! エモ……♡
ここにもキュンポイントがありましたわ!
「いいお話ですねえ」
ミチルが腕輪を見ながら萌え萌えしていると、ジンは少し俯きがちで言う。
「だが、これは災いを呼ぶものなのだ……」
「え? なんで?」
ミチルが聞くと、ジンは青い腕輪を片手で持ちながら険しい顔で言った。
「この腕輪は、皇帝陛下の裏の宝。これには陛下の地位を脅かす力がある」
「なんでそんなものを、先生にくれたんです?」
「この宝は皇帝と共になければならぬもの。つまり、儂が常に陛下の側にいるべきだと示唆するために、儂にこれを預けられたのだ」
「よくわかんないんですけど……」
地位を脅かす物なのに、皇帝が持ってなくちゃいけないの? 矛盾してない?
ハテナを飛ばし続けるミチルに、ジンは溜息を吐いてから言った。
「仕方ない。一から話してやろう」
そうしてジンは語りだす。
昔々の伝説を。
部屋の仄かな灯りに照らされて、青い腕輪は鈍く光っていた。